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第108話 夕夜という純粋悪


「鏡夜、帰れる?」


 文化祭まであと一週間――。


 放課後。

 隣のクラスを覗く。


「無理そう、居残り」


 和装に身を包んだ鏡夜が出てくる。

 眼鏡をかけて書生風だ。


「鏡夜のクラス、執事喫茶じゃないの?」


「なんか俺、執事似合わなすぎて迷走中」


「それでなんでいきなり和装……」


 夕夜が小さく息を吐く。


「サイズも大きいだろうに大変だね……」


 とは言いつつ、クラスの女の子たちは兄の着せ替えを楽しんでそう。

 兄もクラスに馴染んでるみたいで、なんだか嬉しい。


「先帰るよな?」


「私小道具の買い出しがあるから、今日は先に帰ってるね」


「おーけー。あ、コーキまだ教室いる?」


「いの一番に帰ったよ」


 近寄るなオーラを出しながら。


「いねぇのか」


「藤原君に用あったの?」


「いや。面白い情報手に入れたから共有してやろうと思っただけ」


「面白い情報?」


 兄が顔を寄せ、耳打ちする。


「アマネ、夏休みの間だけバレー部マネージャーの手伝いやってたらしいぞ」


「ええ! あの天――」


「声大きい」


 兄に口を塞がれる。

 藤原君に次いでやる気のない天音さんが、マネージャーをやるなんて!


「え、じゃあ! バレー部に?」


 天音さんの想い人が?!


「なんじゃねえの?」


「そ、それは熱いね!」


「バレー部……やっぱり体育館、なのか」


 騒ぐ私と兄を横目に、小さく呟いた夕夜は教室に視線を向ける。


「夕夜?」


「あ、いや。じゃあ行こうか」


「うん」


「鏡夜」


 夕夜が足を止めて振り返る。


「何よユーヤ君」


「お前、主人側じゃないと似合わないと思うよ」


「は?」


「確かにかっこいいけど、なんか違うよね」


「鏡夜は誰かに仕えるタイプじゃないからでしょ」


 夕夜が呆れて笑うと、兄がなぜか嬉しそうに口元を緩める。

 教室に戻る兄を見送って、私たちも下駄箱へ向かう。


「華」


 しばらくして夕夜が切り出す。


「何?」


 夕夜は少し戸惑いながら言葉を選んでる。


「俺……榊と、話したいことあるんだけど」


「天音さんと?」


「今度⋯⋯文化祭終わってからでも、二人で話していい?」


「二人?」


 二人で……。


 ちょっと気になるけど……

 夕夜がわざわざ言うくらいだし。


「いい、と思うけど……」


「ちょっと確かめたいことがあって」


「うん……分かった」


 声の小さくなる私に、夕夜が苦笑いする。


「ちなみにね」


 夕夜が私に近づく。


「俺は華が他の男と二人で会うのは嫌だよ?」


「えっ……うん、知ってるよ」


 今までそれで傷つけてたし。

 だからこそ、私が何か言える立場じゃない。


 素直に気持ちをぶつけてくる夕夜に、どういう顔をしていいかわからなくて思わず目を逸らす。


 夕夜を信じてるし、天音さんだってそんな人じゃないの分かってる。


 でも――。


「わ、私だって……」


 夕夜の顔が見られない。


「心配はするからね?」


 夕夜がふっと笑う。

 顔を上げると眉を寄せて照れたように笑ってる。


「それは……マジださいね」


「……うん、ダサいよね」


 お互い小さく笑い合う。


 いつかの夕夜の気持ちに近づく。

 嬉しいのに、こんなにも苦しいなんて。


 ただ安心して、隣にいられる日なんて来るのかな⋯⋯。


 恋って本当に、難しい。



 ***



 ――トントン、トン、トン。


 相談室のドアを叩く。

 文化祭が週末に差し迫っていた。


 しばらくすると、カチャリと鍵が開いた音がした。


 私と夕夜は周りを見回してからさっと中に入る。


「何?」


 藤原君がだるそうにソファに寄りかかる。

 文化祭の雰囲気に押しつぶされそうになっている――何もしてないのに。


「そろそろ顔出しといた方が良さそうだから迎えに来たよ」


「行くわけない」


「梶が校内探し回ってるよ?」


「“学校かくれんぼ” とか言って美術室の壁外して、怒られてるくらい本気だよ」


「何やってんのあいつ」


 顔を歪めて、ため息を吐く。


「藤原、結局受付になったよ」


「パンダかよ」


「ふふっ、ずいぶんと可愛げのないパンダだね」


 私が笑うと、藤原君は目を細めた。

 ソファの肘掛けに頬杖をついた藤原君は、わざとらしく流し目を向ける。


「名竹さんは可愛いもんな」


「えっ?」


「じゃ、よろしく」


 首を傾げてにっこりと微笑む。


「なんでよ?!」


「裏方は当日フリーなんだろ?」


「だから何っ?!」


 私が怒ると、藤原君が舌打ちする。


「⋯⋯無駄打ちか」


 無表情で視線を逸らし、大きなため息を吐く。

 いや、なんなのその態度。


「⋯⋯クラスの女子に頼むか」


「一緒にやろうよ藤原」


 悪あがきを続ける藤原君に、夕夜がくすくすと笑ってる。


「俺も藤原とできれば楽しいし」


 藤原君が言葉を失い、その顔は困惑で歪む。

 なんか初めて見る表情!


「何その純粋悪」


「純粋悪?」


 私が思わず笑っても、藤原君の表情は引きつったまま。


「いや大伴君、()()分かっててやってるよね?」


 私はつられるように、夕夜を見る。


「⋯⋯あ」


 この顔は見たことある……。

 わざとなのか、そうじゃないのかわからないときの。


「ほら、名竹さんも思い当たるってよ」

 

「……何が?」


 夕夜は口元だけで笑う。

 藤原君は呆れたように息を漏らす。


「厄介な奴……」


「くだらないこと言ってないで、教室戻るよ」


 夕夜の笑顔に押された藤原君は渋々、先を行く夕夜について行く。

 横に並んで歩く私に、藤原君が小声で耳打ちする。


「名竹さんも大変だな」


「え?」


「あれで押されたら逃げれないだろ」


「逃げるって……何言ってんの藤原君」


「いやそれで捕まってんじゃん」


「藤原、余計なこと吹き込まないでね?」


「へーい」


 藤原君は肩をすくめて、跳ねるように夕夜の横に並ぶ。


 そのときの藤原君が言ってることはよく分からなかったけど⋯⋯




 夕夜の膝の間で、腰に手を回された私は逃げ場を失っていた――。


「俺、なんか間違ったこと言ってる?」

 

 私を見上げる夕夜の顔が近づく。

 思わず背ける。


「い、いえ」


「華?」


 夕夜が覗き込んでくる。

 う、逃げ場がない。


 夕夜の目を見る。

 悲しげな目が私を捉える。


「ほんとに、ご、ごめんね」


 俯く夕夜。


 夕夜の顔を覗き込むと、わずかに口元が緩んだ気がした。


 ど、どこまで……。

 わざとなのか、本気なのかが分からない。


 藤原君の言ってたことを思い知る。


 私は夕夜から逃げられない――。


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