第103話 今日は見学希望です
「ここにはいない!」
第二中裏の竹林。
無貌はいない。
そして……鷹野先生もいない!
夕夜と兄は藤原君に連れられて、香島宮へ行った。
こっちに残ったのは、スマホで藤原君に操られている私のみ。
鷹野先生はまだ来てくれていない。
『じゃあ次、ふさのアカデミーパーク』
藤原君は無貌出現の候補地を、電話で私に指示を出している。
「え? 距離的に、先に帯瀬川じゃない?」
『ライブカメラ見てるけど、可能性低いな』
「ライブカメラ?」
『河川監視の。さっき人通ったけど騒いでない。後回し』
カメラで分かるなら私いらなくない?
こんな苦労して走らなくても⋯⋯。
『無貌は映らない。目になる人間は必要』
う、心読まれた。
『アカデミーパーク』
「わかったけど⋯⋯けっこう遠くない?!」
『第二中前にタクシー呼んだから、それに乗って』
何その手際の良さ!
でも!
「藤原様、私そんなお金持ってないです!」
『時計で払っていい。早く行けよ』
え、この腕時計、そんなことも出来るの?!
なんか藤原君がそのまま腕にいるみたいで⋯⋯怖い。
タクシーに乗り込む。
行き先を告げると、運転手さんは怪訝な顔をして走り始めた。
「今乗りました」
『アカデミーパークは他の場所と違って、施設ごとの民間管理になる』
「ホテルとかお店があるんだよね?」
『メインは研究施設と工場だけどな』
「そうなの?」
『だから監視カメラのハックは現実的じゃない。公園や中学のカメラ覗くのとは訳が違う』
急な犯行告白やめて欲しい……。
『映らないもんにそこまでリスク負う意味ない』
「やっぱり自力で探さなきゃダメなんだね……」
ミラー越しに運転手さんと目が合う。
思わずスマホから耳を離す。
私、なんか怪しまれてる?
運転手さんが躊躇いながら口を開く。
「あのぅ、アカデミーパークはどこら辺に停めますか?」
『ダム公園、第三駐車場』
「あ、ダム公園の第三駐車場でお願いします! そ、その、猫? いや犬か! 犬探してるんです!」
「はぁ……」
腕時計が震える。
【下手すぎ】
私だってそう思ってる。
見てこの運転手さんの目⋯⋯。
居た堪れない……。
タクシーはアカデミーパークに入る。
研究施設やホテルを抜け、木々に囲まれた道を奥へと進んでいく。
え、広すぎない?
パークというより……研究都市みたいな雰囲気。
そしてしばらく走ると周囲より一段低くなった、斜面に囲まれた広大な公園が見えて来た。
奥にはダム湖が広がり、光を吸い込む暗闇が不安を掻き立てる。
「え、こんな広いのどこ探すの?」
『公園中央の円形広場。去年、一般人の目撃情報がある』
「わ、分かった」
『第三駐車場から見える。いても近寄らないでタクシーで待機。石上経由で鷹野呼ぶ』
「先輩……また……」
『絶対一人で動くなよ。通話はこのまま、運転手の目の届く範囲にいろ』
「分かった」
タクシーは木々に囲まれた、ダム公園を見下ろせる第三駐車場へ入る。
他には誰もいない。
街灯には虫が集まって影を落とす。
「すみません、また少し待ってもらえますか。次も乗ります」
運転手さんが不安そうに私を見る。
「大丈夫です、ちゃんと払えます!」
「はぁ、分かりました」
タクシーを降りて、柵の方から公園を見下ろす。
堤の下に広がる大きな公園。
遊歩道を目で辿っていくと少し先に広場。
そして、その中央に――黒い影。
いた。
モザイクがかかったように霞む無貌の影が見える。
「いたよ、藤原君」
『了解。タクシーで待ってて』
タクシーに戻ろうとすると、無貌の輪郭がわずかに揺らぐ。
視線を感じた気がした。
身震いがして、慌ててタクシーに入る。
「もう移動しますか?」
「いえ、人と合流するのでこのまま待たせてください」
「待機でいいんですか?」
「はい」
先生が、本当に来てくれるかは分からないけど……。
長丁場を察した運転手さんがラジオのボリュームを上げてくれる。
次の瞬間――。
フロントガラスへ、虫の群れが一斉に叩きつけられる。
「わぁ、何だ?!」
硬い衝突音を立てながら、次々と落ちていく。
数秒の出来事。
「気持ち悪いなぁ」
運転手さんは恐る恐るワイパーを動かす。
「少し向こうに移動しましょうか」
「そ、そうですね」
車が街灯から離れる。
暗くなった車内に陽気な音楽が響く。
けど、妙な緊張感に包まれていた。
しばらくして、車のヘッドライトが辺りを照らす。
一台のミニバンが駐車場に入ってくるのが見えた。
あの車は!
「あ、来てくれたよ!」
通話のままになっていたスマホに向かって報告する。
『鷹野?』
「うん」
『了解』
車から降りてきた鷹野先生が辺りを見回す。
そして、私たちのタクシーへ向かって駆け寄ってきた。
私は周りを見ながらそっとドアを開ける。
「先生!」
先生は私を見ると、呆れたように表情を歪める。
そのまま公園の方に視線を向ける。
「こんなとこ、本当に一人で来るやつあるかよ」
「すみません」
「無事なんだな?」
怒っているのに、先に心配をしてくれる。
「はい、大丈夫です」
「なら、このまま帰れ」
「そういう訳には」
「なんでだよ、ほっとけば消えるって言ったはずだ」
「兄が⋯⋯」
胸の前できゅっと手を握る。
「兄が彼らを救いたがってるんです」
先生の動きが止まる。
少し驚いているよう。
「⋯⋯あいつが?」
「だから手伝ってください!」
「いや、俺は⋯⋯」
先生が言葉を詰まらせた、そのとき。
駐車場が一気に明るくなる。
ガラガラと砂利を鳴らしながら、もう一台の車が入ってきた。
え、タクシー?
扉が開き、誰かが降りてくる。
タクシーが去ったあと、暗闇に現れたのは――
黒髪マッシュ、黒縁眼鏡の藤原君。
「え?!」
「こんばんは」
「お前、なんで⋯⋯?」
「あれ? 俺、ここにいない予定だった?」
藤原君の口角が上がり、獲物を見つけたように細まった目が鷹野先生を射抜く。
先生は何も言わず、藤原君を見据える。
一瞬だけ、空気が張り詰めた。
藤原君がにっこりと笑う。
「初めまして、条野大の藤田です。今日は見学希望です」
――はっ?




