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第102話 藤原君のスマートウォッチ


【藤原君と高校近くの公園にいます。石上先輩を待ってます】


 夕夜にメッセージを送っておく。


「案外ちゃんと “彼女” してんじゃん」


 ブランコに腰掛けた藤原君が笑いながらノートパソコンを開く。

 その隣に座って、スマートウォッチを差し出す。


「この腕時計、やなんだけど」


「えー、プレゼントにそういうこと言う?」


「だって」


 まだ良いことが一つも起きていない。

 むしろトラブルばっかりだ。


「まあ無貌戦まではとりあえず持っとけよ」


「え?」


「そのあとは好きにしていいよ」


「……分かった」


 腕に着け直すと、藤原君が小さく笑った。


「そう言えば藤原君」


「何?」


「さっき誰に能力使ったの? 発動したってことは誰かに能力使ったんだよね?」


 夕夜みたいな能力と違って、藤原君のは相手がいないとだめな気がするけど……


 藤原君がキーボードを叩いてた指を止める。

 珍しく驚いた表情を浮かべた。


「そこに気づくのか名竹さん」


「え、だって……石上先輩は図書室だったんでしょ?」


 藤原君は返事もせずに視線を外す。

 そのまま、またキーボードを叩き始める。


「相談室は夏休み誰もいないはずだし……」


 藤原君は口元に薄い笑いを浮かべてる。


「別に誰でもいいからね」


「え?」


「気にしなくていいよ」


 藤原君はくすりと笑った。

 ふと、その無駄に色気のある笑い方に保健室での手慣れた様子を思い出す。


 え、まさか……ね。


「静かにして」

 

 藤原君が人差し指を口元に立てる。

 スマホからノイズの混じった音が聞こえる。


『お前、学校にいたのか』


『家に甥っ子来てうるせーから勉強に来たんだよ』


 ノートパソコンの画面に監視カメラの映像が映る。

 昇降口のところで石上先輩と鷹野先生が話してる。


『⋯⋯どこで勉強してたんだ』


『あー……相談室?』


 石上先輩は躊躇いながら答える。


「ふっ、名竹さんより演技うめぇな石上」


「藤原君! 喋って大丈夫なの?」


 声が向こうに漏れないように小声で訊ねる。


「ああ、石上にも名竹さんと同じの渡してある。こっちからのマイクはオフの盗聴仕様」


 なんかさらっととんでもないこと言った⋯⋯。

 藤原君のスマートウォッチを着けた自分の腕に視線を落とす。

 急に手枷のように重く冷たくなった気がした。


『……朝からいたのか?』


『まぁ』


『鍵、空いてないだろ』


『……どっかの悪ガキがさ、何故か合鍵持っててよ』


『……ああ』


『それ借りたのよ』


 先生が小さく息を漏らして手を差し出す。


『鍵、寄越せ。没収だ』


『え、マジ?!』


『当たり前だろ』


 石上先輩が渋々渡すような演技をする。


「あの鍵は?」


「もちろんダミーのダミー」


 それよりも、と藤原君は口元に手を当てて、鍵を受け取る鷹野先生に視線を向ける。


「石上の、相談室にいたという嘘は疑ってないか――」


「鷹野先生は感知できないってこと?」


「実際に相談室にいたのは俺……」


「……」


 もう分かる。

 これは独り言モードだ。

 きっと私の話は聞いていない。



「 “相談室の俺” と “図書室の石上” ⋯⋯」


「 “相談室の石上” を疑わなかった」


「…… “俺” を感知してない?」


「けど “俺の” 能力発動には反応した」


「 “誰が” 発動したかまでは把握してない」


「そして発動時、その位置は追えていない」


「……常時感知じゃない」


「鷹野にできるのは【能力発動時の霊力感知】あたりかな」



 藤原君の視点が戻ってくる。

 先輩に説教をしている先生を見て、ふっと息を漏らす。


「まぁ、まだ可能性の域はでないけど」


「どういうこと?」


「相手が鷹野だからね」


 藤原君は口元だけで笑う。


「ただ、背後に回る隙くらいはありそうだ」


「何する気?」


「さて、何しようかな」


 それは仲間として?

 それとも――。


 藤原君は意味ありげに目を細め、パソコン画面を見つめた。


『で、相談室には一人でいたのか?』


 鷹野先生が先輩に訊ねる。

 藤原君の推理の後だと、先生もこちらを探っているように見えてハラハラする。


『え、あ……それはさ……』


 先輩が気まずそうに返事をする。


『んなこと、言わすなよ』


『お前⋯⋯女連れ込む場所じゃねぇからな』


 思わず藤原君の横顔をちらりと見る。

 一瞬だけ目が合うと、藤原君は口元だけで笑った。


「やっぱ演技うめぇよな、石上」




 ***




「え、今日、イシガミいたの?」


 補習が終わった後、兄と大伴家からアパートに戻ってきた。

 荷物を片付けながらさっきのことを報告する。


「え、うん」


「あいつ、帯瀬川んとき来やがらなかったんだが」


「そう言えば、一緒に行くことになってたよね」


 全然話題に上がらないから、すっかり頭から抜けてた……。

 鏡夜と二人きりなんて不憫すぎるし先輩の気持ちも分かる。


「なんでコーキには応じて、俺は放置なんだ?」


 それは⋯⋯。

 藤原君を無視するなんて後が怖すぎるからだと思う。

 

 ほんと、厄介な二人に絡まれて先輩に同情する……。


「先輩、受験生だしあんまり無理させないであげてね」


「え、あいつA判定で余裕だよ?」


「えっ?! 石上先輩が?!」


 兄が笑う。


「仲間だと思ってんのハナだけだよ」


 え、なんか裏切られた気分だ。

 同情を返せ!


 というか、五家って……チートすぎない?

 与えられすぎでしょ……


 五家について行くのってそもそも一般人には無理なんじゃ……。


 ちょっと落ち込んでいると、玄関のドアが開く音がする。


「お、帰ってきたな」


 兄がふっと笑って、玄関の方を見る。

 私も持ってた荷物をいったん置いて、玄関に向かった。


「夕夜、おかえり!」


 夕夜が少し驚いてから、困ったようないつもの笑顔を見せる。


「ただいま」


「あれ? 荷物は?」


「明日取りに行く」


「そっか」


 リビングまでの短い廊下を並んで歩く。

 なんかこの感じも久々!


「補習どうだった?」


「それがね、ちょっと分かるようになってたんだよ古典」


「へぇ、すごいじゃん」


「あ、あと梶君が騒いでる」


「うん、電話とRINEめっちゃ来てた」


 あの後、やっぱり連絡してたんだ。

 二人のやりとりを想像すると少し微笑ましい。


 リビングに入ると、兄がソファであぐらをかいて私たちを見る。


「俺ジャマ?」


「な、何言ってるの?! そんなこと!」


 兄からの視線を向けられた夕夜は、何も言わずに見返す。


「……ジャマなのかよ」


「そんなことないって! ね!」


 視線を合わせてた二人が吹き出して、笑い合う。


 な、なんだ冗談か。


 むしろ、居てくれなきゃ困る。

 家で夕夜と二人きりはなんか気まずいし、緊張するし。


 一人悶える私を見て、兄が呆れたように笑う。


「夕夜も苦労すんな」


「今さらでしょ」


 半分瞼を下げた夕夜が、ため息混じりに私を見た。


 その後は凪さんが持たせてくれたお惣菜を食べて、夕飯後の時間を久しぶりに夕夜と過ごす。


 久しぶりのせいか、広い大伴家に慣れたせいか、二人掛けのソファで隣に座る夕夜に緊張してしまう。


 な、なんか近い!

 

 このソファ⋯⋯というより、このアパートこんな狭かったっけ。

 部屋にいるのと変わらない気がする!


 なんか無理かも!


「……何もしないから」


「へっ?!」


 夕夜が苦笑いを浮かべている。

 思わず顔が熱くなる。


「ただ――」


 夕夜がゆっくりと手を伸ばす。

 

「え?」

 

 一瞬だけ息が止まる。


 私を通り過ぎた手が、ローテーブルに置いていたスマートウォッチを掴む。


「これは部屋……いや、ポストにでも入れといて」


 ぽんっと手渡された腕時計を見て、ほっと小さく息が漏れる。


「俺よりこっち警戒してよ」


「へ?」


 夕夜がふっと笑う。


「あいつの方が何するかわかんないでしょ」


「⋯⋯部屋もダメなの?」


「寝言聞かれるかもよ?」


「それは……あんまよろしくないね」


「ふっ、何言うつもりなの?」



 この厄介な藤原君のスマートウォッチに感謝する日が来ようとは――。

 今の私は露にも思っていなかった。


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