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『汗ばんだ制服の距離が近すぎるせいで、俺の青春は毎日ギリギリです』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一
第一章 春の距離感は、たぶん校則で制限できない

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第38話 嫉妬って、こんなに小さく始まるんだ

 嫉妬、という言葉は、もっとはっきりした感情に使うものだと思っていた。


 たとえば、好きな人が他の誰かと手を繋いでいたとか。

 自分には見せない顔を見せていたとか。

 そういう、誰が見てもわかるような場面で胸の奥がぐっと重くなる、ああいうものだと。


 だから朝倉ひよりは、最初それを嫉妬だとは思わなかった。


 ほんの少し、面白くないだけ。

 ほんの少し、胸のあたりがざらつくだけ。

 ほんの少し、自分の知らない柊真央を七瀬澪が当然みたいに知っているのが気になるだけ。


 その“ほんの少し”が、こんなに続くものだとは思っていなかった。


 翌朝、ひよりは校門へ向かう足取りが少しだけ遅かった。


 待ち合わせの時間に遅れるほどではない。

 でも、いつもみたいに胸を弾ませて走る感じでもない。

 春の終わりの朝の風は軽く、空はよく晴れているのに、自分の中だけが少し曇っている。


「……やだな、これ」


 小さく呟く。


 別に、真央が何か悪いことをしたわけじゃない。

 澪だって、あの人なりに悪気なく喋っているだけなのだろう。

 それはわかる。


 なのに、昨日から胸の奥にひっかかった小さな棘が取れない。


 校門の近くまで来ると、もう真央は来ていた。


 見つけた瞬間に少しほっとする。

 その“ほっとする”がもう、だいぶ危ない気もした。


「おはよう」

 ひよりが言う。

「……おはよう」

 真央が返す。


 それだけで、いつも通りの朝が始まる。

 始まるのに、ひよりの方はどうにも落ち着かない。


「何だよ」

 真央が横を歩きながら言う。

「何が?」

「今日、少し変」

「またそれ」

「まただよ」

「そんなにわかる?」

「わかる」


 即答だった。


 やっぱり、こういうところだ。

 何でもない顔をしているのに、こっちが隠したいところだけ妙に早く気づく。


 そのことに少しだけ安心して、同時に少しだけむっとする。

 自分でも面倒くさいと思う。


「……別に」

 ひよりは笑ってごまかす。

「別にじゃないだろ」

「何で」

「今日のおまえ、朝から少しだけ考えごとしてる顔」

「そんな顔、ある?」

「ある」

「へえ」


 それ以上は言わずに、ひよりは前を向いた。


 言えない。

 昨日のことを引きずってる、なんて。

 七瀬さんと柊くんが昔の話で自然に通じ合ってるのを見て、ちょっとだけ面白くなかった、なんて。


 そんなの、自分で言葉にすると急にみっともなく思えた。


 教室へ着く。


 鞄を置いて、少ししてからいつも通り真央の席の方へ行く。

 その動き自体はもう自然になってきている。

 でも今日は、自分の中で少しだけ“確認”が混ざっていた。


 ここに来ていい。

 今の私は、ここに来ていい。

 そう思いながら近づいている自分がいる。


「おはよー、今日も定位置」

 蓮が言う。

「定位置って何」

 ひよりが返す。

「真央の隣」

「そういう言い方やめて」

「でもほぼそうじゃん」

「……」

「ほら、その否定の弱さよ」


 ひよりは笑って流した。


 でも、今日はそれに前ほど引っかからなかった。

 今気になるのはそこじゃない。


 そこへ、タイミングが悪いのか良すぎるのか、教室のドアが開いた。


「おはよー」


 七瀬澪だった。


 その瞬間、自分の中のどこかが小さく固くなるのが、ひよりにははっきりわかった。


 ああ、やっぱり。


 こういうのを、たぶん気にしてるって言うんだ。


「また来た」

 真央が露骨に言う。

「来ちゃだめなの?」

 澪が笑う。

「だめとまでは言ってない」

「でも歓迎はされてないね」

「当然だろ」


 その会話が、ひよりには妙に自然に聞こえる。


 ただ仲がいい、だけじゃない。

 長い時間の中で積み上がった雑さと遠慮のなさがある。

 その空気の中に、自分はまだ入れない。


 その事実が、胸の奥を少しだけざらつかせた。


「朝倉さん、おはよ」

 澪が言う。

「おはよう」

「今日ちょっと静か?」

「そうかな」

「うん、ちょっとだけ」

「……」

「図星か」


 ひよりは思わず視線を逸らした。


 この人はずるい。

 真央と同じで、こっちの少しの揺れをすぐ拾う。

 でも真央と違って、拾ったあとに遠慮なく触ってくる。


「何だよその顔」

 真央が小さく言う。

「何でもない」

 ひよりが返すと、

「今日はその“何でもない”多いな」

 と蓮が笑う。

「蓮くんうるさい」

「はいはい」


 昼休み。


 ひよりはいつものように真央の隣で弁当を広げた。

 広げたが、少し気が散っているのが自分でもわかる。


 視線が、無意識に澪の方へ行く。

 真央と澪が話していないか。

 自然に笑い合っていないか。

 そんなことをいちいち確認してしまう。


 馬鹿みたいだ、と思う。

 でもやめられない。


「何だよ」

 真央がまた言う。

「え?」

「今日はほんとに変」

「……」

「朝からずっとだろ」

「別にそんなこと」

「ある」

「即答しないでよ」

「わかるからだ」

「……そういうとこ」


 ひよりは少しだけ唇を尖らせる。


 そういうとこ、なのだ。


 わかってくれる。

 気づいてくれる。

 でも、その“気づく力”が自分にだけ向いているわけじゃないかもしれない。

 昨日のキーホルダーの件で、真央が他の女子の困りごとにもすぐ反応したのを見てしまった。


 もちろん、それはいいことだ。

 むしろ格好よかった。


 でも、格好いいと思った直後に、“ああ、私だけじゃないんだ”と少しだけ引っかかった自分がいる。


 それが、またいやだった。


「ねえ」

 ひよりがぽつりと言う。

「何」

「昨日のやつ」

「キーホルダー?」

「うん。ああいうのも、やっぱりすぐわかるんだね」

「……まあ」

「へえ」


 その“へえ”に、自分でも少しだけ棘があるのがわかった。


 真央もそれに気づいたらしい。

 箸を止めて、こっちを見る。


「何だよ」

「何でもない」

「またそれか」

「……」


 言えない。

 言ったらたぶん、もっと面倒くさい。


 “私だけ見ててほしいわけじゃないけど、でも少しはそう思ってほしい”なんて、どう考えても面倒くさいだろう。


 そこで蓮が、何気なく言った。


「でも幼馴染つよいよなあ」

「……」

「昔の真央を知ってるって、普通にでかいだろ」

「おまえ、そういうの急に言うな」

 真央が言う。

「何でだよ、事実だろ」

「事実でも言うな」

「うわ、反応早」

「……」


 ひよりは、そこで自分の中の感情が少しだけはっきりした気がした。


 そうだ。

 面白くないのは、これだ。


 澪が真央の昔を知っていること。

 その時間を、自分が知らないこと。

 そして、そのことを気にしてしまう自分。


 これって――


「……やだな、これ」


 小さく漏れた声は、自分で思っていたよりずっと本音に近かった。


「何が」

 真央がすぐ聞いてくる。

「何でもない」

「いや、今のは聞こえた」

「……」

「朝倉」

「……」

「何だよ」


 まっすぐ見られる。


 そこでひよりは、観念したみたいに小さく息を吐いた。


「……ちょっとだけ」

「うん」

「七瀬さんのこと、気にしてるのかも」

「……」

「そういうの、自分でもやだなって思う」

「何で」

「だって、別に悪いことしてないし」

「……」

「なのに、なんか面白くない」


 言ってしまった。


 言った瞬間に、顔が熱くなる。

 でも、隠したままよりは少しだけ楽だった。


 真央はすぐには何も言わなかった。

 その沈黙が逆に少し怖い。


 けれど、少ししてから、低い声で言った。


「……そっか」

「うん」

「それで今日ずっと変だったのか」

「……そうかも」

「わかりやすすぎる」

「今それ言う!?」

「事実だろ」

「ひどい!」


 ひよりが抗議すると、真央はほんの少しだけ口元を緩めた。


「でも」

 真央が続ける。

「言ったなら、まだましだ」

「何が」

「わからないまま機嫌悪くされるより」

「……」


 その言い方に、少しだけ救われる。


 やっぱり真央は、そういうところがずるい。


 ちゃんと気づいて、ちゃんと雑に受け止める。

 大げさに慰めたりはしないくせに、そこに感情があっていいとは言ってくれる。


 ひよりは少しだけ視線を落として、小さく呟いた。


「……これ、嫉妬なのかな」

「……」

「自分で言ってちょっと恥ずかしい」

「だろうな」

「そこは否定してよ」

「無理だろ」

「ひどいなあ」


 でも、真央の声に嫌な感じはなかった。


 昼休みが終わるころには、ひよりの中のざらつきは少しだけ形を持っていた。


 名前がついたから全部解決、というわけではない。

 でも、わからないまま胸の中でくすぶっている時よりは、少しだけましだ。


 そして、そんな自分を真央が真正面から変だと言わなかったことが、思っていた以上に嬉しかった。


 放課後、帰り道。


「……ねえ」

 ひよりが言う。

「何」

「私、けっこう面倒くさいかも」

「今さらだろ」

「何それ」

「でも」

 真央が続ける。

「そういうの、隠されるよりいい」

「……」

「気にしてるなら、気にしてるってわかる方が楽だ」

「柊くんってさ」

「何」

「そういうこと言うから、余計にずるい」


 ひよりはそう言って笑った。


 胸の奥の小さなざらつきは、まだ完全には消えていない。

 でもたぶん、こうやって少しずつ形を変えながら、もっとはっきりしたものになっていくのだろう。


 嫉妬って、こんなに小さく始まるんだ。


 そう思った時、ひよりは少しだけ自分の恋の輪郭を見た気がした。

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