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『汗ばんだ制服の距離が近すぎるせいで、俺の青春は毎日ギリギリです』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一
第一章 春の距離感は、たぶん校則で制限できない

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第29話 それ、気づくの早すぎない?

翌日の朝、教室の空気は昨日より少しだけ軽かった。


 香り付きキーホルダー騒動が、変な方向へ転がる前に片付いたからだろう。

 佐伯も今日は普通に笑っていたし、クラス全体にも妙な疑いの残り香はない。


 その代わり――というわけでもないが、俺――柊真央に向く視線の種類が少しだけ増えていた。


「柊ってさ、ああいうの得意なの?」

「探偵みたい」

「いや、鼻いいだけだろ」

「それ探偵じゃん」


 朝のホームルーム前から、そんな声が飛ぶ。


 うるさい。

 しかも微妙に間違っていないのが腹立つ。


「ねえ、今日も誰かのなくし物見つけたりしない?」

 近くの男子が言う。

「便利キャラ扱いするな」

「でも昨日のやつ普通にすごかったし」

「大げさだろ」

「いや、朝倉さんもそう思うよな?」

「え?」

 急に振られたひよりが目を丸くする。

「う、うん。まあ、すごかったと思う」

「ほら」

「ほら、じゃない」


 ひよりはそう言いながら笑ったが、そのあと少しだけ俺を見る。


 その視線の温度が、昨日までとほんの少し違う。


 誇らしい、に近い。

 でもそれだけじゃない。

 何かを確かめたい時の目でもある。


 朝の授業が二つ終わり、昼休みになる。


 今日もひよりはいつものように俺の隣へ来た。

 その動きにもう迷いはない。

 少なくとも“来ていいのかな”という遠慮は、かなり薄れている。


「今日のお弁当、また玉子焼き入ってる」

 ひよりが覗き込みながら言う。

「だから何だよ」

「最近多くない?」

「母親に言え」

「甘い?」

「普通」

「普通って言いながら昨日ちょっと甘かったよね」

「よく覚えてんな」

「こういうのは覚えてるの」


 そう言って笑う。


 その笑顔に、昨日より余裕がある。

 でも、俺にはそこへ別のものも少し混じっているのがわかった。


 気になる。

 確かめたい。

 そんな感じだ。


「何だよ」

 俺が言う。

「何が?」

「今日は変な顔してないけど、考えてる顔してる」

「うわ、それ失礼」

「事実だろ」

「……」

「図星か」

「うるさいなあ」


 ひよりは少しだけ頬を膨らませ、それから弁当箱を開いた。


 今日はそぼろご飯に、ブロッコリーと小さなハンバーグ。

 見慣れてきた中身だ。

 それを見ている自分に気づいて、少しだけ面倒になる。


「ねえ」

 ひよりが言う。

「何」

「昨日のやつさ」

「キーホルダー?」

「うん」


 そこまで言って、一瞬だけ言葉を切る。


 たぶん、本題はその先だ。


「……ああいうのって」

「何だよ」

「誰に対しても、すぐわかるの?」


 来た。


 ひよりはできるだけ軽く聞こうとしている。

 でも、その空気の揺れ方がもう軽くない。


 “昨日のことすごかった”だけじゃなくて、

 “それを私以外にもやるの?”

 という引っかかりが、ちゃんと混じっている。


「誰に対してもって?」

 わざと聞き返すと、

「そういうの」

 ひよりが少しだけ目を逸らす。

「困ってるとか、変な感じとか、すぐ気づくやつ」

「……」

「私だけじゃないの?」


 最後だけ、ほんの少し小さかった。


 周りには聞こえない。

 でも俺には十分すぎるくらい届く。


 こいつ、自分で言ってから少し後悔したな、と思った。

 冗談っぽく言うつもりだったのに、本音が出た時の空気だ。


 俺は箸を持ったまま少しだけ黙った。


 答えづらい。


 人の変化に気づくこと自体は、たしかにひよりだけじゃない。

 昨日の白瀬もそうだし、クラス全体の空気が変わる時もわかる。

 でも、ひよりに関してはそれとは別の部分まで拾ってしまう。


 そこをどう言えばいいのか。


「……一番とか、そういう話じゃないだろ」

 とりあえずそう返すと、ひよりは少しだけむっとした顔になった。


「うわ、ずるい返し」

「何が」

「そこ、ちゃんと答えてない」

「質問がずるいんだよ」

「何で?」

「何ででも」


 ひよりがじっとこっちを見る。


 この視線も最近増えた。

 言葉にしないくせに、答えを求めてくる視線。


「朝倉さん、それもうだいぶ重いやつだよ」

 斜め向かいから蓮が口を挟んだ。

「っ、蓮くん!」

「だって今の完全に“私だけ見ててよ”寄りの話じゃん」

「そ、そんな言い方してない!」

「中身はそうだろ」

「違うってば!」


 ひよりの顔が一気に赤くなる。


 だが、赤くなった時点でだいたい答えみたいなものだった。


「おまえ、黙ってろ」

 俺が蓮を睨むと、

「はいはい」

 と蓮は笑う。

「でも真央、おまえも今のはだいぶ逃げたぞ」

「うるさい」

「図星だな」


 ひよりは完全に耳まで赤くしながら、弁当箱の中をつついていた。

 今のやりとりを消したい。でも、完全には消したくない。

 そんな感じがだいぶわかりやすく出ている。


「……悪かった」

 俺が小さく言うと、

「何が」

 ひよりが返す。

「今の」

「別に」

「その“別に”も弱い」

「今日はみんなしてそればっかり!」


 ひよりが抗議する。


 でも、その声に昼の光みたいな軽さが少し戻った。

 だから、ここで終わらせるのも違う気がした。


「……朝倉」

「何」

「おまえのことは、わかりやすい」

「それ褒めてる?」

「半分」

「半分って」

「でも、他と同じじゃない」


 言ったあとで、自分でも少し止まる。


 ひよりも止まった。


「……え」

「いや」

「今の、ちゃんと最後まで」

「最後までって」

「それ、一番大事なとこでしょ」


 ひよりが、少しだけ真面目な顔になる。


 周りの空気はまだある。

 蓮もいる。

 教室もざわざわしている。

 なのに、その瞬間だけ妙にそこが静かになった気がした。


 言い切るには、まだ少し怖い。

 でも、ここでまた逃げたら、たぶん同じことの繰り返しだ。


「……他のやつに気づくことはある」

 俺は言う。

「でも、おまえのことは」

「……」

「別で引っかかる」


 ひよりが、今度こそ完全に止まる。


 顔が赤くなるより先に、呼吸が浅くなるのがわかった。

 そういう反応を拾う自分にも、少しだけ呆れる。


「別って何」

 ひよりが小さく聞く。

「説明しづらい」

「またそれ」

「でも事実だ」

「……」


 ひよりはそれ以上すぐには言わなかった。


 ただ、少しだけ視線を落として、弁当箱の端をつつく。

 その仕草に、困っているのと嬉しいのが両方混ざっていた。


「うわー」

 蓮が小さく言う。

「急に一段深いやつ来たな」

「おまえ本当に静かにできないのか」

「無理」

「知ってた」


 その時、前方から静かな視線が飛んできた。


 白瀬凛香だ。


 今日も自分の席で弁当を食べている。

 けれど、今のやりとりはちゃんと拾っている顔だった。


 しかも、その表情は前より少しだけ複雑だ。

 観察している。

 でも、それだけじゃない。


 俺はその視線の意味を考えかけて、やめた。

 今はそれどころじゃない。


 ひよりはしばらくして、ようやく小さく笑った。


「……それ、ずるいなあ」

「何が」

「そういう言い方」

「おまえら昨日も同じこと言ってなかった?」

 蓮が言う。

「黙れ」

「はいはい」


 ひよりはまだ少し赤いまま、でも前みたいに沈んではいなかった。


 むしろ、わずかに嬉しそうだ。


 それがわかった瞬間、また面倒な気分になる。


 俺はずっと、自分の体質を“気持ち悪い”と片づけてきた。

 でも、ひよりはそこに対して「気づくの早すぎない?」と困りながらも、完全には嫌がらない。

 むしろ、自分だけに向いていてほしいとまで思いかけている。


 それは、たぶんかなり危ない。


 放課後。


 教室の空気がゆるみ、帰る支度が始まる。

 ひよりはいつも通り俺の席の近くにいて、でも今日はいつもより少し静かだった。


 たぶん、昼のやりとりをまだ引きずっている。

 悪い意味ではなく、整理しきれていない感じで。


「……朝倉」

 俺が呼ぶと、

「何」

 とひよりが振り向く。

「帰るか」

「うん」


 二人で廊下へ出る。


 夕方の風が吹く。

 昼より少しだけ涼しくて、頭の中の熱を少しだけ冷ましてくれる。


「ねえ」

 ひよりが言う。

「何」

「昼のやつ」

「うん」

「今さらだけど、ちょっと恥ずかしい」

「だろうな」

「そこは否定してよ」

「無理だろ」

「ひどい」


 ひよりは笑いながらも、まだ少しだけ照れていた。


「でも」

 少し歩いてから、ひよりが続ける。

「ちょっと安心した」

「何が」

「私のこと、ちゃんと別で見てるってわかったから」

「……」

「それはそれで、すごく恥ずかしいけど」


 そう言って、ひよりは耳まで赤くする。


 やっぱりわかりやすすぎる。


 でも、その“わかりやすさ”が、今は少しだけ愛おしい方向に転びかけている気がして、俺は自分で小さくため息をついた。

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