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『汗ばんだ制服の距離が近すぎるせいで、俺の青春は毎日ギリギリです』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一
第一章 春の距離感は、たぶん校則で制限できない

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第27話 委員長は、“朝倉さんの横”を意識し始める

 白瀬凛香は、自分の中で起きている小さな違和感に、まだちゃんと名前をつけられずにいた。


 朝、教室へ入る。

 窓を少し開ける。

 机の上にノートと筆箱を整えて置く。

 提出物の確認をする。

 そういう一連の流れは、いつもと変わらない。


 変わらないはずなのに、最近はその途中で、どうしても視線が向いてしまう場所がある。


 窓際から二列目、前から三番目の席。

 柊真央の机の周辺。


 そこには高確率で、朝倉ひよりがいる。


 しかも最近は、以前よりもっと自然だ。

 話しかける時に一拍置くことも減ったし、机の横へ来ることにためらいもない。

 ただ近いだけではなく、“そこにいる理由”まで自分で受け入れているような空気がある。


 白瀬はそれを見るたび、胸の奥がほんの少しだけざわつく。


 別に、腹立たしいわけではない。

 不快とも違う。

 ただ、妙に引っかかる。


 昨日の七瀬澪の登場で、その感覚はさらに強くなった。


 幼馴染。

 しかも柊の昔を知っている。

 気安くて、遠慮がなくて、朝倉ひよりに対しても臆せず踏み込む。

 そういう相手が突然現れたことで、白瀬は逆に気づいてしまったのだ。


 自分は思っている以上に、柊と朝倉の関係の動きに意識を向けていたらしい、と。


「白瀬さん」


 朝のホームルーム前、隣の席の女子が声をかけてきた。


「今日、英語の小テストって範囲どこまでだっけ」

「三十ページまでです」

「うわ、やば」

「昨日配られたプリントに書いてありました」

「さすが白瀬さん……」


 白瀬は小さく頷くだけに留めた。


 そういう会話の最中でも、意識の一部は斜め後ろの空気を拾ってしまう。


「ねえ、今日ほんとに小テストない?」

 朝倉ひよりが言う。

「英語は明日」

 柊真央が返す。

「じゃあ今日はセーフ?」

「何がだよ」

「朝の安心感」

「おまえ毎日それ言ってないか」

「柊くんが毎日教えてくれるからだよ」

「理屈が雑すぎる」


 小さな笑い声。


 そこへ蓮が割り込んで、また何か茶化している。

 そのいつもの流れを、白瀬は無意識に最後まで聞いていた。


 何をしているのだろう、と自分でも思う。


 別に聞かなくてもいい会話だ。

 聞いたところで困るだけだ。


 なのに、気づけば耳が向いている。


 昼休みになった。


 教室の空気が一気にゆるむ。

 弁当箱を開ける音、椅子を引く音、購買へ走る足音。

 白瀬はいつものように自分の席で弁当を広げた。


 視界の端で、朝倉ひよりがまた柊の隣へ行くのが見える。


 そこまでは、もういつも通りだ。


 だが、今日はその前に少しだけ間があった。

 七瀬澪のことが、まだ少し尾を引いているのかもしれない。


 そしてその“少しだけ間がある”ことにまで、自分が気づいてしまうのがいやだった。


「ねえ白瀬さん」

 向かいの女子が、小声で身を寄せた。

「最近さ、ほんとにあの二人セットっぽいよね」

「……そう見える人は多いでしょうね」

「白瀬さん的にはどうなの?」

「どう、とは」

「付き合ってそうとか」


 白瀬は箸を止めた。


 少しだけ考えてから、淡々と答える。


「それを判断する材料は、まだ足りません」

「真面目すぎる」

「感想です」

「でもさ、朝倉さんあんなにわかりやすいのに」

「……」

「柊くんの方はよくわかんないよね」


 その一言に、白瀬は小さく目を伏せた。


 その通りだ。


 朝倉ひよりはわかりやすい。

 笑う。照れる。困る。引っかかる。

 全部を隠し切れないまま出してしまうタイプだ。


 一方で柊真央は、表面だけを見るとわかりにくい。

 ぶっきらぼうで、反応が薄くて、曖昧で、いつも少し引いたような顔をしている。

 なのに、本当に大事なところだけ、妙に早く反応する。


 そのちぐはぐさが、ずっと引っかかっていた。


「……そうですね」

 白瀬は小さく答えた。

「柊くんの方は、まだ判断しづらいです」

「へえ、白瀬さんでも?」

「人のことを、そんなに簡単に決めつけるものではありません」


 言いながら、自分に言い聞かせているみたいだと思った。


 決めつけたくない。

 でも、見てしまう。

 その間で、ずっと立ち止まっている感じがある。


 昼休みの終わり、教室のドアが開いて、澪がまた顔を出した。


「真央ー」

 気軽すぎる声だった。

「何だよ」

「消しゴム貸して」

「二組で借りろ」

「白瀬さん、真央って冷たいよね」

「同意を求めないでください」

「お、冷たい仲間」

「あなたと一緒にしないでください」


 教室のあちこちで小さく笑いが起きる。


 澪はそんな周囲なんて気にした様子もなく、柊の机に近づく。

 その自然さが、白瀬には少しだけ引っかかった。


 朝倉ひよりも、そこで一瞬だけ表情を止める。

 だがすぐに「七瀬さん、今日も来たんだ」と笑う。


 笑うのだが、その笑い方の奥にある小さな棘は、もう白瀬にも見えるようになっていた。


 朝倉は、気づいている。

 七瀬澪が、自分の知らない柊真央を知っていること。

 そのことが、少しだけ面白くない。


 その“少しだけ”の揺れを、柊もすぐに拾っている。


 拾っているくせに、言葉にするのは遅い。

 それがまた、白瀬にはもどかしい。


「……何なんでしょうね」

 思わず漏れる。


「え?」

 隣の女子が顔を上げる。

「いえ、何でもありません」


 まただ。


 最近、自分でもよくわからない独り言が増えている。


 放課後、掃除当番の時間。


 白瀬は黒板を消しながら、教室の後方を見ていた。


 柊は窓際の机を少しずらしている。

 朝倉はほうきで床を掃いている。

 澪は今日はもういない。

 蓮は相変わらず半分くらい遊んでいる。


 そこで朝倉が、床の端に置いてあった雑巾バケツへ少しだけ足を引っかけた。


「あ」

 小さな声が出る。


 その瞬間、柊がすぐに顔を上げた。


「大丈夫か」

「え? うん、平気」

「ならいい」

「今、絶対びっくりしたよね」

「してない」

「したって」


 短いやり取り。

 でも、その反応の速さに、白瀬はまた胸の奥をざわつかせる。


 自分も見ていた。

 バケツに足が当たりそうになったことも、朝倉が小さく声を上げたことも。

 けれど、声に出したのは柊の方が早かった。


 そこが悔しい、と感じた瞬間、自分で少しだけ驚いた。


 悔しい?


 何に対して?


 答えは出ない。


 ただ、自分も見ていたはずなのに、先に動かれる。そのことに、妙な引っかかりがある。

 それはたぶん、単なる観察者ではいられなくなってきている証拠だった。


「白瀬さん?」


 朝倉がこちらを見る。


「さっきから、何か考えごとしてる?」

「……していません」

「いや、今のはしてる顔だったよ?」

「朝倉さんは、人の顔を見るのがうまいですね」

「え、そう?」

「少なくとも、よく見ています」

「柊くんに言われることはあるけど」

「……そうですか」


 そこでまた、胸の奥が少しだけざわつく。


 朝倉の“見ている”と、柊の“見ている”は、きっと違う。

 でも、その二人の間には、もうちゃんとその言葉が通じるだけの距離がある。


 それが何となく、面白くなかった。


 掃除が終わり、教室の空気が帰る支度のものへ変わっていく。


 白瀬はノートをしまいながら、前方の二人を一度だけ見た。

 朝倉が何か言って、柊が短く返す。

 蓮がそこへ割り込んで、また余計なことを言って、朝倉が少し笑う。

 その流れが、前より自然だ。


 ひよりが“横にいる”こと。

 柊がそれを受け入れていること。

 それがもう、教室の一部になり始めている。


 白瀬はその光景を見てから、小さく息を吐いた。


 自分はただ見ているだけのつもりだった。

 見て、判断して、必要なら刺す。

 そういう立場でいられると思っていた。


 でも最近は違う。


 柊の言葉を待ってしまう時がある。

 朝倉の表情を目で追ってしまう。

 七瀬澪の一言に、思った以上に反応してしまう。


 それはたぶん、“観察”だけでは済まない位置へ、自分の感情が少しずつ動いているせいだ。


 まだ名前はつかない。

 つける気もない。


 それでも、前よりはっきりしてしまったことがある。


 白瀬凛香は、もう“ただの第三者”ではいられなくなり始めていた。

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