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死体の声しか聞こえないハズレスキル【遺言】で、俺は戦場の掃除係に落とされた 〜死んだ兵士は嘘をつかない。  作者: 音


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生きている証人

「輜重第二中隊。八人編成。四人死んだ」

 ゲルダが名簿を指でなぞりながら言った。

「残り四人は」

「三人は同じ症状で寝込んでる。私が診てる」

「四人目は」

「元気よ。ぴんぴんしてる」

 彼女は名簿を閉じた。「ヨナス・キール。十九歳」

 俺は手帳に書いた。

「なぜ一人だけ無事なんですか」

「食べてないからでしょう」

「なぜ食べない」

「それを聞きに行くんでしょう、あなたが」

 ヨナス・キールは、荷馬車の車軸に油を差していた。

 痩せた若い男で、指が細くて、顔つきに幼さが残っている。近づくと顔を上げて、それから《カラス》の徽章に目を留めて、すぐに逸らした。

 みんなそうする。

「ヨナス・キール」

「……はい」

「聞きたいことがある」

「僕は何もしてません」

 早い。

 俺はまだ何も聞いていない。

「アルミン・ケラーを知ってるか」

 油差しが、車軸から少しずれた。

 黒い油が、地面に細く落ちた。

「相棒だったな」

「……はい」

「四人目に運ばれてきた。顔に布がかかってなかったやつだ」

 ヨナスは油差しを置いて、両手を膝で拭いた。何度も拭いた。もう乾いているのに拭いた。

「先週、荷を降ろしたのはあんたたちの中隊だ。ネルヴァ商会の麻袋、六十八」

「数は、覚えてません」

「六十八だ」

「そうですか」

「一袋、二十六斤と書いてある。実際は二十四斤半だった」

 ヨナスは黙った。

 俺は待った。前世でこれを何度もやった。待つのがいちばん効く。人間は沈黙に耐えられない。三十秒待てば、たいてい何か言う。

 二十秒で言った。

「僕は、荷を運ぶだけです」

「知ってる」

「重さなんて量りません。量る道具もない」

「そうだろうな」

「じゃあ、何の用ですか」

 俺はそこで初めて、質問を変えた。

「あんた、なんでパンを食べなかった」

 ヨナスの肩が上がった。

 はっきり分かるくらい上がって、それから下りた。

「……食べましたよ」

「三人が寝込んで、四人が死んだ。あんただけ何ともない」

「体が丈夫なんです」

「そうか」

 俺はうなずいた。「じゃあ、悪かった」

 背を向けて、三歩歩いた。

 四歩目で、後ろから声がした。

「あの」

 俺は止まった。

「アルミンは、その」

 ヨナスの声が震えていた。

「苦しんだんですか」

 振り向いた。

 この男は十九で、手が細くて、相棒が死んだ理由を知りたがっている。そして知りたくなくもある。両方の顔をしている。

 俺は、ここで嘘をつくこともできた。

 楽になる嘘はいくらでもある。眠るように死んだ、とか。最期にあんたの名前を呼んだ、とか。そう言えばこの男は泣いて、俺に感謝して、そして何も喋らない。

 俺は嘘をつかなかった。

 もっと悪いことをした。

「アルミン・ケラーが最後に考えていたのは」

 俺は言った。

「『あのパン、砂の味がした』だ」

 ヨナスの顔から、色が消えた。

「……なんで」

「【遺言】。俺のスキルだ。死体に触ると、最後の一文が聞こえる」

「なんで、そんな」

「あいつは死ぬ間際に、パンのことを考えてた。腹が痛いでも、水が飲みたいでもなく。何かおかしいと思ってたんだ。おかしいと思ったまま、死んだ」

 ヨナスは荷馬車に手をついた。

 膝が半分落ちていた。

「あんたは食わなかった」

 俺は続けた。「なぜだ。何か知ってたからだろう」

 彼は答えなかった。

 顔を伏せて、荷馬車の車輪の縁を握っていた。爪が白くなっていた。

「言え」

「言えない」

「なぜ」

「言ったら、僕も」

 ヨナスは顔を上げた。目が赤かった。

「あの、伍長さん。僕、去年、荷を一袋落としたんです。橋の上で。落ちて、川に流れて」

「それで」

「弁償しろって言われて。金貨二枚だって。持ってるわけないでしょう、そんなの」

「誰に言われた」

「男爵の、副官の人です」

「それで」

「代わりに、月に一度、夜に荷を積み替える仕事をしろって」

 俺は手帳を出さなかった。ここで手帳を出したら、この男は喋るのをやめる。

「積み替え」

「袋から少し出して、別の袋に。それで、代わりに」

 ヨナスは口を止めた。

「代わりに?」

「……おがくずを」

 彼は言った。

「製材所の、おがくずを詰めるんです。細かくふるったやつを。だから僕、知ってて。知ってて、それで、食べなかった」

 彼は泣き始めた。

 十九の男が、荷馬車の車輪に額を押しつけて泣いていた。

「アルミンにも言えばよかった。言えばよかったのに、言ったら僕が捕まるから、それで、それで」

 俺は何も言わずに立っていた。

 言うことは、あった。あんたのせいじゃない、とか。あんたも被害者だ、とか。

 言わなかった。

 言えば楽になる。楽になったら、この男は明日には口を閉じる。人間は罪悪感で喋る。楽にしてはいけない。

 俺は、この十九の男が泣いているのを、必要な材料として見ていた。

 背後で足音がした。

 振り向くと、ゲルダが立っていた。いつからいたのかは分からない。

 彼女は俺を見ていた。ヨナスではなく、俺を。

「アーレンス伍長」

 彼女は言った。声が低かった。

「あなた、今、いい仕事をしたわね」

 褒め言葉ではなかった。


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