第四十三様式
第四十三様式の用紙は、四日で刷り上がった。
この局には印刷の工房がある。様式が増えるたびに版を組んで、必要な部数を刷る。刷り上がった紙には、右上に様式番号が入る。四十三、と入っている。
俺はその紙を、しばらく見ていた。
紙そのものは、何でもない。罫線が引いてあって、欄が三つあって、上に表題がある。『廃棄記録照合様式』。
俺が書いた四条のうち、三条が落ちたので、欄も三つになった。番号、廃棄年月日、立会人氏名。証言者の欄があるはずだった場所は、罫線ごと無い。
工房の職人は、俺が受け取りに行くと、束を数えながら言った。
「新しいのは久しぶりです」
「よく増えるものかと思ってました」
「増えますけどね。改訂が多いんですよ。四十一とか四十二とかは、中身がちょこちょこ変わって版を組み直す」
彼は束を紐で括った。
「まるごと新しいのは、四年ぶりですね」
「四年ぶり」
「そうです。誰が出したのか知りませんけど、通るもんですね」
俺は束を受け取った。
軽かった。紙の束なので当然だが、思っていたより軽かった。
この紙は、俺が書くまでは何も書いていない。書けば、番号がついて、綴じられて、永年保存の棚に入る。
入れば、燃やすには年限前の廃棄伝票が要る。
「アーレンスさん、これ何ですか」
ラウルが覗き込んで言った。
「新しい様式です」
「増えたんですか。また?」
彼は嫌そうな顔をした。「様式って増える一方ですよね。減らないんですかね」
「減らないです」
「ですよねえ」
彼は台車を押していった。
第一号を書くのに、俺は三晩使った。
書くのは、廃棄目録の照合結果だ。中身は書けない。番号と、年限と、廃棄年月日と、立会人の氏名。それだけを、不整合の行について転記する。
六年ぶんの目録を照合し直した。ニナが覚えていた十九件と、俺自身が突き止めた七件と、俺が立会人になった四件。重複を除くと、二十三件になった。
一晩目は、番号を並べ直すのに使った。目録は年ごとに一冊だから、六冊を横断して同じ形式に揃える必要がある。方面軍ごとに並べるか、年ごとに並べるかで迷って、年ごとにした。方面軍ごとに並べると、第四方面軍が十四件で目立つ。目立つと、そこだけ抜かれる。
二晩目は、書き写した。
三晩目は、間違いを探した。番号を一つ間違えれば、この紙は無意味になる。無意味どころか、間違いを理由に破棄される。
二十三行のうち、二箇所間違えていた。
どちらも数字の入れ替わりで、書き写すときに目が滑ったやつだ。前世で何度も同じことをやった。人は数字を書き写すとき、必ず一定の割合で間違える。だから二度確かめる。二度確かめても残るので、三度確かめる。
三晩使ったのは、そのためだ。
書き終えて、俺はそれを読み返した。
何も書いていないのと同じに見える。番号の羅列で、読んでも何も分からない。何が燃えたのかも、なぜ燃えたのかも、誰が燃やしたのかも書いていない。
立会人の欄には、俺の名が四つ並んでいる。残りの十九件は、廊下で捕まえられた人間の名だ。
その名前を書き写しながら、俺は少し手が止まった。
この十九人は、自分の名がここに残ることを知らない。知らないまま、いつか誰かに照合される。
俺と同じだ。
俺の名も、俺の知らないところで、誰かに照合される日が来るかもしれない。
書けなかったのは、ニナの名前だった。
三条が落ちたので、証言者の欄は無い。彼女がどれを覚えていて、どれを教えてくれたかは、この紙のどこにも入らない。
十九件のうち、彼女の記憶だけが根拠のものが十二件ある。その十二件は、廃棄目録に行があるから照合はできる。できるが、なぜ俺がその行に注目したかは書けない。
俺は完成した紙を持って、炉小屋に行った。
「見てもらえますか」
ニナは手を拭いてから受け取った。
読んだ。片方の耳をこちらに向けたまま、ずいぶん長く読んでいた。
「数字ばっかりね」
「数字だけです」
「私の名前、無いのね」
「入れられませんでした」
「そう」
彼女は紙を返した。
「いいわ」
「よくないです」
「よくないの?」
彼女は少し笑った。
「あんた、私が怒ると思ってた?」
「思ってました」
「怒らないわよ」
彼女は炉のほうを向いた。
「私はね、六年間、燃やしたものが『無かったこと』になるのが嫌だったの。名前を残してほしかったわけじゃない」
彼女は火掻き棒を取った。
「その紙に、燃やした日と番号が載ってるんでしょう。載ってれば、燃やしたことは残る。私が燃やしたってことも、残る」
「残りますね」
「じゃあいい」
彼女は言った。
「六年ぶんの、私がやったことが、そこに載ってる」
彼女は炉の蓋を開けて、中を覗いた。その日の分はもう焼き終わっていて、灰しか無かった。
「一つだけ、聞いていい?」
「どうぞ」
「その紙、いつ燃える?」
俺は少し考えた。
「永年保存です。年限がありません」
「じゃあ、燃えないの?」
「燃やすには、年限前の廃棄伝票が要ります」
俺は言った。
「伝票を作れば、廃棄目録に行が残ります。その行を、次の誰かが照合します」
ニナは火掻き棒を壁に立てかけた。
「うまくできてるのね」
「はい」
「でも、それ、あんたが作った仕組みじゃないでしょう」
彼女は言った。
「もともとある仕組みでしょう。誰も使ってなかっただけで」
「そうです」
「じゃあ、六年前に誰かが同じことをしてたら」
彼女はそこで止まった。
止まって、それ以上は言わなかった。
言わなくても分かる。六年前に誰かが第四十三様式を作っていたら、彼女が覚えなくてよかったものが、いくつもあった。
提出したのは、翌日だった。
ブルク老人が受け取って、番号を確かめて、綴りに挟んだ。
彼は何も言わなかった。
だが、綴りを棚に運ぶとき、いつもは台車に載せる綴りを、その日は抱えて運んだ。




