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死体の声しか聞こえないハズレスキル【遺言】で、俺は戦場の掃除係に落とされた 〜死んだ兵士は嘘をつかない。  作者: 音


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抱えてくる男

五回目のとき、伝票を持ってきたのはラウルではなかった。

 その日は雪が降っていた。王都で降る雪は前線のものより湿っていて、地面に落ちるとすぐ水になる。炉小屋の屋根から溶けた水が落ちて、入口の前に浅い溝ができていた。

 俺は昼を早く切り上げて、いつものように裏手に回った。

 ニナが炉の前にいて、俺を見て、それから小さく首を振った。来るな、という意味ではなかった。もう来ている、という意味だった。

 振り返ると、雪の中を歩いてくる人影があった。

 あの男だった。

 髪が薄くて、頬がこけていて、眠っていない目をした四十くらいの文官。薪の裏から一度だけ顔を見た男だ。

 彼は綴りを二冊、自分で抱えていた。外套の肩に雪が積もっていて、綴りが濡れないように片側に寄せて持っている。

「立会人を頼みたい」

 彼は言った。声が低くて、少し掠れていた。

「アーレンスといいます」

「知っている」

 彼は伝票を差し出した。

 俺は受け取って、番号を見た。

 頭の二桁が、十二年前だった。

 これまでの四回より、一年古い。

「開いていいですか」

「規則は」

「見るなという規則はありません」

 彼はしばらく俺を見て、それから、うなずいた。

「そうだな」

 俺は一冊目を開いた。

 異動記録ではなかった。

 物資の受払記録だ。第四方面軍の、十二年前の。品目は硝石。数量と、受領先と、日付が並んでいる。

 受領先の欄が、空白だった。

 全部。

 俺は二冊目を開いた。同じ形の記録で、品目が鉄になっている。こちらも受領先が白い。

 硝石と、鉄。

 河の向こうへ渡っていたものと、同じだ。

 ただし、これは十二年前だ。帳簿の累計欄が示していた十一年より、一年古い。

 俺は顔を上げた。

「これは」

「見たな」

「見ました」

「では焼こう」

 彼は言った。

「待ってください」

「待たない」

 彼は炉のほうへ歩き出した。ニナが蓋を開けた。彼女は俺を見なかった。見たら、たぶん、この男に気づかれる。

「あなたは、五回目です」

 俺は言った。

 彼の足が止まった。

「三年で五回。全部、年限より早い。全部、自分で抱えてきて、燃えるまで見ている」

 彼は振り返らなかった。

「数えていたのか」

「目録を照合しました」

「照合か」

 彼は少し笑ったように聞こえた。

「あれを照合する人間がいるとは思わなかった」

「誰も見ないと言われました」

「そのとおりだ。十二年、誰も見なかった」

 彼は綴りを炉に入れた。二冊とも。それから、火掻き棒を手に取った。ニナから取り上げるのではなく、彼女に何か言って、受け取った。

 彼は自分で崩し始めた。

「アーレンス下士」

「はい」

「君は、私が悪人だと思っているだろう」

「思っていません」

 俺は言った。

「思っていない?」

「五回とも、自分で来ています。運搬係に渡せば済むのに、自分で抱えて、燃えるまで立っている」

 俺は言った。

「悪人はそんなことをしません。悪人は、人に渡して、忘れます」

 彼の手が止まった。

 炉の中で紙が崩れて、火が少し明るくなった。その明かりで、彼の横顔が見えた。

 泣いてはいなかった。ただ、疲れていた。

「私の名は、ハイム」

 彼は言った。

「記録局第三課、課長補佐。十二年目だ」

「ハイムさん」

「誰の指示か、と聞いたな」

 彼は火掻き棒を炉の縁に立てかけた。

「局長だ」

 俺は動かなかった。

「ミューレ侯爵夫人ですか」

「そうだ」

「命令書は」

「無い」

 ハイムは言った。

「呼ばれて、番号を言われる。それだけだ。紙は一枚も出ない。私は自分で伝票を作って、自分で代印を押して、自分で持ってくる」

「代印は、あなたのものですか」

「第三課のものだ」

 彼は言った。「引き出しに入っている。誰でも押せる。押した記録は残らない」

「断ったことは」

「一度ある」

 彼は言った。

「一度目のときだ。私は理由を聞いた。あの人は理由を言わなかった。言わずに、こう言った」

 彼は炉を見た。

「『あなたが断れば、私が別の人に頼みます。その人は理由を聞かないでしょう』」

 俺は、そこで理解した。

 ニナが言ったのと、同じことだ。燃やす人がいなくなったら、別の人が燃やすだけで、その人は覚えない。

 ミューレ侯爵夫人は、それを分かっていて、覚える人間を選んでいる。

 覚える人間に燃やさせている。

 なぜかは、まだ分からない。

 覚えられたら困るはずだ。困るのに、覚える人間を選ぶ。

 ハイムは、火掻き棒を持ち上げて、また下ろした。

「私は最初の三年、これを罰だと思っていた」

 彼は言った。

「見ていろ、覚えていろ、そして何もできないでいろ、と。そういう罰だと」

「今は」

「分からん」

 彼は言った。「十二年経って、分からなくなった」

「ハイムさん」

「なんだ」

「あなたは、覚えている中身を、誰かに言いましたか」

 彼はしばらく答えなかった。

 炉の中で、最後の紙が崩れた。火が落ちて、小屋の中が急に暗くなった。

「言っていない」

 彼は言った。

「言えば、その人間が次に持ってくることになる。それだけだからだ」

「今、俺に言いましたよね」

 彼は初めて、こちらを向いた。

「君は、局長に呼ばれたそうだな」

「呼ばれました」

「新任で呼ばれた人間は、十二年で二人目だ」

 彼は言った。

「一人目は、私だ」

 雪が入口から吹き込んで、溶けた。

 ハイムは火掻き棒を壁に立てかけて、外套の肩の雪を払った。払っても、もう溶けていて、布が黒く濡れているだけだった。

「アーレンス下士。一つだけ、忠告しておく」

「はい」

「あの人は、君を試していない」

 彼は言った。

「試すというのは、結果が二つある場合に言うことだ。あの人は結果を知っている。知ったうえで、そこへ人を置いている」

「では、なぜ置くんですか」

「私にも十二年分からなかった」

 彼は入口に向かった。

「だが最近、一つだけ思うことがある」

 彼は立ち止まって、雪を見た。

「あの人は、誰かに見つけてほしいのかもしれん」

「見つける?」

「私は見つけられなかった」

 ハイムは言った。

「十二年、番号を言われて、燃やして、覚えた。覚えただけだ。私は一度も、燃やしたものが何のためのものかを、繋げようとしなかった」

 彼は俺を見なかった。

「怖かったからだ。繋がったら、何かしなければならなくなる」

 彼は雪の中へ出ていった。

 外套の背に雪が落ちて、少しずつ白くなって、それが見えなくなるまで、俺はそこに立っていた。

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