↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死体の声しか聞こえないハズレスキル【遺言】で、俺は戦場の掃除係に落とされた 〜死んだ兵士は嘘をつかない。  作者: 音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/60

立会人

呼ばれたのは、十日後だった。

「アーレンスさん、ちょっといいですか」

 ラウルが台車を押しながら言った。台車の上に、綴りが二冊だけ載っていた。

 台車を使う量ではない。抱えれば運べる。それでも台車に載せてあるのは、そのほうが「いつもの仕事」に見えるからだと思う。誰がそう考えたのかは分からない。ラウルは何も考えていない。

「これ、今から焼くので、署名だけお願いします」

「二冊ですか」

「二冊です」

 彼は伝票を差し出した。

 俺は受け取って、番号を見た。

 頭の二桁が九年前。次の一文字は、三十年保存を示すものだった。

「ラウルさん」

「はい」

「これ、年限が来てませんよね」

 彼は伝票を覗き込んで、少し考えて、それから言った。

「あー、そういうのもあるんですよ」

「そういうの?」

「上から来るやつ。まとめて焼くのと別で、単発で。理由は書いてないですけど、まあ、あるんでしょうね」

 彼は台車を押した。

「僕も最初は気にしてたんですけど、聞いても誰も知らないんで」

「ブルクさんは知ってますか」

「二十年いる人ですよ。知ってても言わないでしょ」

 ラウルは笑った。

 俺は伝票を持って、ついていった。

 炉の前で、ニナが待っていた。彼女は俺を見て、それから台車を見て、何も言わなかった。

 ラウルが綴りを持ち上げた。

「待ってください」

 俺は言った。

「はい?」

「規則では、立会人は廃棄の事実を確認します」

「そうですね」

「事実を確認するには、何が廃棄されるかを見ないといけません」

 ラウルは困った顔をした。

「見る規則は無いですよ」

「見るなという規則もありませんよね」

「……無いですね」

 彼は綴りを台車に戻した。

「じゃあ、どうぞ」

 俺は一冊目を開いた。

 九年前の、第四方面軍の人員異動記録だった。

 異動先の欄が、空白だった。

 三十七人ぶん。名前と、所属と、異動年月日。異動先だけが白い。

 俺は二冊目を開いた。

 同じ年の給養実績。抜かれた三十七人ぶんの糧食が、抜かれたあとも支給済みとして計上されている。

 俺は、その二冊を、しばらく見ていた。

 名前を読んだ。三十七人ぶん。上から順に、全部。

 半分ほど読んだところで、同じ姓が二つ並んでいるのに気づいた。年齢は書いていないが、所属が同じで、異動年月日も同じ日だ。兄弟か、父子か。

 その次のページに、また同じ姓があった。今度は別の姓で、これも二人。

 同じ日に、同じ部隊から、二人ずつ抜かれている組がいくつかある。

 なぜかは分からなかった。分からないまま、俺は先を読んだ。

 読むのに、四半刻ほどかかった。ラウルが途中で二度、咳払いをした。

 名前は覚えられない。三十七人は多すぎる。俺の頭にはもう四百四十二人が住んでいて、そこに三十七を足す余裕は無い。

 だから俺は、覚えるのをやめた。

 代わりに、最初の一人と、最後の一人の名前だけを覚えた。それと、番号を。それと、同じ姓が並んでいたことを。

「終わりました」

 俺は言った。

「じゃあ、焼きますね」

 ニナが炉の蓋を開けた。

 ラウルが二冊を放り込んだ。彼は炉の前に立たなかった。放り込んで、すぐ台車のほうへ戻った。

 俺は立った。

 紙がめくれて、赤くなって、崩れた。名前の並んだページが、一枚ずつ、白くなって落ちた。

 燃えるのに、思っていたより時間がかかった。

 途中で、一枚だけ、めくれた縁が平らになった瞬間があった。

 字が見えた。読めなかった。読める距離ではないし、読めても意味は無い。

 それでも俺は、そこを見ていた。

 最後の一枚が崩れてから、俺は伝票に署名した。

 ユール・アーレンス、と読める文字で書いた。

 署名しながら、俺は自分がやったことを整理していた。

 俺は今、三十七人が消されるのを見て、それを認めた。認めたと書類に残した。俺が署名しなければ、ラウルは廊下で別の誰かを捕まえて、その誰かが署名して、同じことが起きた。違うのは、その誰かは中身を見ないという点だけだ。

 つまり、俺がやったのは、結果を何も変えずに、自分を汚しただけだ。

 それは分かっている。

 分かったうえで、俺は次も引き受けるつもりだった。

 その晩、俺は廃棄目録の書き込みを自分でやった。

 番号、年限、廃棄年月日、立会人の署名。

 立会人の欄に、自分の名前を書いた。

 そして、翌週も、その次も、俺は同じ仕事を引き受けた。

 ラウルは喜んだ。彼は署名をもらいに廊下を歩き回るのが面倒だったし、俺がやると言えば断る理由が無い。老人は何も言わなかった。運搬係は俺の名前を覚えていない。

 三月のうちに、俺は四回、早い廃棄の立会人になった。

 四回とも、俺は開いて、読んで、最初と最後の名前を覚えて、番号を控えて、それから署名した。

 三回目のとき、ラウルが「アーレンスさん、毎回読みますね」と言った。俺が「規則なので」と答えると、彼は「まあ、真面目な人はいますよね」と言って、それきり何も言わなかった。

 四回目のとき、ブルク老人が俺を見た。

 二十年ここにいる男が、はじめて俺の顔を見た。見て、何も言わずに、また番号を読み上げる作業に戻った。

 あの目が何だったのかは、分からない。

 廃棄目録に、俺の名前が四つ並んだ。

 年限の合わない四行に、同じ署名が入った。

 これは、証拠にはならない。俺は何も止めていない。四十件近い記録が、俺の目の前で、俺の署名つきで燃えた。

 だが、いつか誰かが廃棄目録を照合したとき、合わない行に一つの名前が並んでいるのを見る。

 ヴィッテが俺の署名を三つの棚に入れたのと、同じことだ。

 俺は自分の名前を、消えないところに積んでいる。

 積みながら、時々、あの少佐の判の押し癖を思い出す。手首が左に落ちる癖を。

 癖は残る。意図して残したものより、癖のほうがよく残る。

 だから俺は、毎回、同じ位置に、同じ大きさで署名した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。