↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死体の声しか聞こえないハズレスキル【遺言】で、俺は戦場の掃除係に落とされた 〜死んだ兵士は嘘をつかない。  作者: 音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/60

燃やす側

廃棄業務の補佐は、三人でやっていた。

 俺が入って四人になった。

 一人は二十年やっている老人で、名をブルクという。彼はほとんど喋らない。番号を読み上げるときだけ声を出して、それ以外は指で示す。二十年で必要な言葉が減ったんだろうと思う。

 一人は去年入った若い男で、よく喋るが、内容が無い。飯の話と、天気の話と、誰が誰と揉めたという話。名をラウルという。

 もう一人は外から通ってくる運搬係で、名前を誰も呼ばない。台車を押して、置いて、帰る。俺も結局、最後まで彼の名を知らなかった。

 仕事場は、第一収蔵の裏の部屋だった。

 窓が一つしかなくて、その窓も上のほうにあるので、外が見えない。天井が低い。棚は無くて、代わりに床に台があって、台の上に綴りが積まれる。

 この部屋は、収蔵室と違って音がした。台車の車輪と、紙束を置く音と、ラウルの喋る声。物が出ていく部屋なので、静かにする理由が無い。

 仕事の流れは、覚えるのに半日もかからなかった。

 毎年、年限の来た綴りが棚から出される。出されたものはこの部屋にまとめられて、番号を確認して、廃棄伝票を作る。伝票が承認されると、台車で炉に運ぶ。運んで、焼く。焼いたら、廃棄目録に書き込む。

 書き込む欄は四つ。番号、年限、廃棄年月日、立会人の署名。

 俺が知りたかったのは、立会人がどう決まるかだった。

「その辺にいた人ですよ」

 若い男が言った。名前をラウルという。

「その辺?」

「そう。焼くときに、誰か一人、見てないといけないんです。規則で。でも誰でもいいんですよ。廊下歩いてる人捕まえて、署名だけしてもらう」

「中身は見せるんですか」

「見せません。見せる規則が無いので」

 彼はあっさり言った。「見たい人もいませんしね」

「断られませんか」

「断る人、いないですよ」

 ラウルは笑った。

「だって一分もかからないですし。名前書くだけですから。むしろ、面倒くさそうな顔されるくらいで」

「面倒くさそうな顔」

「そうです。廊下で捕まると、みんな『またか』って顔します」

 俺は、廃棄目録の七つの行を思い出した。年限より早く燃やされた七件。立会人の署名が全部違う人間だった。

 あれは、その都度、廊下を歩いていた人間を捕まえていただけだ。

 誰も共犯ではない。誰も知らない。七人とも、たぶん自分が何に署名したか覚えていない。

 この仕組みは、共犯者を必要としないように作られている。

 いや、作られたわけではないのかもしれない。

 立会人を置くのは、たぶん本来、不正を防ぐための規則だ。一人で燃やすと何を燃やしたか分からなくなるから、もう一人見ていろ、と。その規則は正しい。

 正しい規則を、正しく運用していて、それでも意味が無くなっている。

 見る人間を置いても、見ない人間を置けば同じだからだ。

 三日目に、俺は台車の前に立った。

 その日の分は、二百冊近くあった。全部、年限が来た正規の廃棄だ。中身は徴税記録と、地方の物資受払と、十年前の人事評定。読んでも何も出てこないものばかりだ。

 それでも俺は、上から三十冊ほどをめくった。

 めくって、番号を確かめて、日付を見た。全部合っていた。

「アーレンスさん、律儀ですね」

 ラウルが言った。悪気は無い。この局の人間は、みんな悪気が無い。

「間違えて焼いたら、まずいでしょう」

「まずいですけど、まず無いですよ」

 彼は言った。「間違えて焼いても、目録には焼いたって書くので。焼いてないものが目録に載ることは無いし、載ってるものが残ってることも無い」

 俺は手を止めた。

「それは、そうですね」

「そうですよ」

 彼は笑った。

 俺は炉に行った。ニナが待っていて、台車を受け取って、いつもどおり崩しながら焼き始めた。

 俺はその横に立った。立会人としてではなく、廃棄業務の補佐として。

 紙がめくれて、赤くなって、崩れる。

 二百冊は、一日では焼けない。三日かかる、とニナは言った。冬は湿るので四日になることもある。台車が三つ並ぶのはそのためだ。

 俺は一日目の分が終わるまで、そこにいた。

 終わる頃には日が落ちていて、小屋の中だけが明るかった。ニナが灰を掻き出して桶に移し、桶を外に出す。灰は畑に売るのだという。年に二度、業者が引き取りに来て、その金は局の会計に入る。

 紙は燃えて、灰になって、金になって、帳簿に載る。

 燃えた中身だけが、どこにも載らない。

「アーレンスさん」

 ニナが火掻き棒を動かしながら言った。

「一つ言っておく」

「はい」

「あんた、そのうち立会人にされる」

 俺は彼女を見た。

「早いやつのときに。今までは廊下の人を捕まえてたけど、あんたはここにいるから。ここにいる人間に頼むほうが、ずっと簡単でしょう」

「そうですね」

「署名する?」

 俺は答えなかった。

 答えられなかったのではなく、答えが決まっていたからだ。決まっていて、その決まり方が気に食わなかった。

「します」

 俺は言った。

「そう」

「署名しないと、次から呼ばれなくなります」

 ニナは火掻き棒を止めた。

 止めて、俺を見た。片方の耳をこちらに向けて。

「あんた、そういう考え方するのね」

「はい」

「六年ここにいて、そういうこと言った人、初めてよ」

 彼女は炉に向き直った。

 しばらく何も言わずに灰をならして、それから、火掻き棒の先で炉の底を軽く叩いた。

「私、ずっと、燃やしてる自分が悪いんだと思ってた」

 彼女は言った。

「違うのね。燃やす人がいなくなったら、別の人が燃やすだけで、その人は覚えないのね」

「はい」

「じゃあ、私は六年、正しかったことになる?」

 俺は答えなかった。

 答えを持っていなかった。この人が六年間、毎日紙を燃やしながら考えていたことに、四十日ここにいただけの人間が答えを出せるわけがない。

「答えなくていいわ」

 ニナは言った。

「聞いてみたかっただけ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。