燃やす側
廃棄業務の補佐は、三人でやっていた。
俺が入って四人になった。
一人は二十年やっている老人で、名をブルクという。彼はほとんど喋らない。番号を読み上げるときだけ声を出して、それ以外は指で示す。二十年で必要な言葉が減ったんだろうと思う。
一人は去年入った若い男で、よく喋るが、内容が無い。飯の話と、天気の話と、誰が誰と揉めたという話。名をラウルという。
もう一人は外から通ってくる運搬係で、名前を誰も呼ばない。台車を押して、置いて、帰る。俺も結局、最後まで彼の名を知らなかった。
仕事場は、第一収蔵の裏の部屋だった。
窓が一つしかなくて、その窓も上のほうにあるので、外が見えない。天井が低い。棚は無くて、代わりに床に台があって、台の上に綴りが積まれる。
この部屋は、収蔵室と違って音がした。台車の車輪と、紙束を置く音と、ラウルの喋る声。物が出ていく部屋なので、静かにする理由が無い。
仕事の流れは、覚えるのに半日もかからなかった。
毎年、年限の来た綴りが棚から出される。出されたものはこの部屋にまとめられて、番号を確認して、廃棄伝票を作る。伝票が承認されると、台車で炉に運ぶ。運んで、焼く。焼いたら、廃棄目録に書き込む。
書き込む欄は四つ。番号、年限、廃棄年月日、立会人の署名。
俺が知りたかったのは、立会人がどう決まるかだった。
「その辺にいた人ですよ」
若い男が言った。名前をラウルという。
「その辺?」
「そう。焼くときに、誰か一人、見てないといけないんです。規則で。でも誰でもいいんですよ。廊下歩いてる人捕まえて、署名だけしてもらう」
「中身は見せるんですか」
「見せません。見せる規則が無いので」
彼はあっさり言った。「見たい人もいませんしね」
「断られませんか」
「断る人、いないですよ」
ラウルは笑った。
「だって一分もかからないですし。名前書くだけですから。むしろ、面倒くさそうな顔されるくらいで」
「面倒くさそうな顔」
「そうです。廊下で捕まると、みんな『またか』って顔します」
俺は、廃棄目録の七つの行を思い出した。年限より早く燃やされた七件。立会人の署名が全部違う人間だった。
あれは、その都度、廊下を歩いていた人間を捕まえていただけだ。
誰も共犯ではない。誰も知らない。七人とも、たぶん自分が何に署名したか覚えていない。
この仕組みは、共犯者を必要としないように作られている。
いや、作られたわけではないのかもしれない。
立会人を置くのは、たぶん本来、不正を防ぐための規則だ。一人で燃やすと何を燃やしたか分からなくなるから、もう一人見ていろ、と。その規則は正しい。
正しい規則を、正しく運用していて、それでも意味が無くなっている。
見る人間を置いても、見ない人間を置けば同じだからだ。
三日目に、俺は台車の前に立った。
その日の分は、二百冊近くあった。全部、年限が来た正規の廃棄だ。中身は徴税記録と、地方の物資受払と、十年前の人事評定。読んでも何も出てこないものばかりだ。
それでも俺は、上から三十冊ほどをめくった。
めくって、番号を確かめて、日付を見た。全部合っていた。
「アーレンスさん、律儀ですね」
ラウルが言った。悪気は無い。この局の人間は、みんな悪気が無い。
「間違えて焼いたら、まずいでしょう」
「まずいですけど、まず無いですよ」
彼は言った。「間違えて焼いても、目録には焼いたって書くので。焼いてないものが目録に載ることは無いし、載ってるものが残ってることも無い」
俺は手を止めた。
「それは、そうですね」
「そうですよ」
彼は笑った。
俺は炉に行った。ニナが待っていて、台車を受け取って、いつもどおり崩しながら焼き始めた。
俺はその横に立った。立会人としてではなく、廃棄業務の補佐として。
紙がめくれて、赤くなって、崩れる。
二百冊は、一日では焼けない。三日かかる、とニナは言った。冬は湿るので四日になることもある。台車が三つ並ぶのはそのためだ。
俺は一日目の分が終わるまで、そこにいた。
終わる頃には日が落ちていて、小屋の中だけが明るかった。ニナが灰を掻き出して桶に移し、桶を外に出す。灰は畑に売るのだという。年に二度、業者が引き取りに来て、その金は局の会計に入る。
紙は燃えて、灰になって、金になって、帳簿に載る。
燃えた中身だけが、どこにも載らない。
「アーレンスさん」
ニナが火掻き棒を動かしながら言った。
「一つ言っておく」
「はい」
「あんた、そのうち立会人にされる」
俺は彼女を見た。
「早いやつのときに。今までは廊下の人を捕まえてたけど、あんたはここにいるから。ここにいる人間に頼むほうが、ずっと簡単でしょう」
「そうですね」
「署名する?」
俺は答えなかった。
答えられなかったのではなく、答えが決まっていたからだ。決まっていて、その決まり方が気に食わなかった。
「します」
俺は言った。
「そう」
「署名しないと、次から呼ばれなくなります」
ニナは火掻き棒を止めた。
止めて、俺を見た。片方の耳をこちらに向けて。
「あんた、そういう考え方するのね」
「はい」
「六年ここにいて、そういうこと言った人、初めてよ」
彼女は炉に向き直った。
しばらく何も言わずに灰をならして、それから、火掻き棒の先で炉の底を軽く叩いた。
「私、ずっと、燃やしてる自分が悪いんだと思ってた」
彼女は言った。
「違うのね。燃やす人がいなくなったら、別の人が燃やすだけで、その人は覚えないのね」
「はい」
「じゃあ、私は六年、正しかったことになる?」
俺は答えなかった。
答えを持っていなかった。この人が六年間、毎日紙を燃やしながら考えていたことに、四十日ここにいただけの人間が答えを出せるわけがない。
「答えなくていいわ」
ニナは言った。
「聞いてみたかっただけ」




