炉番
廃棄目録の閲覧許可は、五日で下りた。
思っていたより簡単だった。申請書に理由を書く欄があって、俺は「番号体系の習熟のため」と書いた。新任の下士が制度を覚えようとしている、と読める。実際、そういう申請は毎年何件も出るらしい。
第一収蔵の奥は、埃が違った。
人が来ない場所の埃は、積もり方が均一になる。誰かが定期的に通る場所は、床の真ん中だけ薄くなる。ここは全体に同じ厚さで積もっていた。
目録は、思っていたより多かった。
一年ぶんで一冊。それが壁一面にある。俺は直近の十年ぶんを引き出して、床に積んで、いちばん古いものから開いた。
番号と、年限と、廃棄年月日と、立会人の署名。ヨルクの言ったとおりだ。一行が短いので、一冊に何千行も入っている。
これを全部、目で照合する。
俺はそれを、三日やった。
やり方は単純だ。一行ずつ、番号の頭二桁と、次の一文字と、廃棄年月日を見る。頭二桁が何年か、次の一文字が何年保存かを、頭の中で足す。足した年と、廃棄年月日が合っていれば飛ばす。合わなければ、書き写す。
千行を超えたあたりで、目が滑るようになった。
滑るのを止める方法は、前世で覚えている。指で押さえながら読む。一行ずつ、指の先を紙に置いて動かす。遅いが、飛ばさない。事故の調査で何万行も読んだときに、そうしないと必ず一行落とすと学んだ。
三日で、四年ぶんを見た。合わない行は、七つ見つかった。
七つとも、廃棄年月日が保存年限より早い。三十年保存のものが十一年で、十年保存のものが四年で燃やされている。
立会人の署名は、全部違う人間だった。
同じ人間が七回署名していれば、その人間が怪しい。だが違う人間が一回ずつ署名している。これはつまり、その都度、その場にいた誰かが署名させられているということだ。
俺は番号を書き写した。
書き写しながら、自分が何をしているのかを考えた。番号は分かる。だが中身は分からない。燃えたものの内容は、どこにも残っていない。
残っていないなら、見た人間を探すしかない。
燃やす場所は、軍務省の西の裏手にあった。
石を積んだ小屋で、煙突が二本立っている。近づくと、紙が焼ける匂いがした。木が焼ける匂いとは違う。もっと甘くて、少し酸い。
中に、女が一人いた。
二十代の後半くらい。上っ張りが灰で灰色になっていて、髪を布で包んでいる。俺が入っていくと、彼女は顔を上げて、それから、右の耳を俺のほうに向けた。
「聞こえないんですか」
「左が」
彼女は言った。「炉が破裂したことがあって」
小屋の中は暑かった。炉が二つあって、片方が開いていて、中で紙が燃えていた。燃えている紙は、めくれて、赤くなって、崩れる。崩れるまでに、字が読める瞬間がある。
俺はそれを見ていた。
めくれた紙の縁が、一瞬だけ平らになる。そのときに、罫線と、数字の並びが見える。何の綴りかは分からない。分からないまま、赤くなって、白くなって、崩れる。
崩れると、下の紙が出てくる。それも同じことになる。
「新しい人?」
「アーレンスといいます。先月から第二収蔵に」
「ニナ・ブラント」
彼女は言った。「炉番です。六年目」
「一人でやってるんですか」
「二人でしたけど、去年から一人」
彼女は火掻き棒で炉の中をならした。慣れた動きだった。紙は積みすぎると燃え残るので、崩しながら焼く。
「暑いでしょう」
「暑いです」
「慣れる」
彼女は言った。「慣れると、冬に外へ出るのがつらくなる。それだけ」
壁際に台車が三つ並んでいて、二つには綴りが山積みになっていた。上の一冊の背に、赤い印が見えた。
「今日の分ですか」
「今日と、明日と、明後日」
彼女は言った。「毎日出るの」
俺はその言葉を、どこかで聞いたと思った。ヨルクが同じことを言っていた。毎日出ます、と。
入ってくる側にも、出ていく側にも、同じ言葉があった。
「何しに来たの」
俺は少し迷った。
迷ってから、正直に言うことにした。この人に嘘をつくと、たぶん、二度と入れてもらえない。
「燃やしたものの中身を、知りたいんです」
彼女の手が止まった。
止まって、それから、また動いた。
「無理よ」
「そうですか」
「燃えたものは無いの。それだけ」
「はい」
俺はうなずいた。「分かりました」
それで帰ろうとした。三歩歩いたところで、後ろから声がした。
「あんた、前線から来た?」
俺は振り返った。
「そうです」
「烏でしょう」
俺は驚いた。この街に来てから、徽章は外している。
「なんで分かるんですか」
「手袋」
彼女は言った。
「屋内で手袋してる人は二種類。手が汚い人と、触りたくない人。あんたは手が汚くない」
彼女は火掻き棒を置いた。
「私の兄が、烏だったの。第九方面軍の。四年前に死んだ」
俺は何も言わなかった。
「あんたたち、名前を必ず記録するんでしょう」
「します」
「兄の名前も、記録されてた」
彼女は言った。
「だから兄には墓がある。恩給も出た。私はそれで六年、飯を食ってる」
炉の中で、紙が崩れた。
「墓、見に行ったことは」
「無い」
彼女は言った。「第九方面は遠いから。それに、行っても土でしょう」
彼女は火掻き棒を炉に立てかけた。
「でも、名簿には載ってるの。私、一度だけ、ここの棚で探したことがある。第九方面軍の戦死者名簿。兄の名前があった」
「読めましたか」
「読めた」
ニナは言った。「あれは、綴じてあるだけの紙よ。でも、あの紙がある限り、兄はいたことになってる」
俺は上着の内側に手を入れた。
ハンナの火口箱が入っている。真鍮の、へこんだ古いやつだ。王都に来てから一度も開けていない。
誰かが火を借りに来たら貸してやれ、と彼女は言った。
俺はそれを出して、炉の前の台に置いた。
「なにこれ」
「火口箱です」
「炉の前で?」
「そうですね」
俺は言った。「意味がなかったです」
ニナは少し笑った。この人が笑うのを、初めて見た。
「一つだけ、教えてあげる」
ニナは言った。
「年限より早く燃やしに来る紙は、持ってくる人が違うの」
「違う?」
「普通は運搬係が台車で持ってくる。まとめて、何百冊も。でも、早いやつは、そうじゃない」
彼女は炉のほうを見た。
「一人で、抱えて、持ってくる。そして、燃えるまで、そこで見てる」




