やらかす
やらかす内容を決めるのに、半日かかった。
条件は三つあった。誰も死なないこと。俺が処罰されすぎないこと。そして、司令部が「なかったことにしたい」と思う程度に、体裁が悪いこと。
フェリクスが案を五つ出して、五つとも彼が処罰される案だったので却下した。彼は不満そうだった。
結局、ハンナが決めた。
「墓地を掘り返せ」
彼女はそう言った。
「うちの隊が、埋葬済みの区画を無断で掘り返した。理由は、埋葬の際に記章の記録に誤りがあった疑いがあるから。これでいい」
「軍曹」
「これが一番いい」
彼女は干し草巻きに火をつけた。
「死体を掘り返すってのは、宗教的に面倒くさい。教会が絡む。教会が絡むと、司令部は絶対に自分の名前で処理したがらねえ。必ず代印になる」
フェリクスが眉を上げた。
「軍曹、あなた、私より教会を分かっているね」
「十一年埋めてりゃ嫌でも分かる」
実行は三日後の朝にした。
三日置いたのは、ミアのためだ。
ハンナが司令部の掃除人の欠員に彼女をねじ込んで、その日から毎朝、同じ時刻に、同じ廊下を拭かせた。目的は一日で果たせるものではない。人が毎日そこにいるものを見なくなるまでには、何日かかかる。
初日、ミアは三度も呼び止められた。二日目は一度。三日目は誰も彼女を見なかった。
夜、石の小屋に戻ってきた彼女は、雑巾で荒れた手をゲルダに診てもらいながら、ずっと黙っていた。ゲルダが膏薬を塗り終わってから、ようやく口を開いた。
「わたし、うまくやれるかな。やれるかな」
「やれる」
俺は言った。
「なんで分かるの」
「三日目に誰も見なかったからだ」
ミアはしばらく自分の手を見ていて、それから、少し笑った。
「見られないの、得意なんだ。わたし」
その言い方が、何日か経ってから、少し嫌な感じで思い出された。
東の斜面の、キリアンを寝かせたあの穴の並びを、俺とダグとオズの三人で掘り返した。ハンナは監督の位置に立って、止めなかった。止めなかったことが記録に残るように、わざと衛兵の見えるところでやった。
オズは何も聞かずに掘った。この男はいつもそうだ。
土は前より重かった。何度か雨が降って、締まっている。ダグが上から崩して、俺が縁を削って、オズが底をさらった。三人でやると速い。速すぎて、衛兵が来る前に本当に掘り当ててしまいそうになったので、途中から俺は手を抜いた。
半刻もしないうちに、衛兵が飛んできた。
俺は掘るのをやめなかった。やめずに、記章の記録に誤りがあると大声で言った。埋葬簿と回収記録が一致していない、確認しなければならない、と。衛兵は最初どう扱っていいか分からず、二人で顔を見合わせて、それから一人が走っていった。上官を呼びに行ったのだ。
言いながら、これは前世で見た光景の逆だなと思っていた。前世では、俺は騒ぎを収めようとする側だった。現場で怒鳴っている遺族を、なだめて、座らせて、あとで必ず説明しますと言う側だった。あのとき俺がなだめた人たちは、たぶん、なだめられなければよかったのだ。
その日の午後、俺は司令部に呼び出された。
通されたのは、副参謀の執務室だった。あの、外套の汚れていない中尉が壁際に立っていて、机の向こうに座っていたのは、初めて見る少佐だった。
部屋は暖かかった。炭が焚いてあって、前線の建物でこの温度を保っている部屋を、俺は初めて見た。窓が二つあって、両方に硝子が入っていた。
少佐は書類から目を上げなかった。俺が入ってきたことは知っているはずだが、確認しなかった。確認する必要のある相手ではない、ということだ。
俺は謹慎処分を受けた。
処分の言い渡しは短くて、書類は既に用意されていた。俺が呼ばれる前に書かれていたということだ。少佐は俺を見もせずに読み上げて、読み終わってから、机の上の書類に判を押した。
押すとき、彼の手首が、左に落ちた。
押した判は、代印だった。
押して、彼はそれを机の脇に置いた。引き出しには戻さなかった。まだ他にも押すものがあったからだ。
中尉が扉を開けて、退室を促した。
俺は退室した。
廊下に出て、扉が閉まって、それから壁沿いに三歩歩いたところで、内側から物が落ちる音がした。
書類の束が崩れる音と、少佐の舌打ち。
その直後、扉が開いて、中尉が顔を出した。
「おい、そこの。誰でもいい、清掃を——」
廊下の隅で床を拭いていたミアが、顔を上げた。
袖の余った上着を着て、雑巾を持った十五の子供が、司令部の廊下で床を拭いているのを、誰も気に留めていなかった。三日前から毎日そこにいたからだ。ハンナが掃除人の欠員に彼女をねじ込んで、毎朝同じ時刻に、同じ場所を拭かせていた。人は毎日そこにいるものを見なくなる。
「はい」
ミアは立ち上がって、部屋に入っていった。
俺は歩き続けた。振り返らなかった。
そのあと何が起きたかは、夜になってから本人に聞いた。
床に落ちた書類を拾い集めるあいだに、机の脇の判も落ちていた。彼女はそれを拾って、机の上に戻した。
拾って、戻す。それだけの動作が、二呼吸ぶんあった。
「触った?」
ゲルダが聞いた。
「触った」
ミアは石の小屋の真ん中に座って、両手を膝に置いていた。手が少し震えていた。
「読めたか」
俺が聞くと、彼女はうなずいた。
「読めた。名前、いっぱいあった。判って、いろんな人が押すから、いっぱい」
「いちばん多いのは」
「少佐さん。さっきの人。いっぱいある」
「その次は」
「いっぱい、いっぱい……」
彼女は目を閉じて、思い出そうとしていた。
「その下に、ずっと古いのがあった。いちばん下」
ミアは目を開けた。
「たくさん。何年も。ずーっと、その人ばっかり」
「名前は」
彼女は言った。
「ヴィーラント」
誰も、何も言わなかった。
薪が一度はぜて、それきり、火の音しかしなくなった。




