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死体の声しか聞こえないハズレスキル【遺言】で、俺は戦場の掃除係に落とされた 〜死んだ兵士は嘘をつかない。  作者: 音


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牛乳

ゾンマー次席は、二日目の夜に死んだ。

 知らせが来たのは明け方で、うちに回ってきた理由は単純だ。死体の回収は《カラス》の仕事だからだ。この前線で人が死ねば、それが誰であれ、最後に触るのは俺たちになる。

 北棟の写字室に行くと、既に人が集まっていた。書記官が四人と、衛兵が二人。ヴィッテもいた。彼女は棚にもたれて立っていて、俺が入ってきたのを見ても何も言わなかった。

 ゾンマーは机に突っ伏していた。

 土鍋が倒れて、牛乳が机の上に広がって、書類を濡らしていた。乾きかけて、縁が白く固まっていた。

「発作だそうだ」

 衛兵の一人が言った。「胃をやってたらしいから」

 ゲルダが遺体の横に膝をついて、まぶたを持ち上げ、口の中を覗き、それから指先で唇に触れた。触れてから、顔を近づけて、匂いを嗅いだ。

 彼女は次に、机の上に広がった牛乳の縁に指を伸ばして、乾いて固まった部分を少し掻き取った。それも嗅いだ。それから、指を上着の内側で拭った。舐めなかった。

 立ち上がって、俺のほうを向いて、小さく首を横に振った。

 発作ではない、という意味だ。

 彼女はその場では何も言わなかった。あとで聞いたところによると、胃の弱った人間に発作を起こさせる薬は何種類もあって、どれも匂いが強い。牛乳は匂いを隠すのに向いている。温かい牛乳ならもっと向いている。だが冷めた牛乳に混ぜると、脂が分離して、縁に妙な固まり方をするのだという。

 彼女はそれを見た。それで分かった。

 だが、それを書ける様式は無い。彼女は無授で、所見は参考資料にしかならない。

 俺は懐中時計を持っていないから、時間は音で測るしかない。北棟の外で朝の点呼が始まっていて、それが始まる頃には夜が明けて三刻ほど経っている。ゾンマーが死んだのが夜のうちなら、まだ半日には収まる。

 収まるが、余裕はない。

「少し、下がってもらえますか」

 俺は言った。

「回収の作業をします。狭いので」

 書記官たちは素直に下がった。衛兵は少し渋ったが、ハンナが前に出て「死体を運ぶのに立ってられると邪魔なんだよ」と言うと、廊下に出ていった。

 残ったのはヴィッテだけだった。

 彼女は棚にもたれたまま動かなかった。

「書記官」

「見ています」

 彼女は言った。

「あなたが何をするのか、見たいので」

 俺は手袋を外した。

 ゾンマーの首は、まだ完全には冷えていなかった。牛乳の匂いがした。この人はたぶん、最後にもう一口飲もうとしていた。

 指を当てた。

 ——三段目の、うしろ。

 彼の声だった。低くて、掠れていて、何かを説明するときの調子だった。二十年、誰にも何も言わずに済ませてきた男が、最後の一文で場所を言った。

 俺は指を離した。頭の後ろが冷えて、視界の端が少し白くなった。夜のうちに眠っていないので、いつもより重い。

 手袋を嵌めながら、俺は棚を見た。

 壁一面の棚は五段ある。三段目は、ちょうど胸の高さだ。

 その前に立った。綴りがぎっしり詰まっていて、指が入る隙間がない。

「うしろ」

 俺は綴りを両手で掴んで、引き出した。

 十冊ほど抜いたところで、棚板の奥に空間があった。棚の奥行きは綴り一冊ぶんではなく、二冊ぶんある。手前に詰めて、奥を空けておけば、正面からは見えない。

 そこに、油紙の包みが押し込まれていた。

 指が二本ぶんの厚さ。俺はそれを引き出して、上着の内側に入れた。

 振り返ると、ヴィッテが俺を見ていた。

 彼女は棚にもたれたまま、腕を組んで、じっと見ていた。

「書記官」

「はい」

「見ましたね」

「見ました」

「言いますか」

 彼女はしばらく黙っていた。

 それから、棚から背を離して、俺の前まで来た。近くで見ると、この人は思っていたより小柄だ。目の下の隈は前より濃い。

「三段目のうしろに何かがあることは、私は四年前から知っています」

 彼女は言った。

「あの人は毎晩、みんなが帰ったあとに一人で残って、そこに何かを足していました。私は残業が長いので、何度も見ています」

「言わなかったんですか」

「言う相手がいません」

 ヴィッテは言った。

「私の上は次席です。次席がやっていることを、次席に言うことはできません。その上は王都にいます。王都に何かを言うには、様式があります。様式に、上役が棚の奥に紙を隠しているという欄はありません」

 彼女は俺の上着の膨らみを見た。

「だから、あなたが持っていってくれるのはありがたいです」

「感謝されるとは思いませんでした」

「感謝はしていません」

 彼女は言った。

「私は四年間、見て見ぬふりをしました。あなたは二日で殺しました」

 俺は何も言わなかった。

 言い返す言葉はあった。俺が殺したわけではない、俺が行かなくても彼はいずれ捨てられた、三日くれと言ったのは本人だ。全部本当で、全部意味がない。

 俺が行ったから、二日で死んだ。それだけが事実だ。

 前世で、俺は一度だけ、同じことをやった。

 工場の事故のあとで、現場の班長に話を聞いた。あの人は最初、何も知らないと言った。俺は三回通って、四回目に、あなたが黙っていると次の三人が死ぬと言った。班長は四日後に喋って、その一週間後に会社を辞めた。辞めたあとどうなったかは知らない。調べようとも思わなかった。

 俺はそのとき、自分は正しいことをしたと思っていた。今も、たぶん、正しかったと思っている。

 思っているのに、その班長の顔だけは、いまだにはっきり覚えている。

「アーレンス伍長」

「はい」

「あの人は、悪い人ではありませんでした」

 ヴィッテは言った。

「六年間、見に行かずに書いていました。それは悪いことです。でも、あの人は毎晩残って、自分が書いたものを控えていました。控えても誰にも渡さないなら意味がないと、私はずっと思っていました」

 彼女は自分の机に戻って、羽根ペンを取った。

「意味は、ありましたね」

 俺たちはゾンマーを担架に乗せた。

 ダグが足を持ち、俺が肩を持った。軽かった。この人は最後の何年か、まともに物を食っていなかったんだと思う。

 廊下に出るとき、ミアが机の上の土鍋を拾って、両手で持った。

「ユール」

「なんだ」

 彼女は土鍋を見ていた。

「これ、名前が二つある」

 俺は足を止めた。

「ゾンマーさんと、もう一人。ゾンマーさんのほうが上。だから、最後に触ったのはゾンマーさんだけど」

 ミアは顔を上げた。

「その前に、誰かが触ってる」

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