褒賞
報復は来なかった。
来たのは、褒賞だった。
十日後、第十三後方衛生分隊に感状が下りた。敵の遺体損壊行為を発見し記録した功績、という文面で、方面軍司令官の代印が押してあった。誰の名前も書いていない代印だ。
同時に、いくつかのものが届いた。
新しい長靴が七足。防水を塗った外套が七枚。馬房ではなく、石造りの小屋があてがわれた。元は倉庫だったところで、屋根が全部ある。全部あるというのがどれほどのことか、屋根が半分の場所で二年寝た人間なら分かる。
配給も変わった。麦粥が週三回、麦飯になった。塩が増えた。乾酪が出た。
ミアが、乾酪を見て泣いた。
泣いてから、恥ずかしそうに笑って、それから、もう一度泣いた。あの子は乾酪を食べたことが三回しかないと言って、そのうち二回は母親が生きていたときで、と言いかけて、それ以上は言わなかった。
ダグは新しい長靴を履いて、土間を二往復して、それから脱いだ。踵の当たる場所が違うと言って、古いほうを履き直した。彼の古い長靴は底が薄くなっていて、雨の日は中まで濡れる。それでも履き直した。この男は、体に馴染んだものを手放すことができない。左手の指を三本潰したときも、潰したあとの手にすぐ馴染んだのだと、いつか言っていた。
フェリクスは石鹸に感動していた。彼はそれを両手で持って、灯りにかざして、匂いを嗅いで、それから三日間ずっとその話をしていた。獣脂ではなく灰汁と油脂を煮た本物で、王都の教会で使っていたものと同じ種類なのだという。誰も聞いていないのに製法まで説明していた。
四日目に、彼はその石鹸を半分に切って、ミアに渡した。
ミアがなぜと聞くと、彼は、私は君より汚れる速度が遅いからだ、と答えて、それきりその話をやめた。
ハンナは何も受け取らなかった。
彼女は感状を読んで、一度畳んで、それから壁に貼った。貼ってから、その前で干し草巻きを吸って、灰を床に落とした。
「アーレンス」
「はい」
「これ、口止めだよな」
「はい」
「口止めだって分かってて、俺は今、乾酪を食ってる」
彼女は言った。
「うまいんだよ、これが」
俺も食った。うまかった。
俺にも一つ届いた。
記録用の紙が、月に一綴り。伍長に個別の紙が配られることは、この軍ではまずない。伝票の裏を使うのが当たり前で、俺はこの二年、そうしてきた。届いた綴りは薄い藁紙で、質はよくない。それでも、裏が白い紙が四十枚あった。
俺はそれを受け取って、小屋の隅に置いて、しばらく見ていた。
二日間、一枚も使わなかった。使うと減るからだ。
三日目に、使いたくて仕方なくなっている自分に気づいた。手帳の余白はもう少ないし、キリアンの証言は書き足したいことがまだ残っている。紙があれば書ける。書けるなら書きたい。
そう思った瞬間に、俺は綴りを裏返して、藁の下に押し込んだ。
乾酪より効く。あれは俺に効くように選ばれている。
石の小屋に移った最初の夜、俺は眠れなかった。屋根が全部あると、雨の音が違う。二年間、頭の上の半分は空だったから、体が音の少なさに慣れない。
ゲルダが外にいた。
彼女は小屋の壁にもたれて、地面を見ていた。俺が出ていくと、顔も上げずに言った。
「気づいてる?」
「何をですか」
「私たち、今、口を閉じることを一つも要求されてないの」
彼女は言った。
「殴られてもいないし、脅されてもいない。書類は受け取られたし、私の所見も棚に入った。そのうえで、乾酪が出た」
「はい」
「これが、いちばん効くやり方よ」
ゲルダは壁から背を離した。
「あの子、乾酪を見て泣いたでしょう。あの子は今、もう一度あの穴を掘り返そうって私が言ったら、何て言うと思う?」
俺は答えなかった。
「掘るわ」
彼女は言った。「あの子は掘る。でも、掘る前に、乾酪のことを一瞬だけ考える。今週はまだ考えないかもしれない。来月は考える。半年後には、考えたことを忘れて、ただ少し動きが遅くなる」
「先生もですか」
「私もよ」
彼女は自分の手を見た。荒れて、割れて、インクの染みが残っている手を。
「私、今日、初めて器具を煮る薪を好きなだけ使えたの。薪よ。それだけで、私はさっき、この件をもう少しゆっくり進めてもいいんじゃないかって考えたわ」
俺は、少しのあいだ黙っていた。
「フォス先生」
「なに」
「俺、前世で、同じものを見ました」
彼女はこちらを向いた。
「工場の事故のあとで、遺族に見舞金が出るんです。会社が出す。裁判で決まった額じゃなくて、会社が勝手に決めた額を、早く、現金で」
「受け取ると?」
「受け取ると、裁判を起こしにくくなります。法律上は起こせるんですが、起こしにくくなる。金を受け取ったことが、納得した証拠みたいに扱われるので」
俺は言った。
「でも、遺族には金が要るんです。葬式に要る。生活に要る。だから受け取る。受け取ったあとで、後悔する人と、しない人がいて、後悔した人は、たいてい自分を責めます」
ゲルダは何も言わなかった。
「責める必要はないんです」
俺は続けた。
「金を受け取ったから負けたんじゃなくて、金を受け取らないと生きられない状態に置いたやつが、勝ってるだけなので」
彼女はしばらく地面を見ていて、それから、小さく笑った。
「あなた、たまにすごく優しいこと言うわね」
「そうですか」
「そうよ。しかもそれ、自分には一言も適用してないでしょう」
図星だったので、答えなかった。
新しい任務が届いたのは、その翌日だった。
回収区域の拡大。これまでうちが担当していたのは前線後方の狭い範囲だったが、河岸の一帯が丸ごと加わった。上流の葦原から、下流の渡渉点まで。
ハンナは地図を見て、指で範囲をなぞって、それから俺を見た。
「お前が言ってた、舟が隠してあるって場所」
「入ってます」
「わざとか」
「わざとです」
俺は言った。
「見てもいいと思われてます。見せたうえで、乾酪を食わせておけば大丈夫だと」
「舐められてんな」
「はい」
俺は地図を畳んだ。
「今月の月が細くなるのは、あと九日です」




