誰も来ない場所
キリアンが死んだのは、それから三日後の夜だ。
傷でも熱でもない。
穴の底に渡した板が外されていて、上から土が戻されていた。オズが積んだ山の土が、きれいに半分ほど減っていた。鋤の跡が残っていて、その跡は、オズの鋤の幅ではなかった。
掘り返したのはダグとフェリクスとオズで、俺は上から見ていた。ゲルダはランタンを持っていて、その光が揺れないように、両手で柄を握っていた。
毛布の中から出てきたとき、キリアンの顔は土で汚れていて、口の中にも鼻にも土が入っていた。
フェリクスが、そこで初めて声を荒らげた。この男が声を荒らげるのを、俺は初めて聞いた。彼は【聖句】を使おうとして、ゲルダに腕を掴まれて、それでも使おうとして、二度目に掴まれたところでようやく手を下ろした。下ろしてから、膝をついて、しばらく動かなかった。
俺は穴に降りた。
手袋を外して、キリアンの首に指を当てた。
——月が、出てる。
彼の声だった。掠れていて、低くて、生きているときと同じ声だった。
俺は指を離した。
その晩、月は出ていなかった。細い月すら雲に隠れていて、俺たちがランタンを使ったのはそのためだ。土の下に埋められた人間に、月が見えるはずがない。
だから、これは、埋められる前に見たものだ。
板を外されて、上を見上げたときに、そこに人影と、その後ろの空があった。そのときには月が出ていた。雲が動いたのは、そのあとだ。
彼は最後に、自分を埋める人間の背後にある空を見ていた。
俺は穴の底に膝をついたまま、しばらく動かなかった。
上から、ハンナの声がした。
「アーレンス。何か聞こえたか」
俺は答えた。声が思ったより出なくて、二度言い直した。
「月が出てる、と」
ハンナは黙った。
それから、彼女は穴の縁にしゃがんで、ランタンの光の届く範囲を見回して、低い声で言った。
「顔を見たな、こいつは」
「見たと思います」
「聞けなかったのか」
「一文だけです」
俺は言った。「一文だけしか聞けません。何を見たかは、聞けない」
ハンナは何か言おうとして、やめた。
やめてから、彼女は土の山のほうを見た。鋤の跡が残っている場所を。
「鋤は、どこのだ」
「工兵のです」
ダグが答えた。彼はさっきから鋤の跡の横にしゃがんでいて、指の無い左手で、跡の幅を測っていた。
「工兵の鋤は、うちのより幅が広い。柄も長い。この跡は、その幅だ」
「工兵がやったってのか」
「跡がそうだと言っただけだ」
ダグは立ち上がって、少し考えて、それから珍しく続けた。
「ただ、工兵の鋤は工兵しか持ってない。持ち出せば分かる。分かるものを使ったってことは」
彼はそこで言葉を切って、俺を見た。
「分かっても構わないと思ってる」
俺は穴から上がって、土を払った。
誰も来ない場所に隠したはずだった。名簿にない人間を、名簿のない穴に入れた。それでも見つかったということは、この分隊が見られていたということで、見られていたのに誰も止めに来なかったということは、止める必要がないと判断されたということだ。
俺たちは、危険だと思われていない。
思われていないから、殺さずに、埋めた人間だけを埋め直して帰った。俺たちに向けて、何かを言うでもなく。
いや。
言っている。
工兵の鋤を使ったのは、そういうことだ。
「軍曹」
俺は言った。
「今夜のうちに、全員で書きます」
「何をだ」
「見たことを、全部。日付と、場所と、誰が何を言ったか。ミアが触ったものと、ダグが量ったものと、フォス先生が診たものを、それぞれ本人の言葉で」
「書いてどうする。証拠になんねえって、お前が一番——」
「二部作ります」
俺は言った。
「一部は隠します。もう一部は、司令部に出します」
ハンナが立ち上がった。
「馬鹿か。出したらお前が消される」
「消されません」
俺は自分の声が平坦なのを聞いていた。
「出せば、俺の名前が記録に載ります。載った人間を消すのは、載っていない人間を消すよりずっと面倒です。キリアンさんが殺されたのは、あの人の名前がどこにも無かったからです」
ハンナの口が半分開いて、閉じた。
ミアがランタンを持ったまま、俺を見上げていた。ゲルダは腕を組んで地面を見ていて、フェリクスは膝をついたままで、ダグは鋤の跡の横に立っていた。
「名前が無いと、殺していいことになる」
俺は言った。
「だから、名前を載せます。全員ぶん」




