烏
第十三後方衛生分隊の宿舎は、元は馬房だった。
馬がいなくなった理由は聞いていない。たぶん食った。
仕切りを取っ払って、藁を敷いて、そこに七人が寝ている。天井が低くて、ダグは中で立てない。梁に頭をぶつけるたびに「低い」と言う。二年間ずっと言っている。
「低い」
今日も言った。
「毎日言ってんじゃねえよ」
ハンナが返す。ダグは黙って腰を折り、そのまま奥の自分の場所に行った。左手の指が三本ない大男だ。徴用を逃れるために自分で潰したと本人が言っていた。逃れられなかったとも言っていた。それ以来、その話は誰もしない。
俺は入口近くの藁に座って、支給されたパンを見ていた。
黒い。粗い。指で押すとぼそぼそ崩れる。前線のパンはいつもこうだから、別におかしいとは思わなかった。
「ユール、それ食べないの、食べないの」
ミアが横から覗き込んできた。十五で、この分隊で一番小さい。従軍洗濯婦の娘で、母親が去年死んで、行き場がなくてここに来た。袖が余った上着を着ている。誰の上着かは日によって違う。
「食う」
「じゃあ早く。冷めると余計まずいから」
ミアはもう半分食べていた。この子は何でも食う。腐りかけでも食う。
俺はパンを噛んだ。
ざり、と音がした。
奥歯の間で何かが擦れた。砂か、殻か。パンにはよくあることだ。石臼の粉が混じる。俺は気にせず飲み込んだ。
「あーあ、また土の味がする」
ミアが言った。
「土?」
「土。パンの味じゃないやつ。土」
「そりゃ土だろ」
フェリクスが向かいから口を挟んだ。「この国の小麦は土から生えるんだ。誰かがそう決めた。神ではないが、まあ、それに近い誰かが」
「うるさい」
「私が悪いのかい? 私は事実を述べただけだよ。土から生えたものは土の味がする。極めて論理的だ。そして君たちは論理を嫌う。この分隊の最大の問題点だと私は思っているんだが」
フェリクス・トゥーレ。二十二。白冠教会の元神官。
スキルは【聖句】二等。本物の治癒術だ。二等というのは騎士団の団長クラスがもらう位階で、こんな場所に転がっているような人間じゃない。
教義解釈の誤りで前線送りになったと聞いている。何を言ったのかは本人が言わない。爪と髪だけは毎日手入れしている。前線でそんなことをしているのは、俺の知る限りこの男だけだ。
「フェリクスさん、明日、また来てくれる? 十番の穴」
ミアが言った。
「行かない」
「行くくせに」
「行かない。私はもう死体に祈らないと決めた。三度決めた。今回は本気だ」
彼は行く。毎回行く。
俺はパンをもう一口食べた。
ざり。
そのとき、ハンナが立ち上がった。
「アーレンス。ミア。ちょっと来い」
声の温度が違った。
外に出ると、雨が降り始めていた。細い雨だ。ハンナは干し草巻きに火をつけようとして、湿って着かないのに気づいて、舌打ちして仕舞った。
「三班の宿舎で二人死んだ」
「戦闘は?」
「ない。腹だ」
腹。赤痢か、それに近い何かだ。
前線ではよくある。というより、この戦争で死んだ人間の半分近くは腹で死んでいる。矢でも砲でもなく、水と食い物で死ぬ。俺が去年書き取った遺言の中でも、腹で死んだやつは百人を超えている。
「回収は明日でいいって話だったんだが」
ハンナは雨の向こうを見ていた。
「四人になった」
「四人?」
「一時間で二人増えた」
俺は少し考えた。
「今夜のうちに行きます」
「明日でいいって言ってんだよ」
「明日だと、遅い」
彼女は俺を見た。何か言おうとして、やめた。
この人は俺の能力の限界を知っている。半日。冬でもせいぜい一日。それを過ぎたら死体は何も言わない。
「……そんなに気になるか」
「一時間で二人は多い」
俺は言った。「多すぎる」
前世で、同じことを言ったのを覚えている。
工場の事故で三人死んで、二週間後にまた二人死んだ現場だった。俺は同じことを言った。多すぎる、と。上司は「偶然もある」と言った。
偶然じゃなかった。
同じ機械の同じ部品が、同じ理由で二度壊れていた。最初の三人が死んだあと、誰も部品を交換していなかった。交換すると、交換していなかったことが記録に残るから。
俺はそれを調べて、報告書を書いた。
その報告書は公表されなかった。
三週間後に俺は死んで、目が覚めたらこの世界の赤ん坊になっていた。
雨が強くなってきた。ミアが俺の袖を引いた。
「行くの? 今から? 今から行くの?」
「行く」
「じゃあ手袋持って。ユール、手袋、いつも忘れる」
忘れない。
俺が手袋を忘れたことは一度もない。この子は俺が手袋を外す瞬間が嫌いなだけだ。




