入れ物
ゲルダは腹の中を見て、しばらく黙っていた。
それから、器具巻きから細い鉤を出して、傷の縁を持ち上げた。
「死後よ。血が流れてない」
「何のためですか」
「入れ物ね」
彼女は言った。
「え?」
「戦場ではたまにある。物を運ぶのに死体を使うの。誰も死体を検めないから」
俺はミアを見た。ミアは担架の端に座って、両手で膝を抱えていた。顔が青い。俺はハンナに目で合図して、彼女はミアを連れて土手の上に上がった。
「何を運んだんでしょう」
「さあ。書簡か、金貨か。それとも」
ゲルダは鉤を抜いた。
「持って帰りたくないものを、置いてきたのかもしれないわ」
「置いてくる?」
「腹の中身を出せば軽くなる。担いで河を渡る距離が延びる」
俺は六人目の顔を見た。
若い。二十歳そこそこ。眉のあいだに、深い皺の癖がついている。生きているとき、よく顔をしかめる男だったんだろう。
俺は手袋に手をかけた。
「やめなさい」
「まだ一つ余裕があります」
「ないわ。あなた唇が紫よ」
「聞かないと、この六人は不明のまま埋まります」
「聞いても不明のまま埋まる」
ゲルダは言った。
「聞いたことは証拠にならないって、あなたが一番よく知ってるでしょう」
俺は手を止めた。
止めたのは、彼女が正しいからじゃない。彼女の言い方が、前世で聞いたのと同じだったからだ。
工場で三人死んだあと、俺に「調べても無駄だ」と言った先輩がいた。あの人も同じ顔をしていた。止めているんじゃなくて、心配していた。心配している人間の顔は、諦めている人間の顔とよく似ている。
「ゲルダさん」
「なに」
「不明で埋めると、この六人は死ななかったことになります」
「そうね」
「死ななかったことになると、この作戦もなかったことになります」
俺は言った。
「腹を裂かれて物を運ばされて、河で撃たれて、誰にも数えられない。それが六回あった。今日だけで」
ゲルダは眼鏡を外した。
「あなた、何が言いたいの」
「今日だけじゃないと思います」
俺は言った。
「一年目に拾った身元不明を、俺は書き取ってます。全部じゃないですが、記章がなかったやつは覚えてる。あれは、たまたま剥がれたんだと思ってました」
彼女は何も言わなかった。
「今日、わかりました。剥がしてるんです。行く前に」
その夜、俺は手帳を最初から読み返した。
二年ぶんある。読み返すと声が戻ってくるから、これまで一度もやらなかった。
やった。
全部聞こえた。四百四十一人が、順番に。寒い、母さん、水、ばあちゃんち、だから言ったのに、痛い、痛い、痛い、明日は非番、姉さんが待ってる、犬。
俺は手を止めなかった。
書き写す。記章の記載がない行だけ。日付と場所を写す。
夜明け前に、別紙が一枚できた。
拾った場所は、全部河岸だった。全部、月の細い夜のあとだった。
そして、そのうちのいくつかは、公式の交戦記録に何も残っていない日だった。
その日、リーゼ河では何も起きていないことになっている。
「フェリクス」
俺は藁の上の男を起こした。
「……何時だと思ってるんだい」
「教会は、埋葬の記録を別に持ってるか」
フェリクスは目を開けた。
一瞬で開いた。眠そうな顔がまだ残っているのに、目だけが起きていた。
「それは」
彼は言った。
「誰が君に、それを聞けと言った」




