引き出し
ヴィーラント大尉に呼ばれたのは、処刑から六日後だった。
執務室は前と同じだった。書類の束と、机の端の欠けたインク壺と、油で曇った窓。大尉は前と同じように書類を揃えていた。もう揃っているのに揃えていた。
「アーレンス伍長」
「はい」
「先月、補給局の定期便に、差出人のない書簡が混ざった」
俺は黙っていた。
「あの便を封蝋するのは、この部屋だ」
大尉は顔を上げなかった。
「私が封をした。中身は見ていない。だが、あの日、封をする前に机の上に置かれていた書簡は、朝には無かったものだ」
「そうですか」
「そうですか、で済ますつもりかね」
「済ませたいです」
大尉は少し笑ったように見えた。すぐ消えた。
「君はあの日、私の部屋を出ていった。私は君を追い返した。追い返したあとで、私は何をしたと思う」
「分かりません」
「何もしていない」
彼は言った。
「机の上に紙が置かれていた。私はそれを見なかった。見なかったから、封をした。それだけだ。私は何もしていない」
俺はそこで、ようやく分かった。
あの日、彼が言ったことは全部本当だった。補給線が止まれば人が死ぬ。五等の証言は法廷で無価値。彼の階級ではケーニヒを疑えない。
彼は「やめろ」と言ったんじゃない。「私を通すな」と言ったんだ。
二年前からこの部屋にいた男が、二年間おがくずのパンを食っていた。
「大尉」
「言うな」
彼は手を上げて止めた。
「言われると、私は聞いたことになる。聞いたことは書かねばならん。書けば残る。残ればこの部屋は使えなくなる」
彼は引き出しを開けた。
中には書類が詰まっていた。何年分あるのか分からない。詰まりすぎて、上のほうが波打っている。
「私はこれを『引き出し』と呼んでいる」
大尉は言った。
「ここに入れたものは、なかったことになる。私はこの十年、そういう仕事をしてきた。上げるべきではないものを上げず、上げれば人が死ぬものを止め、そのたびに別の誰かが死んだ」
彼は引き出しを閉めた。音が重かった。
「君は、これを開けようとしている」
「開けます」
「開ければ、次に閉じるのは君だ」
俺は答えなかった。
大尉は書類を一枚だけ、机の上を滑らせて寄越した。
命令書だった。
第十三後方衛生分隊の改編。人員そのまま。指揮系統は方面軍司令部直轄へ。新任務の欄には、こう書いてあった。
『戦場記録』
「何ですか、これは」
「知らん」
「知らないものに人を出さないでしょう」
「出したのは私ではない」
大尉は署名欄を指した。
方面軍司令部付、副参謀。名前は書いていない。代印だけがある。
「代印というのはな、伍長」
彼は言った。
「誰が命じたかを、書かないための道具だ」




