悪徳商人の来訪と、絶体絶命の村役場〜元社畜OLの静かなる怒り〜
悪徳商人の来訪と、絶体絶命の村役場〜元社畜OLの静かなる怒り〜
内定レタスの収穫から数週間。
ポポロ村はかつてないほどの活気に包まれていた。
「ウハウハや……! ホンマにウハウハやでカレンちゃん!」
村役場の財務デスクで、ニャングルさんが算盤を高速で弾きながら、目をドル袋のようにして歓喜の声を上げていた。
カレンが【概念錬金】によって生み出した『内定レタス』は、ルナミス帝国や他国の商人たちの間で瞬く間に大バズりしたのだ。
日々の激務に疲れた貴族や商会のトップたちが、「これを食べると自己肯定感がカンストして、いくらでも仕事ができる!」とこぞって高値で買い求めたため、村の財政はかつてないほどの黒字を叩き出していた。
「源蔵さんたち農家の方々も、ボーナスが出て大喜びでしたよ。これもニャングルさんの販路開拓のおかげですね」
「いやいや、元はと言えばカレンちゃんの錬金術のおかげや! ああ、ええ村やなぁ。これで今夜もジークはんの店で美味い酒が飲めるで!」
キャルル村長も「税収が増えたから、自警団の武器も新調できるし、これで村の防衛もバッチリだね!」とニコニコ顔だ。
窓の外を見れば、ポポロ亭の前でジークさんが大きな鍋を洗いながら、仕込みの準備をしているのが見える。彼が時折こちらに視線を向け、目が合うとフッと短く笑ってくれる。それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
定時に帰れて、仕事の成果が正当に評価され、美味しいご飯と大好きな仲間たちがいる。
私は今、人生で一番幸せな日々を送っている。この平穏な日常が、ずっと続けばいいと心から願っていた。
――しかし。
幸せな日常というのは、得てして理不尽な悪意によって脅かされるものだ。
「……随分と浮かれているようだな、田舎者ども」
バンッ! と、役場の扉が乱暴に蹴り開けられた。
現れたのは、高価なシルクの服に身を包み、太った腹を揺らす中年の男だった。背後には、いかにも柄の悪い護衛の傭兵を数人引き連れている。
「な、なんやあんた! 急に入ってきて!」
「ルナミス帝国の大商会、バルド商会の会頭……バルドだ。お前たちのような辺境の村人でも、名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
バルドと名乗った男は、見下すような薄ら笑いを浮かべながら、ズカズカと役場の中へ踏み込んできた。
ニャングルさんが、サッと煙管を隠して前に出る。
「ルナミス帝国のバルド商会言うたら、悪名高いあこぎな商売で有名なところやないか。その会頭ハンが、うちの村に何の用や?」
「言葉には気をつけることだな、獣人風情が。今日は、お前たちの村で新しく作られたという『内定レタス』なる珍妙な作物の、独占買い上げの手続きに来てやったのだ」
独占買い上げ。
その言葉に、私はピクリと眉をひそめた。
「ちょっと待ってください。ポポロ村の特産品は、現在複数の商会と適正価格で取引をしています。特定の商会に独占的に卸す予定はありませんが」
「おいおい、小娘が口を挟むな。私は『適正価格』などと言った覚えはないぞ。我が商会が提示する買い取り価格は、これだ」
バルドは一枚の羊皮紙をニャングルさんのデスクに叩きつけた。
そこに記されていた買い取り金額を見て、ニャングルさんの顔色がサッと青ざめた。
「なっ……! ふ、ふざけんな! こんなもん、ただのタダ働きやないか! 通常の市場価格の、十分の一以下やぞ!?」
「えっ!?」
私も驚いて書類を覗き込んだ。
確かに、そこに書かれている単価は、内定レタスの価値からすればあり得ないほどの暴落価格、いや、もはや『搾取』と呼ぶべき不当な安値だった。これでは、源蔵さんたち農家のおじさんがいくら汗水垂らして働いても、赤字どころか生活すらできなくなってしまう。
「こんなふざけた条件、誰が飲むか! 帰れ!」
「帰るわけにはいかんな。これは『交渉』ではなく、『通達』なのだからな」
怒鳴るニャングルさんに対し、バルドは鼻で笑い、懐から古びた一枚の契約書を取り出した。
「よく見ろ。これは数十年前に、この村の先代村長と我が商会が結んだ包括契約書だ。そこには明確に記されている。『ポポロ村で生産される未指定の新規作物は、すべて我がバルド商会が定める底値で独占的に買い取る権利を有する』とね。もちろん、ルナミス帝国法務省の正式な認可印も押してある」
「そ、そんな無茶苦茶な……! 先代の村長って、愛人と駆け落ちして村の資金を持ち逃げした、あのクソ村長のことやないか! そんな大昔の、しかも村を裏切った奴の契約なんて無効や!」
ニャングルさんが必死に食い下がるが、バルドは余裕の笑みを崩さない。
「無効だと? 笑わせるな。契約は契約だ。もしこの帝国法に基づいた正当な契約を破るというのなら、違約金として、このポポロ村の土地と、農民どもを全て奴隷として差し押さえることになるが……いいのか?」
「――っ!」
その言葉に、キャルル村長がギリッと奥歯を噛み締め、腰のトンファーに手をかけた。
彼女の並外れた武力があれば、こんな商人の一人や二人、一瞬で叩き出すことは可能だ。だが、相手はルナミス帝国の法を盾にしている。ここで暴力に訴えれば、村が帝国に反旗を翻したことになり、軍隊が攻めてくる口実を与えてしまう。
村を守る立場であるキャルル村長には、手が出せないのだ。
「ぐっ……卑怯な……!」
悔しそうに拳を震わせるキャルル村長と、絶望的な顔で算盤を握りしめるニャングルさん。
バルドは勝利を確信したように、下卑た笑い声を上げた。
「くっくっく、分かればいいのだ。さあ、大人しく内定レタスをすべて荷馬車に積め。これからは、お前たち田舎者は死ぬまで我が商会のためにタダ働きをしてもらうぞ」
……タダ働き。
……理不尽な搾取。
……抵抗できない立場を利用した、絶対的な暴力。
その言葉を聞いた瞬間。
私の中で、冷たく、そして激しい怒りの炎が燃え上がった。
前世で、毎日のように上司から浴びせられていた言葉と同じだ。
『お前は会社の駒なんだから、黙って言われた通りにタダ働きしていればいいんだよ』
あの時、私は逆らう術を持たず、ただ心を殺して理不尽に耐えるしかなかった。
でも、今は違う。
源蔵さんたちが、泥まみれになりながら笑顔で育てたレタス。
キャルル村長やニャングルさんが、村のために一生懸命頑張っている姿。
そして、ジークさんが作ってくれる、心から安らげる温かいご飯。
私の大切な居場所を、私の大好きな人たちを。
こんな薄汚い悪意で、理不尽に搾取させてたまるものですか。
「……その契約書、少し拝見してもよろしいですか?」
私は静かに立ち上がり、バルドの前に進み出た。
「あん? なんだお前は。小娘が書類を見たところで何が分かる。これは完璧な契約――」
「見せてください」
私が一切の感情を排した、冷徹な声(前世でクレーム対応をしていた時の、絶対に引かない『社畜の絶対零度』の声)で告げると、バルドは一瞬だけ気圧されたように言葉を詰まらせ、乱暴に契約書を私に突き出した。
「ふんっ。読めるものなら読んでみろ。どう足掻いても、法的には我々が勝つようにできている!」
私は契約書を受け取り、瞬時に目を走らせた。
前世の総合商社で、何千枚という悪辣な契約書や下請けイジメの約款をチェックしてきた私の目には、この程度の書類の構造など手に取るように分かる。
……確かに、法的な穴は巧妙に塞がれている。普通に法廷で争えば、こちらの負けは免れないだろう。
しかし。
紙の質感、インクの妙な掠れ、そして何より、このバルドという男から滲み出ている「何かを隠している」ような、後ろ暗い態度。
(……この契約書、法的には完璧でも、成立の過程に絶対に『嘘』が混じっている)
ならば、法で裁けない理不尽は、私の【概念錬金】で叩き潰すまで。
私は契約書を手に持ったまま、ゆっくりと顔を上げ、バルドを見据えた。
「バルド会頭。この契約書、少し『書き換え』をさせていただきますね」
「はっ? 書き換えだと? 馬鹿め、帝国法務省の認可印が押された書類を改ざんすれば、それこそ重罪だぞ!」
「いいえ。文字を書き換えるのではありません。この契約書そのものの『概念』に、あるものを錬金させていただくだけです」
私はバルドの嘲笑を無視し、静かに、そして誰よりも熱い怒りを込めて、空中に『錬金術ラボ』のウインドウを展開した。
絶対に許さない。私から、定時退社と平和な日常を奪おうとする害虫は、この手で完全に駆除してあげる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第9話は、平和な村にやってきた悪徳商人・バルドによる理不尽な搾取のピンチでした。
前世でブラック企業の理不尽に耐え続けてきたカレンだからこそ、大切な村の人々が搾取されるのを見て「静かなる怒り(社畜の絶対零度)」を燃やしています。
次回は第10話!
法を盾にする悪徳商人に対し、カレンが前世の知識と【概念錬金】を組み合わせた「お仕事ざまぁ」を炸裂させます!
果たしてどんな概念を錬金し、どうやって商人を追い詰めるのか!? 痛快な逆転劇をお楽しみに!
「悪徳商人むかつく!」「カレンちゃん、やったれー!」「絶対に定時退社と平和を守り抜いて!」と思っていただけましたら、
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