ポポロ亭の祝賀会と、氷魔剣士の絶対零度〜怒れるシェフは最強で過保護〜
ポポロ亭の祝賀会と、氷魔剣士の絶対零度〜怒れるシェフは最強で過保護〜
カランカランッ。
ポポロ亭の木彫りの扉を開けると、いつものように出汁とスパイスの入り混じった、暴力的に食欲をそそる匂いが出迎えてくれた。
「いらっしゃい……おっ、今日は役場の連中揃ってどうしたんだ?」
カウンターの奥で、真っ白なエプロン姿のジークさんが、私たちが抱える木箱を見て不思議そうに眉を上げた。
「へへーん! 見てよジークさん! 今年のポポロ村の新作特産品だよ!」
キャルル村長がドヤ顔で木箱の蓋を開けると、中からエメラルドのようにキラキラと輝く『内定レタス』が顔を出した。
瑞々しい緑色の葉からは、ほのかに「君は素晴らしい!」という自己肯定感を高めるオーラ(テレパシー)が漏れ出ている。
「なんだこりゃ。今年の『折れたス』は随分と様子が違うな。それに、なんだか見てるだけで『俺の包丁さばきは世界一だ』みたいな謎の自信が湧いてくるんだが……」
「カレンちゃんの【概念錬金】で、『お祈りメール』の概念を『内定と承認』の概念で上書きしたんや! ホンマ、カレンちゃんは村の救世主やで!」
「は? 概念を上書き……?」
ジークさんは信じられないものを見るような目で私を見つめ、それから「はぁ」と深く、長いため息を吐いた。
「お前なぁ……。昨日『廃棄弁当』から肉まんを作ったと思ったら、今日は『絶望の概念』を書き換えただと? お前のチート、使い方が平和すぎるというか、規格外にも程があるぞ」
「えへへ……。でも、これで農家のおじさんたちも元気になったし、村の新しい名産品になりますよ。今日はこの『内定レタス』の収穫祝いで、ジークさんの美味しいご飯を食べに来たんです!」
私が満面の笑みでそう告げると、ジークさんは呆れたような顔を一瞬だけ緩め、フッと悪戯っぽく笑った。
「……たくっ。しょうがねぇな。そこまで言われちゃあ、料理人として腕を振るわないわけにはいかねぇ。座って待ってろ。極上のヤツを出してやる」
私たちはカウンターに並んで腰を下ろした。
ジークさんは受け取った『内定レタス』をまな板に乗せると、流れるような手つきで包丁を振るい始めた。トントントントンッ! と、小気味よい音が店内に響き渡る。
「よし、お待ち遠さん。『シープピッグの極厚ステーキ・内定レタスの特製サラダ添え』だ」
目の前に置かれた大皿には、ジュージューと熱い音を立てる分厚いお肉が鎮座していた。豚と羊の良さを掛け合わせたという魔獣『シープピッグ』のステーキだ。
こんがりと焼き上げられた表面には、醤油とニンニクの効いた特製ソースがたっぷりとかけられ、その横には、氷水で締められた瑞々しい『内定レタス』が山盛りに添えられている。
「いただきますっ!」
ナイフを入れると、シープピッグの肉からは透明な肉汁が滝のように溢れ出した。
一口サイズに切って、口に運ぶ。
「――んんっ!!」
ガツン! とくるニンニク醤油のパンチと、噛むほどに溢れる濃厚な豚肉の甘み。羊肉特有の奥深い旨味も合わさって、脳髄が痺れるほどの美味しさだ。
すかさず、横に添えられた『内定レタス』を口に放り込む。
シャキィィィンッ!
信じられないほど小気味よい歯ごたえと共に、レタスの爽やかな水分が、口の中の脂をさっぱりと洗い流してくれる。
さらに、咀嚼した瞬間――。
『貴女の書類整理のスピードと正確さは、我が役場の宝です! 貴女の存在が、この村を豊かにしています!』
という、熱烈な肯定のテレパシーが脳内に響き渡り、体の底から「私ってすごい!」「明日も頑張れる!」という無敵の自己肯定感がブワッと湧き上がってきた。
「美味しい……っ! お肉の旨味とレタスのさっぱり感が最高に合いますし、何より食べててすっごくハッピーな気分になります!」
「だろ? そのレタス、単体でも美味いが、肉料理の付け合わせにすると『承認欲求』のスパイスが肉の脂の罪悪感を完全に打ち消しやがる。とんでもねぇ食材を錬金してくれたな」
ジークさんも腕を組みながら、満足げに頷いている。
キャルル村長とニャングルさんも「これヤバいわ!」「箸が止まらへん!」と夢中でステーキとレタスを平らげていた。
美味しいご飯と、楽しい仲間。そして「私を全肯定してくれるレタス」。
これ以上の幸せがどこにあるだろう。
私がニコニコとハーブティーを飲んでいた、その時だった。
「――おい! 店主!!」
バンッ! と乱暴にテーブルを叩く音が響いた。
ビクッとして振り返ると、奥のテーブル席に陣取っていた、見慣れない柄の悪い男たち三人が立ち上がっていた。
分厚い胸当てや、腰に下げた大剣。他国から流れてきた傭兵か、荒くれ者の冒険者だろうか。
「こんな草みたいなメシで金が取れるかってんだ! もっと強い酒と、もっとデカい肉を出せ! あと、そこのカウンターの姉ちゃんたち、俺たちの席に来て酌でもしろや!」
男の一人が、下品な笑いを浮かべながら私とキャルル村長を指差した。
店内の平和な空気が、一瞬にして凍りつく。
「あーあ。せっかくの美味しいご飯の時間が……」
キャルル村長がはぁとため息をつき、腰に下げたトンファーに手を伸ばそうとした。
彼女は村長でありながら、満月の夜にはマッハの速度で空を飛ぶ超武闘派だ。あの男たちなんて、三秒で夜空の星にされるだろう。
しかし、キャルル村長が動くより早く。
カツン、と。
静かに、けれどひどく重圧のある足音が、厨房から響いた。
「……お客さん。ここは俺の店だ」
ジークさんだった。
手には白い布巾を持ち、態度はあくまで「店の主人」としてのものだ。
しかし、そのアイスブルーの瞳の奥には、先ほどまでの優しい光は微塵もなかった。ただ底知れない、絶対零度の冷酷さが渦巻いている。
「俺の作った飯を『草』呼ばわりするのは、百歩譲って許してやる。だが……俺の大事な客の食事を邪魔して、あまつさえ手ぇ出そうってんなら、生きてこの扉を出られると思うなよ」
「はぁっ!? たかが田舎のコック風情が、俺たちに説教垂れようって――」
男が剣の柄に手をかけた、次の瞬間だった。
ピシッ……ピキピキピキッ!!
「……っ!?」
店内の空気が、一瞬にして『凍りついた』。
比喩ではない。男たちが座っているテーブルの周辺だけが、突如としてマイナス数十度の極寒の空気に包まれたのだ。
男たちが手にしていた木製のジョッキが瞬時に凍りつき、パキンッと音を立てて砕け散る。彼らの吐く息が真っ白に染まり、鎧の表面にびっしりと霜が降りていく。
「な、なんだこれ……っ!? 身体が、動か……ッ!」
「さっ……さみぃ……ッ!」
ジークさんは指一本動かしていない。ただ、冷たい視線を向けているだけだ。
それだけで、大柄な傭兵三人がガタガタと震え上がり、剣を抜くことすらできずにその場に縫い止められてしまった。
私は驚愕のあまり、言葉を失った。
す、すごい。これが『元・S級冒険者』であり、『氷魔剣士』と呼ばれた男の本当の力。
殺意すら乗せていない、ただの威圧(魔力の放出)だけで、荒くれ者たちを完全に無力化してしまったのだ。
「……払うもん払ったら、とっとと消えな。次はないぞ」
ジークさんが低くドスを効かせた声で告げると、男たちは「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げ、テーブルに銀貨を放り投げて、転がるように店から逃げ出していった。
バタンッ、と扉が閉まり、静寂が戻る。
店内に満ちていた極寒の冷気は嘘のように消え去り、元の温かい空気に戻っていた。
ジークさんは再び白い布巾で手を拭きながら、くるりとこちらを振り返った。
「すまねぇな、騒がせちまって。飯、冷めなかったか?」
「えっ? あ……はい。大丈夫です、まだホカホカです」
私は自分の目の前のお皿を見て、ハッとした。
あんなに店の一部を急激に凍らせたのに、私のステーキは全く冷めていない。温度管理(魔力コントロール)が常軌を逸している。
「ジークさん……すっごく強かったんですね。それに、あんなに怖い顔ができるなんて、知りませんでした」
「……怖いか?」
ジークさんは少しだけ気まずそうに、バツの悪そうな顔で目を逸らした。
昔の血なまぐさい自分を見せてしまったことを、少し後悔しているような顔。
「ううん。全然怖くありません」
私は首を横に振り、ニコリと笑った。
「だって、ジークさんの作ってくれるご飯は、こんなに温かくて美味しいんですから。それに、私たちを守ってくれたんですよね? ありがとうございます」
あんなに冷たい氷の魔法を使うのに、彼の手から生み出されるご飯は世界で一番温かい。
私がそう言うと、ジークさんは少しだけ目を見張り……やがて、観念したように短く息を吐いて、顔を片手で覆った。
「……お前なぁ。本当に、無防備すぎるだろ。……食後のデザート、サービスしてやるから待ってろ」
「わぁっ! 本当ですか!?」
「あぁ。ハニーかぼちゃの特製プリンだ」
ジークさんは耳の端を少しだけ赤く染めながら、そそくさと厨房の奥へと消えていった。
「いやー、カレンちゃんの前じゃ、あの『氷魔剣士』も形無しやな」
「愛の力だねぇ。ジークさんの過保護っぷりがカンストしてるよ」
ニャングルさんとキャルル村長が何やらクスクスと笑い合っている。
私はよく分からずに首を傾げながら、出された絶品のハニーかぼちゃプリンをパクリと頬張った。
うん、やっぱりポポロ村のホワイトな環境と、ジークさんの美味しいご飯は最高だ。
私は満面の笑みで、平和な休前日の夜を満喫したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第7話は、内定レタスの祝賀会と、ジークの「元S級冒険者」としての絶対零度の片鱗のお話でした!
普段は優しくて美味しいご飯を作ってくれる彼ですが、カレンの平穏を脅かす敵には容赦しません。カレンにだけ見せる甘い顔とのギャップ(B型ヒーローの過保護っぷり)、お楽しみいただけたでしょうか。
次回は第8話!
貧乏神スキルでパンの耳をかじる人魚姫アイドル・リーザのために、カレンが前世のマーケティング知識と【概念錬金】を使ってプロデュースに乗り出します!
「内定レタスのステーキ美味しそう!」「ジークさんかっこいい!」「過保護スパダリ最高!」と思っていただけましたら、
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皆様の温かい応援がカレンの幸せな日常の糧です。何卒よろしくお願いいたします!




