ポポロ村の狂った特産品。トラウマをえぐる『折れたス』と農家のお悩み
ポポロ村の狂った特産品。トラウマをえぐる『折れたス』と農家のお悩み
ポポロ村役場での仕事は、拍子抜けするほど平和だった。
午後二時。窓から差し込む暖かな陽だまりの中、私は処理し終えた書類を綺麗にファイルに綴じ、ほうっと息を吐いた。
「よし、今日のノルマは完了。あとは明日の準備を少しやっておけば、今日も定時退社できるわね」
手元のマグカップに入った『陽薬草茶(ポポロ村特産のハーブティー)』を一口飲む。爽やかな香りが鼻に抜け、頭がスッキリとする。
前世のブラック企業では、午後二時といえば「これから終電までの長丁場に向けて、死んだ目で栄養ドリンクを流し込む時間」だった。それが今や、ハーブティーを飲みながら優雅に定時退社を思い描けるのだ。まさに異世界ホワイト転職、万歳である。
「カレンちゃん、お疲れ様! ホント仕事早くて助かるよー」
「ワテもや。カレンちゃんが来てから、残業ゼロで酒場に行ける日が増えて、ホンマにええ村になったわ」
村長のキャルルと、財務のニャングルさんも、それぞれのデスクで伸びをしている。
このまま平和な一日が終わる……そう思っていた、その時だった。
「そ、村長ォォーッ!! 助けてくれぇぇ!」
バンッ! と役場の扉が乱暴に開き、一人の初老の男性が青ざめた顔で駆け込んできた。
麦わら帽子に、泥のついた作業着。村で農家を営んでいる泥沼源蔵さんだ。
「源蔵さん? どうしたの、そんなに慌てて。魔獣でも出た?」
「魔獣よりタチが悪いんじゃ! 今年の『折れたス』の威力がヤバすぎて、収穫係の男たちがみんな心折れちまったんだよ!」
……おれたす?
聞き慣れない単語に、私は首を傾げた。
「あの、キャルル村長。『折れたス』ってなんですか?」
「あー……ポポロ村の特産品の一つなんだけどね。見た目はすごく美味しそうな普通のレタスなの。シャキシャキしてて、サラダにすると絶品なんだけど……ちょっと、いや、かなり収穫が面倒くさい野菜でね」
「面倒くさい?」
「うん。包丁で切ろうとしたり、食べようとしたりするとね、防衛本能なのか……脳内に直接、あの『お祈りメール』の絶望の音声を流し込んでくる精神攻撃系の植物なんだよ」
お祈りメール。
その単語を聞いた瞬間、私の脳裏に前世の就職活動時代の記憶がフラッシュバックした。
何十社と履歴書を送り、面接を受け、その度に届く『今回は誠に残念ながら……今後のご健勝をお祈り申し上げます』という、あの冷徹で無慈悲な定型文。
「な、なんて凶悪な植物なんですか……!」
「でしょ? だから収穫する時は、普通は耳栓をして、無心で一気に刈り取るんだけど……今年のヤツらは一味違うんじゃ!」
源蔵さんは頭を抱えながら、悲痛な声で叫んだ。
「今年は日照条件が良すぎたせいか、凶悪な亜種が育っちまってな! 『最終面接まで進んで期待させといて落とすヤツ』とか、『キャリアを全否定してくる中途採用お祈り種』のオンパレードなんだ! おかげでベテラン農家のオッサンたちが、畑の真ん中で膝を抱えて『俺の人生ってなんだったんだろう……』って虚無になっちまってる!」
「えぇ……それはキツいね……」
キャルル村長も、さすがにドン引きしている。
ニャングルさんに至っては、耳を伏せてブルブルと震えていた。
「ワ、ワテもいっぺん商会の昇進試験落ちた時のこと思い出してまうから、アイツらホンマに嫌やわぁ……近づきたくもない」
「私も、物理攻撃ならトンファーで粉砕できるけど、精神攻撃はちょっと……。力加減を間違えたら、商品であるレタスごと畑を更地にしかねないし」
パワーファイターのキャルル村長や、お金の計算に強いニャングルさんにとっても、精神を直接えぐってくるタイプの敵は相性が悪いらしい。
だが、農家の人たちが困っているのだ。このまま放置すれば、村の重要な特産品が腐ってしまう。
「……わかりました。私が現場を視察してきます」
「えっ? カレンちゃん、大丈夫!? アレ、結構本気でえぐるよ!?」
「大丈夫です。私、前世……いえ、前の職場で『お祈り』には耐性がありますから。それに、農家さんの困りごとを解決するのも役場事務員の仕事ですよね?」
「おぉっ! カレンちゃん、女神に見えるわい……!」
源蔵さんが拝むように両手を合わせる。
私は定時退社を死守するため、迅速に問題を解決すべく役場を飛び出した。
* * *
「これは……ひどい有様ですね」
源蔵さんの案内でやってきた畑には、一面に青々とした美味しそうなレタスが育っていた。
しかし、その周囲のあちこちで、屈強な体つきをした農家のおじさんたちが、地面に座り込んで体育座りをしている。
「俺……若い頃は、王都で騎士になって一旗揚げる夢があったんだ……」
「結局、俺のキャリアなんて土いじりしか残ってない……社会の歯車以下の存在だったんだな……」
「来世に期待しよう……」
完全に心がへし折られている。生気が一切感じられない。
恐るべし、『折れたス』。
「カレンちゃん、気をつけてくれ。奴ら、近づくだけでもテレパシーを飛ばしてきやがる」
「はい。まずは敵の戦力を分析してみます」
私は慎重に畑に足を踏み入れ、一つ、丸々と太った『折れたス』に手を伸ばした。
葉に触れようとした瞬間――。
『……慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくこととなりました。なお、おじさん様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます』
「うっ……!」
脳内に、冷たい事務的な女性の声が直接響き渡った。
私の胸に、前世のトラウマがチクッと刺さる。
(確かにこれは、地味に効く……。標準的なダメージだけど、ボディブローのようにジワジワと自尊心を削ってくるわね……)
さらに奥に進むと、ひと際大きく育ち、葉の先が少し赤みがかった『折れたス』が鎮座していた。
「あっ、カレンちゃん気をつけて! そいつは今年のボス格、『最終面接お祈り種』だ!」
源蔵さんの警告と同時に、私がそのボス格に近づくと、今度は重々しい役員風の男性の声が脳内に響き渡った。
『……大変甲乙つけがたい優秀な成績ではございましたが、採用枠の兼ね合いから、誠に遺憾ながら……君の人間性やこれまでの努力は素晴らしいのだがね、今回はご縁がなかったということで……』
「ぐはっ……!」
思わず胸を押さえ、その場に膝をつきそうになる。
期待を持たせておいて、最後に落とす! 一番タチの悪いお祈り!
「君は悪くない、うちの事情だ」という絶妙なフォローが、逆に大人の自尊心をえぐり、何がいけなかったのかと無限の自己嫌悪ループに陥らせる最悪の精神攻撃だ。
これでは、純朴な農家のおじさんたちがバタバタと倒れるのも無理はない。
「カ、カレンちゃん! 大丈夫か!?」
「……はぁ、はぁ……ええ、なんとか」
私は額の汗を拭い、立ち上がった。
ブラック企業で理不尽な上司の罵倒に耐え続けた私のメンタル装甲は、そう簡単には貫かれない。
「なるほど……状況は理解しました。これはただの物理的な収穫作業じゃありませんね。言葉と心、概念と概念のぶつかり合いです」
「が、概念? カレンちゃん、何か解決策があるのか!?」
「ええ。役場事務員として、この『不採用』の連鎖を、私のスキルで断ち切ってみせます」
私は腕をまくり、大きく深呼吸をした。
そして、空中に向かって右手をかざす。
私の視界にだけ、半透明のウインドウが浮かび上がった。
『錬金術ラボ:素材をセットしてください』
素材Aは、当然この凶悪な『折れたス(最終面接お祈り種)』。
ならば、素材Bとして組み合わせるべき「概念」は、ただ一つ。
「社会の理不尽になんて、負けてたまるもんですか……!」
私は、前世で喉から手が出るほど欲しかった、そしてこのポポロ村でようやく手に入れた「あの概念」を強くイメージし、錬金術のウインドウへと叩き込んだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第5話は、ポポロ村の狂った特産品シリーズ『折れたス』の登場でした!
就活や転職活動のトラウマをえぐる、最悪の精神攻撃系野菜。純朴なおじさんたちは全滅してしまいましたが、ブラック企業で鍛えられたカレンのメンタルは強靭でした。
次回は第6話!
カレンの【概念錬金】が炸裂し、トラウマ野菜をハッピーな野菜へと書き換えます! 果たしてどんな錬金が行われるのか、お楽しみに!
「折れたス、嫌すぎる!」「おじさんたち逃げて!」「カレンちゃん、やっちゃって!」と思っていただけましたら、
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