役場の昼休み。強面シェフが『まかないの余り』と称して持ってきた特製弁当
役場の昼休み。強面シェフが『まかないの余り』と称して持ってきた特製弁当
ポポロ村役場での勤務が始まって、数日が経過した。
「カレンちゃん、この領地開発の予算案のチェックなんだけど……」
「あ、それなら昨日のうちに前年度比のグラフ化と費用対効果の概算を出して、ニャングルさんのデスクに置いてあります」
「……えっ?」
「ワテの机に? ……ホンマや! しかもめっちゃ見やすい! カレンちゃん、あんたホンマに人間か!? 処理速度がバグっとるで!」
朝から私のデスク周りでは、キャルル村長とニャングルさんの驚愕の声が定期的に上がっていた。
二人には「凄すぎる」と拝まれっぱなしだけれど、正直、私としてはごく普通の仕事をしているだけの感覚だ。
前世のブラック商社では、上司の機嫌取り、終わりのない会議、理不尽なやり直し要求で一日の大半が削られていた。それに比べれば、ポポロ村役場の仕事は「やればやった分だけ純粋に片付く」という、信じられないほど健全でストレスフリーな環境なのだ。
集中して事務作業をこなしていると、村の中心にある時計塔から、正午を知らせる穏やかな鐘の音が鳴り響いた。
「おっ、お昼休みだね! カレンちゃん、キリのいいところで休もう!」
キャルル村長がぐーっと背伸びをして立ち上がる。
お昼休み。それは、前世の私にとっては「三分でウィダーイン〇リーを飲み込みながら、パソコンの画面を睨み続ける時間」だった。
一時間もの休憩が、誰にも邪魔されずに確実に与えられるなんて。ホワイト企業って素晴らしい。
「お昼、どうしようかな。昨日みたいにポポロ亭に……」
「よう。お疲れさん」
私が席を立とうとした、ちょうどその時。
役場の入り口の扉が開き、低い声と共に、長身の男性が姿を現した。
ポポロ亭の店主であり、元・最強のS級冒険者でもあるジークさんだ。
鋭いアイスブルーの瞳に、引き締まった屈強な体躯。一見すると近寄りがたいほどの凄みがある彼だけれど、その手にはなぜか、可愛らしい柄の布で包まれた三段重ねの木箱が提げられていた。
「ジークさん? どうしたんですか、出前なんてやってないですよね?」
「あぁ。仕込みのついでに、うちの『まかない』を多めに作りすぎちまってな。捨てるのも勿体ねぇから、新入りに差し入れしてやろうと思って持ってきた」
ジークさんは少しぶっきらぼうにそう言うと、私のデスクの上にトンッと木箱を置いた。
「えっ? ま、まかないのお裾分けですか? わぁ、ありがとうございます!」
「……ちょっと待ってや、ジークはん」
喜ぶ私の横で、ニャングルさんが煙管を口から離し、ジッツとジークさんを胡散臭そうに見つめた。
「あんた、この村に来てから今まで、役場に『まかないの余り』なんか持ってきたこと、ただの一度もあらへんで?」
「あ? たまたま分量を間違えただけだ。文句があるなら持って帰るぞ」
「い、いや文句はないけどもやな……」
「ニャングル、うるさい。ほら、カレン。冷めないうちに食え」
ジークさんに急かされ、私はワクワクしながら包みを開き、木箱の蓋を開けた。
「――っわぁぁ……!」
中から現れたのは、まるで宝石箱のように色鮮やかで、食欲をそそる匂いを放つ特製弁当だった。
一段目には、ホカホカの『米麦草(お米のように炊ける穀物)』が敷き詰められ、その上には醤油と甘いタレが照り輝く『トライバード(三徳鳥)の照り焼き』がどっさりと乗っている。
二段目には、『太陽芋』と『マヨ・ハーブ』を和えた黄色くまろやかなポテトサラダと、鮮やかな緑色の茹で野菜。
そして三段目には、出汁がたっぷりと染み込んだ肉厚な『肉椎茸』の煮物と、甘い卵焼きが綺麗に並べられていた。
これが、まかないの余り……?
どう見ても、一から私のために緻密に計算して作られた、栄養満点の手作り弁当にしか見えないのだけれど。
「いただきます……っ!」
私はたまらずお箸を手に取り、まずはトライバードの照り焼きを口に運んだ。
パリッとした皮の中から、ジュワッと肉汁が溢れ出す。そこに、醤油草とハニーかぼちゃの蜜で作られたという甘辛い特製ダレが絡み合い、ご飯が無限に進む暴力的なまでの美味しさだ。
合間に食べる太陽芋のポテトサラダは、マヨ・ハーブの爽やかな酸味が芋の甘みを引き立てていて、いくらでも食べられそうだった。
「んんぅっ……! 美味しい……っ、本当に美味しいです、ジークさん!」
「……そうかよ。そりゃ良かった」
私が頬に手を当てて幸せを噛み締めていると、ジークさんは腕を組み、壁に背をもたれかかりながら、フッと口角を上げた。
――ジーク視点――
カレンが、美味そうに飯を頬張っている。
ただそれだけの光景が、ジークの胸の奥底を、ひどく心地よく温めていた。
ジーク・レオンハルト。かつて『氷魔剣士』と呼ばれ、S級冒険者として最前線で血の海を渡り歩いてきた男。
彼の剣がもたらすのは、常に『死』と『絶対零度の凍結』だけだった。どれだけ強大な魔獣を討ち倒そうが、どれだけ名声を得ようが、心の中はいつも冷え切っていた。
だからこそ、冒険者を引退してこの平和なポポロ村で『料理人』になった。
自分の手が、誰かを殺すためではなく、誰かを温め、生かすために使えるのだと証明したかったからだ。
数日前、村の入り口で倒れかけていたこの小柄な女を拾った。
ブラック企業とやらで心身をすり減らしてきたという彼女は、俺の作ったおでんを食べて、ボロボロと子供のように泣いたのだ。
『こんなに美味しいご飯、食べたの初めてで……っ』
あの無防備な涙と笑顔を見た瞬間、ジークの中の何かが完全に音を立てて崩れ去った。いや、あるいは『満たされた』のかもしれない。
俺の料理を、こんなにも全身で喜んでくれる奴がいる。
美味い飯を食って、無防備に、幸せそうに頬を緩める。
(……反則だろうが、そんな顔は)
弁当箱の隅についた卵焼きを、大事そうにパクリと食べるカレンを見つめながら、ジークは内心で深くため息を吐いた。
戦場ではどんな奇襲にも動じなかった氷の剣士が、たかが女の一挙手一投足にペースを乱されている。
この村は平和だが、彼女はあまりにも無防備すぎるし、どこか危なっかしい。
昨日だって、わけのわからない概念錬金術とやらで廃棄弁当から肉まんを作り出し、謎の人魚のアイドルをあっさりと手懐けていた。
あんな規格外の真似を涼しい顔でやってのけるのだ。放っておけば、いつどこで悪い虫(他国のスパイや悪徳商人)に目をつけられるか分かったものではない。
(他の奴に、こいつの面倒は見させねぇ)
ジークの瞳に、元・最強冒険者特有の、強烈な独占欲と執着の光がかすかに宿る。
だが、力で縛りつけるような野蛮な真似はしない。
俺は料理人だ。だから、やり方は一つしかない。
毎日、とびきり美味い飯を食わせてやる。
俺の飯以外では満足できないように、時間をかけて、じっくりと胃袋から外堀を埋め尽くしてやる。
「ゆっくり食え。おかずはまだあるからな」
ジークは甘やかすような低い声でそう囁き、カレンの頭にポンと大きな手を乗せた。
――カレン視点――
「ひゃっ!?」
いきなり頭を撫でられ、私は思わず変な声を出してしまった。
ジークさんの手は大きくて、少しごつごつしているけれど、とても温かかった。
「しっかり食って、しっかり休め。午後からの仕事も、適当に手抜いてやればいいさ」
「て、手は抜きませんよ! 定時退社のために、完璧に終わらせますから!」
私が胸を張って答えると、ジークさんは「違ぇねえ」と喉の奥で低く笑った。
その笑顔があまりにも反則的に格好良くて、心臓がドキンと跳ねる。
いけない。これはただの、店主と常連客(仮)のやり取りだ。私みたいな干からびた社畜OLが、こんなイケメンの優しさに勘違いしてはいけない。
「ごちそうさまでした! ジークさんのお弁当のおかげで、エネルギー満タンです!」
「おう。また夜、店で待ってるわ」
空になった木箱を回収し、ジークさんは満足げな顔で役場を後にした。
「……なぁ、キャルル村長」
「……うん、ニャングル。言いたいことは分かるよ」
「あれ、完全に『オトし』にきとる目ぇやったな」
「うん。ジークさん、ああ見えて一度狙った獲物は絶対に逃がさない肉食獣だからね……カレンちゃん、完全に胃袋掴まれてるし」
背後で、キャルル村長とニャングルさんが何やらヒソヒソと話しているが、私にはよく聞こえなかった。
ただ一つ分かるのは。
お腹の底から湧き上がってくるこの温かいエネルギーがあれば、午後の書類仕事なんて一瞬で粉砕できるということだけだ。
「よしっ! 午後も気合入れて、残業ゼロで帰るぞー!」
私は気合を入れ直し、最高の気分で午後の業務へと向かった。
異世界ホワイト転職、控えめに言って、最高すぎるかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第4話は、ジークの「まかない(という名の特製愛情弁当)」による、胃袋制圧のターンでした!
氷魔剣士として血生臭い人生を送ってきた彼だからこそ、カレンの無防備な「美味しい!」という笑顔に完全に狂わされ(執着し)始めています。
B型ヒーローの、押し付けがましくないけれど確実に退路を断っていくスタイル、お楽しみいただけましたでしょうか。
次回は第5話! 役場に村の農家から「狂気の特産品」に関する厄介なトラブルが持ち込まれ、カレンが現場へと向かいます!
「特製弁当美味しそう!」「ジークさん、完全に胃袋オトしにきてる!」「カレンちゃん逃げて、いや逃げないで!」と思っていただけましたら、
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