無限ガチャ地獄と大宇宙カスハラ部。ドナドナされる駄女神を、お茶をすすって見送る午後
無限ガチャ地獄と大宇宙カスハラ部。ドナドナされる駄女神を、お茶をすすって見送る午後
神々をも熱狂させた伝説の『愛とキャッシュのゴッドチューブ配信』から一夜明けた、ポポロ村の穏やかな朝。
村はいつもの平和な空気に包まれており、ポポロ亭の店内には、ジークさんが淹れてくれた陽薬草茶の爽やかな香りが漂っていた。
「はぁ〜……借金ゼロの朝の空気って、なんて美味しいのかしら!」
カウンター席で、紫色の芋ジャージを着たルチアナ様が、両手を広げて深呼吸をしている。
昨日の配信で奇跡的なスパチャを叩き出し、見事に百万円近い借金を全額完済した彼女は、すっかり神の威厳(という名の図々しさ)を取り戻していた。
「本当によかったですわね、ルチアナ後輩。これでマグロ漁船に乗らなくて済みますわ」
「ふふんっ。まあ、私の女神としての魅力と、リーザ先輩の歌声があれば当然の結果ね! カレン、あんたのプロデュースも悪くなかったわよ。褒めてあげる!」
偉そうにふんぞり返る駄女神に対し、私は冷めた目でお茶をすすった。
「借金がゼロになったからといって、あなたの所持金がゼロであることに変わりはありませんよ。今日からまた、地道に源蔵さんの畑で働いて日銭を稼いでくださいね」
「うっ……ま、まあ、そうなんだけどさぁ。でも、心にゆとりがあるって素晴らしいわぁ!」
ルチアナ様は鼻歌を歌いながら、ジャージのポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。
「借金もなくなったし、昨日の配信のアーカイブでも見よっと。……あら?」
スマホの画面を見た瞬間、ルチアナ様の動きがピタリと止まった。
彼女の目に、信じられないほどの強欲な光が宿る。
「うそ……月人君のソシャゲ、今日から『真夏の水着イベント・限定SSR復刻ガチャ』がスタートしてるじゃないの……!」
嫌な予感がした。
私はティーカップを置き、ルチアナ様をジロリと睨んだ。
「ルチアナ様。借金を返し終わったばかりですよね。まさか、またガチャを回すなんて愚かなことは考えていませんよね?」
「だ、大丈夫よ! カレン、私を誰だと思ってるのよ。借金で地獄を見たこの私が、また同じ過ちを繰り返すはずがないじゃない! 今は手元に、昨日の配信で余った『千円』だけ残ってるのよ。これなら、単発ガチャが三回だけ回せるわ。……そう、三回だけ。運試しくらい、いいじゃない!」
ルチアナ様は言い訳のように早口でまくしたてると、震える指で『ガチャを回す』のボタンをタップした。
……ピロロン。
『レア(R)! 銅の剣』
「あーっ、ハズレたわ! まあまあ、単発だしね。次よ、次!」
……ピロロン。
『レア(R)! 薬草』
「くっ……! いや、こういうのは乱数調整よ。次で絶対に出るわ!」
……ピロロン。
『レア(R)! 旅人の服』
「ああっ!? 千円が一瞬で溶けたぁぁっ!」
ルチアナ様は頭を抱え、カウンターに突っ伏した。
よし、これで手持ちの資金はゼロ。諦めて畑仕事に行くだろう、と私が思ったその時だった。
「……あ。そういえば、借金を完済したから、クレジットカードの『利用限度額(百万円)』の枠が、満額復活してるわね」
ルチアナ様が、暗い声でボソリと呟いた。
「ルチアナ様? やめなさい。そこから先は地獄ですよ」
「い、一回だけ……! 10連ガチャを一回だけ回せば、絶対に出る気がするの! 月人君が、水着姿で私を呼んでるのよぉぉっ!」
ポチッ。
私の静止も聞かず、ルチアナ様は『魔法のカード(クレジット決済)』のボタンを押してしまった。
そこからは、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
『SSR! ……すり抜け(別のキャラ)』
「ちがぁぁぁう! あんたじゃないのよぉぉっ! もう一回!」
『SSR! ……すり抜け』
「なんでよぉぉっ! ピックアップ仕事しなさぁぁいっ! もう十連!」
狂ったように画面をタップし続ける駄女神。
ギャンブル依存症の末路を、私は真顔で見つめ続けた。
リーザちゃんも「これが大人の闇ですのね……」とドン引きして、パンの耳をかじる手を止めている。
そして、五分後。
ピロンッ。
無機質な電子音と共に、ルチアナ様のスマホ画面が真っ赤な警告色に染まった。
『【エラー】クレジットカードの利用限度額(1,000,000G)に達しました。これ以上の決済はできません』
「あ……ああ……ああぁぁぁぁぁっ!?」
ルチアナ様が、この世の終わりのような絶叫を上げた。
結局、月人君の限定SSRは出ず、手元に残ったのは、たった五分で元通りに膨れ上がった『百万円の借金』だけだった。
「か、カレン! カレンプロデューサー!! お願い、もう一回! もう一回だけ配信をやらせてぇぇっ! 今度こそ月人君を――」
「…………」
私は、一切の感情を失った『絶対零度の真顔』で、ルチアナ様を見つめた。
前世のブラック企業で、何度教えても同じミスを繰り返し、会社の経費を横領してキャバクラにつぎ込んでいたクソ上司を見た時と同じ目だ。
……あ、これ、もう駄目なやつだ。
更生不可能。ポポロ村の治安と私のメンタルを守るためにも、これ以上この粗大ゴミ(駄女神)を抱え込むことはできない。
私は無言で立ち上がり、ルチアナ様の手からエンジェルすまーとふぉんをひったくった。
「ああっ! 何するのよカレン!」
「黙りなさい」
私はスマホの裏面に貼ってあった『大宇宙管理局・お問い合わせ窓口』のシールから、『カスタマーハラスメント部』の緊急連絡先を見つけ出し、容赦なく発信ボタンを押した。
プルルルル、プルルルル……ガチャ。
『……はい。大宇宙管理局、カスタマーハラスメント部です』
電話の向こうから聞こえてきたのは、徹夜明けのOLのような、疲労困憊で死にそうな女性の声だった。
「あ、お忙しいところ恐れ入ります。私、ポポロ村で役場の事務員をしております相沢と申します。おたくの駄女神のルチアナさんの件でご連絡しました」
『ルチアナ……っ! ああ、あのポンコツ……いえ、当神局の女神が何かご迷惑をおかけしましたでしょうか?』
「はい。昨晩、借金を完済したにも関わらず、先ほどガチャで再び限度額をパンクさせました。当村の更生プログラムでは、もはや彼女を改善させることは不可能と判断いたしましたので、至急引き取っていただきたいのですが」
私の極めて事務的なクレーム(事実報告)を聞いて、電話口の女性――天使長ヴァルキュリア(カスハラ部長)は、深ぁぁぁぁぁい、重苦しいため息をついた。
『……はぁ。誠に申し訳ございません。当神局の不良品が、そちらの村に多大なるご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます。……また、私の始末書が増える……胃が痛い……』
その消え入るような悲痛な声に、私は前世の自分を重ね合わせ、強烈なシンパシー(社畜の連帯感)を抱いてしまった。
「……あの、カスハラ部長さん。クレーム対応や不祥事の尻拭い、本当に大変ですよね。私も前職で同じようなことをしていたので、お気持ちは痛いほど分かります」
『相沢さん……っ! 分かっていただけますか! 上層部は無茶振りばかりで、現場の神々は好き勝手やるし、クレーム処理は全部私に丸投げで……私、もう三百年くらい有給取ってないんです……ぐすっ』
「お辛いですね……。どうか、胃薬を飲んでご自愛ください。あまり無理をなさらずに」
『ありがとうございます、相沢さん……あなたのような優しい方に出会えて、私の心も少し救われました。ルチアナの件は、直ちに【強制回収部隊】を派遣いたします。少々お待ちください』
電話が切れた。
私はスマホをテーブルに置き、温かい陽薬草茶をすすった。同じように苦労している社畜が宇宙規模で存在していると思うと、不思議と心が穏やかになった。
「か、カレン? 今、誰と電話してたの? なんでそんな優しい声で……」
ルチアナ様が怯えたように私を見上げた、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
ポポロ亭の床に、突如として真っ黒な魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣の中から、黒いスーツとサングラスに身を包んだ、筋骨隆々のマッチョな『黒服の天使(強制回収部隊)』が二名、無言で現れた。
「ひぃぃぃぃっ!? 黒服の天使レスラー!? ど、どうしてここがっ!?」
「ルチアナ・第十三女神。度重なる借金滞納および、地上での職務怠慢により、神界への強制送還を執行する」
黒服の天使の一人が、事務的な声で告げた。
もう一人の天使が、手に持っていた『神界指定・超強化スーツケース』をガバッと開いた。
「い、いやぁぁぁっ! 嫌よ! マグロ漁船は嫌ぁぁぁっ! 月人くぅぅぅんっ!!」
悲鳴を上げて逃げようとするルチアナ様だったが、マッチョな天使たちに両腕をあっさりと掴み上げられた。
そして、まるで衣服を折りたたむかのような見事な手際(カートゥーンアニメのような動き)で、ルチアナ様の体はコンパクトに折りたたまれ、スーツケースの中にギュウギュウに詰め込まれてしまった。
「やめ……出してぇぇ! 息が、息がぁぁ……ッ!」
バチンッ!
容赦なくスーツケースの鍵が閉められ、ルチアナ様の声はくぐもったくずり泣きへと変わった。
「相沢様。この度は、当神局の不良品がご迷惑をおかけしました。これにて失礼いたします」
黒服の天使たちは私に深々と一礼すると、スーツケースを片手に提げ、再び魔法陣の中へと沈んでいった。
……静寂が、戻った。
「あー……行っちゃいましたわね、ルチアナ後輩」
リーザちゃんが、遠い目をしながら呟く。
どこからともなく、彼女の口から物悲しい『ドナドナ』のメロディがハミングで奏でられ始めた。売られていく子牛ならぬ、売られていく駄女神へのレクイエムだ。
「おい、カレン。あのやかましいジャージ女、どうした?」
厨房から、ジークさんがお盆を持って現れた。
お盆の上には、焼きたての『ハニーかぼちゃのパウンドケーキ』と、新しいお茶のセットが乗っている。
「ジークさん。ルチアナ様なら、実家(神界)の人が迎えに来て、スーツケースに詰められて帰っていきましたよ」
「そうか。そりゃあ良かった。やっと店が静かになったな」
ジークさんは全く動じることなく、私の前にパウンドケーキを置き、私の隣にドカッと腰を下ろした。
「ほら、食え。今日はお前がプロデュース業で疲れただろうから、特別に甘めにしてある」
「わぁっ……! ありがとうございます、ジークさん!」
私はパウンドケーキを一口かじり、その優しい甘さに頬を緩ませた。
リーザちゃんも隣で「美味しいですわーっ!」とケーキを頬張っている。
窓の外では、今日もポポロ村の穏やかな青空が広がっている。
ガチャで身を滅ぼした駄女神がマグロ漁船で汗を流していることなど、微塵も感じさせないほどの、完璧な平和。
「……お茶が、美味しいですね」
「あぁ。全くだ」
私は温かいお茶をすすりながら、ジークさんと一緒に、二度と戻ってこないであろう駄女神の残り香を、静かに見送るのだった。
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