後輩女神と先輩アイドル。五円玉錬金術(物理)の極悪な罠
後輩女神と先輩アイドル。五円玉錬金術(物理)の極悪な罠
ポポロ村での、ルチアナ様の強制労働プログラムが始まって数日が経過した。
私の徹底した労務管理(という名のブラックシフト)と、ジークさんの作る絶品『まかない飯』の飴と鞭により、駄女神の借金返済はミリ単位ではあるが進みつつあった。
しかし、神界でダラダラとソシャゲと推し活ばかりしていた彼女にとって、毎日の農作業や自警団の武器庫掃除、そして夜のポポロ亭での皿洗いは、想像を絶する苦行だったらしい。
「あー……もう無理。腰が砕ける。神の脊髄が悲鳴を上げてるわ……」
その日の夜。
ポポロ亭での皿洗いを終え、私が役場の寮にあてがってあげた空き部屋(もちろん家賃は天引き)のベッドで、ルチアナ様はボロ雑巾のように倒れ伏していた。
紫色の芋ジャージはすっかりヨレヨレになり、かつての神々しいオーラなど見る影もない。
「こんなペースじゃ、いつまで経っても月人君の課金資金が貯まらないじゃない……。もっとこう、一撃でドカンと稼げるオイシイ話、ないわけぇ……?」
ルチアナ様が虚ろな目で天井に向かって愚痴をこぼした、その時だった。
「……お金が欲しいの? 後輩」
ボソッ、と。
開いたままになっていた部屋の窓枠に、いつの間にか一人の少女が腰掛けていた。
同じく紫色の芋ジャージに健康サンダル姿。手には大事そうに『パンの耳』を握りしめ、夜風に水色のツインテールをなびかせている。
人魚姫アイドルであり、重度の【貧乏神】スキル持ちのリーザちゃんだ。
「ひゃっ!? な、なによあんた! びっくりするじゃない!」
「ふふっ。夜分遅くに失礼しますわ。あまりにも貧困に喘ぐ哀れな声が聞こえたものですから、先輩として助言をしてあげようかと思いまして」
「せ、先輩? いつからあんたが私の先輩になったのよ! 私は神様よ!」
ルチアナ様がムキになって言い返すが、リーザちゃんはパンの耳をかじりながら、ふっと鼻で笑った。
「神界の地位など、今のあなたには何の意味もありませんわ。このポポロ村において、『ジャージ姿でその日暮らしの貧乏生活を送る』というジャンルにおいては、私の方が圧倒的に先輩。つまり、あなたは私の『後輩』ですのよ」
「ぐっ……!」
貧困層の謎のヒエラルキーによるマウント。
ルチアナ様は反論しようとしたが、現在の自分の残高(千円)と膨大な借金を思い出し、悔しそうに唇を噛んだ。
「……で、でも、あんたから助言をもらうなんて……」
「おや、そうですか。私は『一晩で大金を錬成する究極の裏技』を教えて差し上げようと思ったのですが。お気に召さないなら帰りますわ」
「待って!!」
『大金』という単語を聞いた瞬間、ルチアナ様はベッドから跳ね起き、リーザちゃんの手をガシッと握りしめた。
「し、知りたい! 知りたい知りたい! 教えて、リーザ先輩!」
「ふふっ、素直でよろしいですわ、ルチアナ後輩」
リーザちゃんは満足げに頷くと、窓枠から部屋の中へと降り立った。
そして、周囲を警戒するようにキョロキョロと見回した後、声を潜めてルチアナ様に顔を近づけた。
「いいですか、これは誰にも内緒の極秘メソッドですわ。カレンお姉様に見つかったら、絶対に丸めた新聞紙で叩かれますからね」
「ゴクリ……。わ、分かってるわ」
「では、お見せしましょう。これが、私の編み出した『お金を増やす方法』ですの」
リーザちゃんはそう言うと、なんと自分の『鼻の穴』に指を突っ込んだ。
「えっ……ちょ、アイドルが何してんのよ!?」
「静かに! 違いますわ、鼻をほじっているわけではありません! 私は【貧乏神】スキルのせいで、お金を持つと強制的に消滅してしまうんですの。だから、唯一スキルを誤魔化せる『体内』に、全財産を隠し持っていたのですわ!」
スポンッ! という情けない音と共に、リーザちゃんの鼻の穴から、一枚の硬貨が取り出された。
それは、真ん中に丸い穴の空いた、くすんだ銅色の硬貨だった。
初代皇帝・佐藤太郎が広めたとされる、旧硬貨。『五円玉』である。
「き、汚っ……! っていうか、五円!? たったの五円でどうやって大金を作るのよ!」
「ふっふっふ。これだから素人の後輩は困りますわね。いいですか、よく見てくださいまし」
リーザちゃんは、鼻水(?)をジャージの袖でゴシゴシと拭き取った五円玉を、月の光にかざした。
「この硬貨、今はくすんだ銅色ですが……実は『金貨』と同じ成分が微量に含まれているという都市伝説がありますの(※大嘘です)」
「えっ!?」
「そして、ここからが錬金術です。この五円玉を、布と泥と研磨剤で、一晩中、親の仇のようにピカピカに磨き上げるのです! そうすれば、表面の汚れが落ちて、本来の『金貨の輝き』を取り戻す……! つまり、五円が『金貨一枚(約十万円)』に化けるということですわ!」
「ほ、本当ぉぉぉっ!?」
ルチアナ様の目が、強欲な光でカッと見開かれた。
「て、天才じゃないの、リーザ先輩! それなら、五円玉を十枚磨けば百万! 私の借金なんて一瞬でチャラになるじゃない!」
「その通りですわ! なんで誰もこの方法に気づかなかったのか不思議なくらいですの! さあ、一緒に磨きますわよ、後輩!」
冷静に考えれば、ただの銅貨を磨いたところで金貨になるはずがないし、仮に光ったとしてもそれは『偽造硬貨(詐欺)』である。
しかし、過酷な労働で思考力が著しく低下していた駄女神と、極度の貧困で幻覚を見ているポンコツ人魚姫の脳内では、その極悪な詐欺メソッドが『完璧な錬金術』として成立してしまっていた。
「やるわ! 私、徹夜で磨きまくるわ!」
「ええ! 私の鼻の穴ストック(全財産)の五円玉を三枚提供しますわ! さあ、レッツ錬金ですの!」
こうして、二人のジャージの少女は、部屋の床に車座になり、一心不乱に硬貨を磨き始めた。
キュッ、キュッ、キュキュキュキュキュッ!!
ポポロ村の静かな夜の闇に、硬貨を布で擦る異様な音だけが、朝まで延々と響き渡ることになる。
* * *
翌朝。
私は日課の『ポポロ亭』での朝食を終え、役場へ出勤する前に、ルチアナ様を叩き起こすために寮の部屋を訪れていた。
「ルチアナ様ー、朝ですよ。今日の午前中は自警団の武器庫の清掃シフトが……」
ガチャリ、と扉を開けた私は、そこでおぞましい光景を目の当たりにした。
「いひひひひひっ……光った……光ったわ、リーザ先輩……!」
「ええ……ええ……! これで私たち、大金持ちですわ……うふふふふっ!」
薄暗い部屋の中で。
目の下に真っ黒なクマを作り、手や顔を研磨剤の泥で真っ黒に汚したルチアナ様とリーザちゃんが、互いに肩を寄せ合いながら、不気味な笑い声を上げていた。
「……何やってるんですか、あなたたち」
私がドン引きしながら声をかけると、二人はビクッと肩を跳ねさせ、それからドヤ顔で私を振り返った。
「ふはははは! 見なさいカレン! 泥水すする労働の日々はもう終わりよ! 私とリーザ先輩の『五円玉錬金術』によって、莫大な富がもたらされたのよぉぉ!」
「お姉様、驚かないでくださいまし! 見てください、この眩いばかりの『金貨』の輝きを!」
二人が自慢げに差し出してきた手のひら。
そこに乗っていたのは――確かに、異常なまでにピカピカに磨き上げられ、ピカッと黄色く反射している『ただの五円玉』だった。
「……ただの、綺麗な五円玉ですね」
「な、なにを言うのよ! 目が節穴なの!? どう見てもこれは新種の金貨でしょうが!」
「そうですわ! この輝き、この重厚感! 王都の貴族が使う最高級の金貨に違いありませんの!」
完全に貧困のストレスで脳内麻薬が分泌され、現実逃避の幻覚を見ているらしい。
私は深いため息をつき、無慈悲な事実を突きつけた。
「百歩譲ってそれが金貨に見えたとして。真ん中に穴の空いた金貨なんて、この世界には存在しませんよ」
「うっ……! そ、それは……『デザイン』よ! 最新のトレンドデザインなのよ!」
「ええ、そうですわ! 風通しが良くて、軽量化されたエコな金貨なんですの!」
苦しい言い訳を並べ立てるジャージコンビ。
もはや、丸めた新聞紙で叩く気すら起きなかった。
「……そうですか。そこまで言うなら、試しにそれで買い物をしてみたらどうですか? 村の広場にあるタローソン(コンビニ)で、朝ごはんでも買ってくればいいじゃないですか」
「ふっふっふ。言われなくてもそのつもりよ! さあ行くわよ、リーザ先輩! 高級弁当を爆買いよ!」
「ええ、ルチアナ後輩! プレミアムロールケーキも買い占めますわよ!」
二人はピカピカの五円玉(三枚)を大事そうに握りしめ、高笑いしながら寮の部屋を飛び出していった。
私はその背中を、死んだ魚のような、ひどく冷ややかな目で見送った。
「あーあ。……ニャングルさんに怒られて、また借金が増えなければいいけど」
ポポロ村の財務を担当し、お金の計算に関しては誰よりも厳しいゴルド商会の獣人・ニャングルさん。彼がちょうど今頃、タローソンの朝の売上回収に回っている時間であることを、私は知っていた。
偽造硬貨(ただの五円玉)で買い物をしようとするポンコツコンビが、百戦錬磨の財務官の目を誤魔化せるはずがない。
数分後、村の広場の方角から。
『ひでぶっ!?』という、二人の見事な断末魔の叫び声が響き渡ったことは、言うまでもなかった。




