氷魔剣士の温かいおでんと、手取り25万の超ホワイト待遇
氷魔剣士の温かいおでんと、手取り25万の超ホワイト待遇
ジークと名乗ったその男性に案内されてやってきたのは、ポポロ村のメインストリートらしき通りの中ほどにある、木組みの温かみのある建物だった。
入り口には『ポポロ亭』と書かれた看板が掛かっている。扉を開けると、出汁の効いた信じられないほど良い香りが鼻腔をくすぐり、胃袋がギュルルルと限界の悲鳴を上げた。
「適当に座っててくれ。すぐに出すから」
店内はカウンター席とテーブル席がいくつかあるだけの小ぢんまりとした造りだが、どこもピカピカに磨き上げられている。私がカウンターの端にちょこんと座ると、ジークさんは厨房の奥へと入り、大きな鍋の蓋を開けた。
途端に、ほわぁっと白い湯気と共に、醤油と魚介系の出汁が合わさったような、日本人にはたまらない香りが店内に広がった。
「ほら、お待ち遠さん。『ポポロ亭特製・煮込みおでん』だ。熱いから気をつけて食えよ」
ドン、と目の前に置かれたのは、湯気を立てる大きな土鍋だった。
中には、見慣れないけれど絶対に美味しいと確信できる具材がたっぷりと浸かっている。
まんまるとした満月のような形の大根、ステーキのように分厚いキノコ、鮮やかな黄色をしたホクホクのお芋。そして、琥珀色に透き通ったお出汁。
「いただきます……っ」
私は震える手で箸を持ち、まずはそのまんまるの大根を割ってみた。スッと抵抗なく箸が入り、中まで出汁がしみ込んでいるのが分かる。フーフーと息を吹きかけて、口の中へ運んだ。
「――っ!?」
噛んだ瞬間、じゅわぁっと熱いお出汁が口いっぱいに溢れ出した。
大根の優しい甘みと、奥深い旨味が絡み合い、冷え切っていた胃と心をじんわりと温めていく。
「これ、『月見大根』っていうこの村の特産品だ。出汁をよく吸うから、おでんには最高なんだよ。そっちの分厚いキノコは『肉椎茸』。肉みてえな食感と旨味があるだろ?」
ジークさんの言う通り、キノコをかじると、まるで上質な牛肉を食べているかのような濃厚な肉汁とキノコ特有の芳醇な香りが広がった。ホクホクのお芋は『太陽芋』というらしく、甘くてお腹にしっかりと溜まる。
美味しい。本当に、信じられないくらい美味しい。
毎日、終電帰りに深夜のコンビニで買った冷たいツナマヨおにぎりを、味も分からないまま水で流し込んでいた日々。
誰かが私のために、こんなに温かくて美味しいご飯を作ってくれたのは、いつ以来だろう。
「……っ、うぅ……ヒグッ……」
気づけば、私の目からポロポロと大粒の涙が溢れ落ちていた。
拭っても拭っても、涙が止まらない。土鍋の中に涙が落ちないように、必死に顔を横に向けて啜り泣く私を見て、ジークさんがギョッとしたように目を見開いた。
「お、おいっ!? ど、どうした!? 熱すぎたか? それとも口に合わなかったか!?」
「ちがっ……違います……っ! お、おいひくて……温かくて……こんなに美味しいご飯、食べたの初めてで……っ!」
「……なんだ。焦らせるなよ」
私がボロボロと泣きながらおでんを頬張るのを見て、ジークさんはホッとしたように息を吐き、カウンター越しにそっと温かいお茶の入った湯呑みを差し出してくれた。
「ゆっくり食え。誰も取らねぇし、おかわりならいくらでもある」
ぶっきらぼうな口調だけれど、その声には不器用な優しさが滲んでいた。
私は鼻を啜りながら、出汁の一滴まで残さず土鍋を空にした。こんなに幸せな満腹感は、人生で初めてだった。
私が温かいお茶を飲んでようやく人心地ついた頃、カランカランと店先のベルが鳴り、勢いよく扉が開いた。
「ジークさーん! お腹すいたー! ランチの唐揚げ定食お願い!」
元気な声と共に現れたのは、これまた異世界ファンタジーを地で行くような女の子だった。
年は私より少し下くらいだろうか。動きやすそうなラフな格好に、足元はなぜかゴツい安全靴。そして何より目を引くのは、彼女の頭からピンと生えている、ふわふわのウサギの耳だった。
「お、村長。ちょうど良かった」
「ん? お客さん?」
ウサギ耳の女の子は、カウンターに座る私を見て不思議そうに首を傾げた。
ジークさんが私の事情(行き倒れていた一文無しであること)を手短に説明すると、彼女はポンッと手を打って私に近づいてきた。
「なるほどね! はじめまして、私はキャルル。このポポロ村の村長をやってるの!」
「む、村長さん!? あ、相沢華蓮です。ご親切にありがとうございます……」
「カレンちゃんね! うーん、カレンちゃん、今お仕事探してたりする? なんだかすごく賢そうな顔してるし」
「えっ?」
ジークさんが、横から口を挟んだ。
「彼女、今行く当ても職もなくてな。役場のほうで、何か仕事を与えてやってくれないか?」
「ちょうど良かった! 今、役場の書類仕事が溜まりすぎてて、私と財務のニャングルだけじゃパンク寸前だったんだよね。カレンちゃん、デスクワークとか計算って得意?」
デスクワーク。計算。
――それは、私が前世のブラック企業で、毎日毎日血反吐を吐きながら深夜までやらされていた業務そのものだった。
「はい! デスクワークなら得意です! パソコン……いえ、計算や書類整理なら、いくらでもやれます!」
「本当!? 助かるー! じゃあさ、とりあえずうちの役場で働いてみない?」
「働かせていただきます! あの、お給料とかお休みは……」
「えっとね、初任給は手取りで『銀貨250枚』。月に25日出勤だから、週に1〜2日はお休みね」
脳内で、さっき看板のメニューで見た物価を計算する。銀貨1枚がだいたい1000円くらい。つまり、手取りで約25万円。
「て、手取り25万……!?」
「あれ? 少ないかな? でも、昇給は年2回あるし、ボーナスもちゃんと出るよ?」
「い、いえ! 十分すぎます! ただ、その……私、一文無しで住むところもなくて……」
「あ、それなら大丈夫! 役場の職員用の寮があるから。ポポロ・コーポっていうアパートの202号室が空いてるよ。家賃は光熱費込みで月に『銀貨30枚(3万円)』で天引きしとくね。ご飯は、ジークさんのお店が職員食堂を兼ねてるから、社割で食べられるし」
私は、自分の耳を疑った。
手取り25万円。
ボーナスあり、週休二日。
家賃3万円の光熱費込み寮付き。
そして何より、ジークさんの作るこの絶品ご飯が毎日社割で食べられる……?
「……キャルル村長。一つだけ、聞いてもいいですか?」
「ん? なに?」
「残業は……月に何時間くらいありますか? もしや、みなし残業制とか、深夜手当が出ないとか……休日に謎のバーベキュー大会に強制参加させられるとか……」
ブラック企業に染まりきった私のトラウマが、警戒警報を鳴らす。
こんなに条件が良いなんて、絶対に裏がある。深夜3時まで書類の山に埋もれる未来しか見えない。
しかし、キャルル村長はきょとんとした顔で首を横に振った。
「残業? ないよそんなの。基本は朝9時から夕方5時まで。5時になったら、みんな速攻で帰ってポポロ亭でご飯食べるか、お酒飲むかしてるよ。残業なんてしたら、効率が悪いって財務のニャングルに怒られちゃうし」
定時退社。
それは、私の前世の辞書からは完全に消え去っていた、神話の中の言葉だった。
「……やります」
「え?」
「やらせていただきます!! 役場の書類整理なんて、民間ブラック企業に比べたら天国みたいなものです! 私、粉骨砕身、ポポロ村のために働きます!!」
私は勢いよく立ち上がり、キャルル村長の手をガシッと握りしめた。
私のあまりの気迫に、キャルル村長は少し引き気味に「う、うん、よろしくね?」と笑った。
カウンターの向こうで、ジークさんが呆れたように肩をすくめている。
「おいおい、そんなに気張らなくていい。この村は平和が取り柄のスローライフな田舎だ。お前は今日から、ゆっくり休んで、しっかり飯を食って、普通の生活を取り戻せ」
「ジークさん……」
普通の生活。
定時に帰って、温かいご飯を食べて、ふかふかのベッドで眠る。
ただそれだけのことが、私にとっては奇跡のように思えた。
こうして、私は異世界のポポロ村で、奇跡のようなホワイト待遇の就職先と、世界で一番温かい帰る場所を手に入れたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
行き倒れ寸前のカレンでしたが、無事に最高のご飯と、手取り25万・残業なし・寮完備という奇跡のホワイト職場をゲットしました!
ジークのおでん、美味しそう……と思っていただけたら嬉しいです。
次回は第3話! カレンが役場で【前世の事務チート】を発揮しつつ、ついにチートスキル【概念錬金】を初使用します! 人魚姫アイドル・リーザも登場しますのでお楽しみに!
「ホワイトな職場で働きたい!」「ジークのご飯が食べたい!」と思っていただけましたら、
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