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『限界社畜の異世界ホワイト転職〜『概念錬金』で村役場を無双していたら、元最強冒険者の料理人に胃袋を完全制圧されました〜』  作者: 月神世一


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第一章 「ブラックな現実からの完全なる決別と、世界一美味しい居場所」

月曜日の終電と、ジャージ姿の女神様からのスカウト

 ガタン、ゴトン。

 規則的な電車からの振動が、鉛のように重い身体を容赦なく揺らしていく。

 月曜日の午後十一時四十五分。

 日付が変わろうとしているこの時間、帰りの最終電車の中は、私と同じように魂を吸い取られたような顔をしたサラリーマンたちで埋め尽くされていた。

 車内に漂うのは、疲労と、わずかなアルコールと、諦めの入り混じったような、酷く重苦しい空気。スメルハザードなんて言葉が頭をよぎるけれど、それを気にする気力すらもう残っていない。

「あー……もう、本当に嫌だ……」

 窓ガラスに映る自分の顔を見て、私は小さく絶望の息を吐き出した。

 相沢華蓮あいざわ・かれん、二十四歳。

 大学を卒業して入社した中堅の商社は、絵に描いたような真っ黒なブラック企業だった。

 『やりがい』という名の定額使い放題プランで酷使され、残業代は「みなし」という魔法の言葉で消滅する。上司からは「お前は本当に可愛げがないな」「言われたこともできないのか」と毎日理不尽な精神攻撃を受け、膨大なエクセルデータと睨み合う日々。

 彼氏いない歴=年齢。

 休日は死んだように泥のように眠り、起きたらコンビニのツナマヨおにぎりをかじるだけ。たまにエビマヨが売り切れていると、理不尽に泣きたくなる。私の人生、一体どこで間違えたんだろう。

 今日だって月曜日だというのに、いきなり他部署の尻拭いを押し付けられ、気づけば終電だ。明日も朝の七時には出社しなければならない。布団という宇宙に帰還しても、数時間後にはまた満員電車という名のすし詰め地獄にドナドナされていくのだ。

「……もう、働きたくない。会社、辞めたい……。どこか遠くで、誰にも怒られずに、一からやり直したい……」

 ガタン、と電車が揺れた拍子に、ふと口からそんな本音がこぼれ落ちていた。

 誰に聞かせるつもりもない、ただの独り言。どうせこの車両に乗っている人間は、みんな死んだ魚の目をしているのだから、私の独り言なんて誰も気にしない。

「おっ。あんた、なかなかいい絶望っぷりね。見どころあるわ」

 ――えっ?

 不意に、すぐ隣から声がした。

 驚いて顔を上げると、いつの間に隣に座っていたのか、一人の女の人が私を覗き込んでいた。

 思わず目を疑った。

 年齢は私より少し下、高校生くらいに見える恐ろしいほどの美少女……なのだが、その格好がヤバすぎた。

 上下とも絶妙にダサい紫色の芋ジャージ。足元はなぜかツボ押しの突起がついた健康サンダル。手には半分ほど中身の減った缶ビールを持ち、もう片方の手にはゴツいスマホ(耐衝撃ケース入り)を握りしめている。

 深夜の終電に乗り込んでくるには、あまりにもラフすぎるというか、完全に部屋着のままコンビニから直行してきたような姿だった。

「あの……えっと?」

「あー、ごめんごめん。こっちも今日いろいろあってさー。上司のハゲには予算削られるし、同僚はサークルクラッシャーで仕事回らないし、月人君のライブのチケットは外れるしで、もう飲まなきゃやってらんないのよ」

「は、はぁ……」

 完全に絡み酒のテンションだ。関わってはいけない人種だと本能が告げているのに、あまりの美貌とジャージのギャップに思考が追いつかない。

「でも、ちょうど良かったわ。私、ルチアナ。一応、神様的なことやってる公務員みたいなもん。あんたみたいに限界まで社畜やってて、精神力だけは無駄に鍛え上げられてる魂、今のうちの世界の『市場ニーズ』にぴったりなのよね」

「神様……? 市場ニーズ……? すみません、ちょっと疲れてるみたいで、幻聴が……」

「幻聴じゃないわよ。あんた、『もう働きたくない、一からやり直したい』って言ったわよね? 採用。特別枠で異世界にスカウトしてあげる」

 ルチアナと名乗ったジャージの女神様(?)は、缶ビールをぐいっと飲み干すと、私の額にポンッと冷たい指先を当てた。

「契約成立。異世界に行くにあたって、ボーナスとしてユニークスキルを一つあげる。その名も【錬金術ラボ】。物質だけじゃなくて『概念』も混ぜ合わせられる、ちょっとしたチート能力よ。まあ、向こうで適当にスローライフでも満喫しながら、私の世界ゴッドチューブのPV率アップに貢献してちょーだい。派手なざまぁとかはいらないから、癒やし系で頼むわね」

 カッ! と。

 ルチアナの指先から、電車の蛍光灯とは比べ物にならないほど強烈な光が溢れ出した。

「えっ!? ちょっ、ちょっと待って! 明日の朝までに作らなきゃいけない会議の資料が……!」

「あははっ! 異世界に行くってのに、まだ仕事のこと気にしてるの!? どんだけ社畜なのよ! 大丈夫、あんたの代わりなんていくらでもいるから、自分の幸せだけ考えなさいな! じゃあね、良い異世界ライフを!」

 ジャージの女神様のカラカラとした笑い声を最後に、私の意識は真っ白な光の中へと完全に飲み込まれていった。

     * * *

「……う、うーん……」

 頬を撫でる、心地よい風。

 都会の排気ガスとは違う、土と草の匂い。

 鳥のさえずりに目を覚ました私は、ゆっくりと体を起こした。

「……ここ、どこ?」

 視界に飛び込んできたのは、見渡す限りの青い空と、豊かな緑の平原。そして、少し先に見える、木とレンガで造られたのどかな集落だった。

 私は……満員電車に乗っていたはずだ。スーツ姿のまま、愛用の安物のビジネスバッグを抱きしめて、こんな見知らぬ草原に座り込んでいる。

 パニックになりかけた頭の片隅で、ジャージ姿の女の人の言葉が蘇った。

 『採用。特別枠で異世界にスカウトしてあげる』

「まさか……本当に? 夢とか、過労による幻覚じゃなくて……?」

 頬をつねってみる。痛い。

 立ち上がり、自分の体を見下ろす。スーツの膝は少し泥で汚れているけれど、体はどこも痛くない。むしろ、ずっと肩にのしかかっていた酷い肩こりと倦怠感が、嘘のように消え去っていた。体が羽のように軽い。

 恐る恐る集落の方へと歩き出すと、木でできた素朴な看板が立てられていた。

 見慣れない文字なのに、なぜか脳内にすんなりと意味が翻訳されて入ってくる。

『歓迎・ポポロ村へ!』

「ポポロ、村……。本当に、異世界に来ちゃったんだ……」

 実感が湧いてくると同時に、急激に現実的な問題が頭をもたげてきた。

 待って。一からやり直したいとは言ったけど、いきなり放り出されても困る。

 所持金ゼロ。知り合いゼロ。当然ながら異世界の通貨なんて持っていないし、スマホも圏外(そもそも電波塔があるようには見えない)。

 ブラック企業からは解放されたかもしれないけれど、これ、下手をしたら今日の夜には野垂れ死ぬのでは?

 きゅるるるるるる。

 悲しいことに、見知らぬ異世界に来ても、お腹は空くらしい。

 昨日のお昼にコンビニのパンを一つ食べたきり、胃の中は空っぽだった。

 絶望的な空腹感と不安に襲われ、ポポロ村の入り口のゲートらしき門の前で、私は力なくしゃがみ込んでしまった。

「あぁ……神様。やり直したいとは言いましたけど、せめて初期費用というか、当座の生活費くらい欲しかったです……」

 ブラック企業での過労死は免れたけれど、異世界での餓死が待っているなんて、あんまりだ。

 せっかく『錬金術ラボ』なんていうチートっぽい能力を貰ったらしいのに、使い方も分からないし、そもそも錬金するための素材すら持っていない。

 どうしよう、と途方に暮れて泣きそうになっていた、その時だった。

「……おい。あんた、どうした?」

 頭上から、低くて、けれどどこか温かみのある男の人の声が降ってきた。

 ビクッとして顔を上げると、そこには信じられないほど整った顔立ちの男性が立っていた。

 年は私と同じくらいか、少し上。銀色がかった美しい髪に、鋭くも知的なアイスブルーの瞳。高身長で、シャツの上からでも分かるほど引き締まった体躯をしている。

 ただ、その精悍すぎる顔立ちと筋肉質な体に全く似合わない、白い前掛け(エプロン)を身につけており、手にはなぜか大きなお玉を握っていた。

「こんな村の入り口でうずくまって……腹でも減ってんのか?」

「あ、えと……はい。その、一文無しで、行き倒れる寸前でして……」

 情けなさすぎて消え入りたい気持ちで答えると、エプロン姿の美青年は、ふっと短く息を吐いて、呆れたように、けれどひどく優しい顔で笑った。

「そうか。まあ、何かの縁だ。良かったら、うちで温かい飯でも食っていくか?」

「えっ? で、でも……私、本当にお金なんて一円も持っていなくて……!」

「なーに、気にするな。あんたの顔を見れば、ひどく疲れてるのくらい分かる。お代はツケにしといてやるから、まずは腹を満たせ。話はそれからだ」

 青年はそう言って、私に大きな手を差し伸べてくれた。

 大きな手。温かい声。そして「温かい飯」という言葉。

 これまでの人生で、こんな風に無条件に誰かに優しくされたことなんてなかった私は、ブラック企業で枯れ果てていたはずの涙腺が、急に熱くなるのを感じた。

 それが、私と元・最強冒険者の料理人、ジークさんとの出会いだった。

 この数時間後、私がこの村の役場で「手取り二十五万・残業なし」という奇跡のような超ホワイト待遇で採用されることになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかったのだ。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

限界まで疲弊した主人公カレンが、異世界のホワイトな村で「美味しいご飯」と「自分の居場所」を見つけ、無双していくスローライフなお話です。

これから、ジークの作る絶品料理や、概念錬金術を使った痛快なお仕事無双がどんどん始まります!

「面白かった!」「続きが気になる!」「カレンに美味しいものを食べさせてあげたい!」と少しでも思っていただけましたら、

ぜひページ下部にある【ブックマーク登録】と、【星(評価ポイント)を☆☆☆☆☆→★★★★★】にタップして応援していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!

皆様の応援がカレンの定時退社を支える力になります。

次回の更新もどうぞお楽しみに!

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