神の権能(チート)は農作業に使え! 概念錬金で封じられたスマホと、炎天下の太陽芋掘り
神の権能は農作業に使え! 概念錬金で封じられたスマホと、炎天下の太陽芋掘り
雲一つない、抜けるような青空。
さんさんと降り注ぐ太陽の下、ポポロ村の郊外にある泥沼源蔵さんの畑は、今日も豊穣の緑に包まれていた。
「源蔵さん、おはようございます! 今日は強力な助っ人を連れてきましたよ!」
「おお、カレンちゃん! おはようさん。助っ人ってぇと、その後ろの……」
麦わら帽子を被った源蔵さんが、訝しげな目で私の背後を覗き込む。
私の後ろでは、紫色の芋ジャージを着たルチアナ様が、この世の終わりのような顔をしてうなだれていた。
「……あぢぃ。紫外線がお肌に刺さるわ……神の美白が台無しよ……」
「初めまして、源蔵さん。彼女はルチアナさん。ちょっと色々あって、今日から短期アルバイトとして源蔵さんの畑でお世話になることになりました。体力だけは無駄にあるので、こき使ってやってください」
「ほぉ、見かけによらず力持ちなんか。そりゃ助かるわい。今日は『太陽芋』の収穫なんじゃが、最近は出荷量が増えすぎて、ワシら農家のおっさんだけじゃ腰がもたんくてなぁ」
かつて『折れたス』の精神攻撃でへし折られていた源蔵さんだが、私が『内定レタス』に錬金してからはすっかり自己肯定感を取り戻し、毎日バリバリと働いている。
しかし、豊作すぎるのも農家にとっては嬉しい悲鳴だ。太陽芋は一つ一つが人間の子供の頭ほどもある巨大なサツマイモのような作物で、土から掘り出すだけでも相当な重労働になる。
「よーし、ルチアナ様。今日の一日のノルマは、この畝から向こうの端まで、太陽芋を百個掘り出すことです。終わるまでお昼ご飯抜きですからね」
「ひゃ、百個ぉ!? ちょっとあんた、神様に向かってなんちゅう肉体労働を……」
「借金、返す気ないんですか? じゃあジークさんを呼んできますけど」
「や、やります! やらせていただきますぅぅっ!」
ジークさんの名前を出した瞬間、ルチアナ様は悲鳴を上げてクワを握りしめ、畑へと飛び込んでいった。
ザクッ、ザクッと土を掘り返す音が響く。
さすがは腐っても神様。ジャージ姿とはいえ、その腕力は規格外だ。あっという間に巨大な太陽芋がボコボコと掘り出されていく。
「おぉっ! すげぇ力じゃ! あの小柄な体のどこにそんなパワーが……こりゃ助かるわい!」
「ふふ、これなら午前中にはノルマ達成できそうですね」
源蔵さんと共に、私は役場から持ってきた書類のチェックを進めながら、ルチアナ様の労働を見守っていた。
……しかし。
そんな真面目な労働風景が、長く続くはずもなかった。
「あー……もー無理。腰痛い。限界。神様の労働基準法違反よこれ」
開始からわずか三十分。
ルチアナ様はクワを放り投げ、畝の間にどっかりと座り込んでしまった。
「ルチアナ様。まだ十五個しか掘ってませんよ」
「うるさいうるさい! 私のデリケートな神の手には、こんな泥仕事は似合わないのよ! ちょっと休憩! 休憩タイム!」
そう言って、ルチアナ様はジャージのポケットから、あの諸悪の根源である『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。
「ふふふん。月人君の新しい配信アーカイブでも見よっと。あと、今日のログインボーナスもらって、ワンチャン単発ガチャ回せばSSRが出るかもしれないしぃ〜♪」
「……異世界のこんな辺境で、どうやって天界のネットに繋いでるんですか」
「神の権能よ! 常に私だけの専用電波が神界のサーバーと直結してるの! どんな田舎だろうと通信速度は爆速(5G以上)よ!」
ドヤ顔で言い放つ駄女神。
画面からは、アイドルのキラキラした歌声が流れ始めている。
私は、ピキッとこめかみに青筋が浮かぶのを感じた。
仕事もろくに終わっていないのに、スマホをいじってサボる。
前世のブラック企業で、私が徹夜で資料を作っている横で、後輩のゆとり社員が「ちょっと気分転換っス」と言ってスマホゲームを延々とプレイしていた光景がフラッシュバックした。
しかも、そのサボりのせいで尻拭い(借金返済の管理)をしているのは私だ。
許せるはずがない。
「源蔵さん。少しだけ離れていてください」
「お、おう。カレンちゃん、目が笑っとらんぞ……?」
私はスゥッと深呼吸をし、空中に右手をかざした。
網膜に半透明のウインドウ、『錬金術ラボ』が展開される。
「ルチアナ様。その便利な神の権能、少しお借りしますね」
「はぁ? なによ急に。あんたにはこのスマホは使えないわよ。神界の最新セキュリティが――」
「いいえ、端末には触りません。書き換えるのは『通信の概念』です」
私はウインドウの左側に、対象となる素材Aをセットした。
「素材A……ルチアナ様のスマホに繋がる『神界の専用電波(爆速通信)の概念』」
「素材Bは……!」
私は前世で、月末にスマホのデータ容量を超過してしまった時に味わった、あの忌まわしくも絶対的な『制限』を強くイメージした。
「【月末のギガ不足による、絶望的な通信制限(超低速化)の概念】! さらに特約として『労働ノルマを達成するまで解除不可』の誓約を付与!」
「えっ!? ちょっ、カレン、なに不吉なこと言って――」
「――錬金、開始!!」
私の手から放たれた淡い光が、ルチアナ様のスマホへと一直線に飛んでいき、アンテナのアイコンに吸い込まれた。
ピロンッ。
無機質な電子音と共に、ルチアナ様のスマホの画面に、デカデカと警告ウインドウが表示された。
『【通信制限のお知らせ】現在の通信速度は128kbpsに制限されています。制限解除には「太陽芋の収穫ノルマ達成」が必要です。労働に励みましょう。』
「……は?」
ルチアナ様がポカンと口を開ける。
画面の中で滑らかに踊っていた月人君の動画が、突如としてピタリと止まり、中央でローディングのマーク(くるくる回る円)が永遠に回り始めた。
「あ、あれっ!? 動画が止まった! 嘘、読み込まない! ガチャの画面も開かないわよぉぉっ!?」
ルチアナ様がスマホを振ったり叩いたりしているが、通信制限(概念レベル)の前には無力である。
画像一枚表示するのにも数十秒かかる、あの忌まわしき超低速モード。現代人(および現代の神)にとって、これほどストレスの溜まる拷問はない。
「カレン! あんた、私のスマホに何したのよぉぉっ!」
「だから言ったじゃないですか。通信制限です。労働が完了するまで、あなたのスマホは文鎮も同然です」
「解除して! 今すぐ解除しなさぁぁぁい!」
「いいですよ。残りの太陽芋を八十五個、綺麗に掘り出したら自動で解除されるシステムにしてあります。さあ、月人君の動画が見たいなら、さっさとクワを握ってください」
私は腕を組み、冷徹な現場監督のごとく見下ろした。
ルチアナ様はギリィッと歯を食いしばり、涙目でスマホと私を交互に睨みつけたが。
「うぅぅぅっ……月人くぅぅぅんっ! 待っててね、私、今すぐこの芋どもを粉砕して、あんたの笑顔を迎えに行くからぁぁぁっ!」
バァァァァンッ!!
動画を見たいという執念(推し活への異常な情熱)が、神の肉体と見事に噛み合った。
ルチアナ様はクワを両手で握りしめ、まるでブルドーザーのような勢いで畑の畝を掘り返し始めたのだ。
「どりゃあああああっ!! 月人君の! 笑顔を! 見せろぉぉぉっ!!」
「ひぃぃっ! カレンちゃん、あのねーちゃん、土ごと芋を宙に吹き飛ばしとるぞ!」
「源蔵さん、芋が傷つかないようにキャッチするカゴを用意してください。ペース上げますよ」
宙を舞う巨大な太陽芋を、源蔵さんと手分けして次々とカゴに収めていく。
ルチアナ様の労働効率は、先ほどの十倍以上に跳ね上がっていた。
『通信制限解除』という目の前のニンジン(報酬)をぶら下げられたオタクの行動力は、時に神をも超える。
ザクッ! ボコッ! ズドドドドッ!
あっという間に、畑の一列が綺麗に掘り返されていく。
私はストップウォッチ(心の中の)を片手に、彼女の進捗を完璧に管理し続けた。
「ルチアナ様、ペースが落ちてますよ! その速度じゃ、ガチャの更新時間に間に合いませんよ!」
「うるさぁぁぁい! 分かってるわよぉぉぉ!」
……そして、一時間後。
「はぁ……はぁ……ぜぇ……はぁ……終わっ……た……」
泥まみれになり、紫の芋ジャージをドロドロにしたルチアナ様が、畑の端で大の字に倒れ伏した。
見事に、百個の太陽芋がカゴの中に山積みになっている。
「お疲れ様でした、ルチアナ様」
「いやぁ……カレンちゃん、あんたホンマに凄い現場監督じゃ。ワシらなら一日がかりの仕事を、たった午前中で終わらせてしもうた……」
源蔵さんが、私の事務管理能力(と概念錬金のえげつなさ)に感服して拍手を送ってくれた。
ピロンッ。
その時、ルチアナ様のスマホから軽快な音が鳴った。
『【制限解除】ノルマ達成を確認しました。通信制限を解除します。』
「あぁぁっ……! 月人君……っ!」
ルチアナ様は泥だらけの手でスマホを抱きしめ、滑らかに動く動画を見て、ボロボロと感動の涙を流し始めた。
労働の後の通信環境は、さぞかし格別だろう。
「さて、午前中のシフトはこれで完了です。お昼ご飯を食べたら、次は自警団の武器庫の清掃ですよ」
「えっ……まだあるの……?」
「当たり前じゃないですか。あなたの借金、銀貨五枚どころじゃないんですからね。サボったら、次は『強制ログアウトの概念』を錬金しますよ」
「鬼ぃぃぃっ! カレンの鬼、悪魔ぁぁぁっ!」
絶叫するルチアナ様を無視して、私はスマホならぬ、自分のお腹に手を当てた。
グゥゥ〜。
私も立ちっぱなしで管理業務をしていたせいか、すっかりお腹が空いてしまった。
「さあ、お昼休憩にしましょう。ジークさんのところに行けば、とびきり美味しい『まかない飯』が待ってますから」
ジークさんの作るご飯。
その言葉を思い浮かべただけで、私の足取りは自然と軽くなる。
泥まみれの女神を引きずりながら、私は意気揚々とポポロ亭への帰路についたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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