クレカ残高パンク女神。元社畜OL、丸めたルナミス新聞で神に説教する
クレカ残高パンク女神。元社畜OL、丸めたルナミス新聞で神に説教する
翌朝。
ポポロ亭の二階にある空き部屋から、けたたましい悲鳴が響き渡った。
「いやぁぁぁぁっ!? なによこれ! 私のエンジェルすまーとふぉんの明細が全部出てるじゃないのぉぉっ!」
ドタドタと階段を駆け下りてきたのは、紫色の芋ジャージを着た駄女神・ルチアナ様だった。
彼女は寝癖でボサボサになった金髪を振り乱しながら、顔面を土気色にして一階の食堂へと転がり込んできた。
その頃、私はポポロ亭のカウンターで、ジークさんが作ってくれた絶品の朝定食(ふっくら米麦草と肉椎茸のお味噌汁)を優雅に堪能しているところだった。
私の隣には、すでに朝の炊き出し(パンの耳)を終え、お茶をすすっているリーザちゃんが座っている。
「おはようございます、ルチアナ様。随分と目覚めが良いですね」
「か、カレン! あんた、人のバッグを勝手に開けたわね!? これは神への冒涜よ!」
「開けたのは私じゃありません。リーザちゃんです」
私が横に視線を向けると、リーザちゃんは手元の湯呑みを置き、ルチアナ様に向けて深々と、そしてひどく同情に満ちた生温かい視線を送った。
「ルチアナ様……昨夜はサケスキーを飲んでそのまま寝潰れてしまったので、私がバッグの中を整理しておきましたの。督促状、シワになっていたので綺麗に伸ばして束ねておきましたわ」
「余計なお世話よ! っというか、なんであんたそんな悟りを開いた仏みたいな顔で私を見てるのよ!」
ルチアナ様は涙目で自分のスマホ――エンジェルすまーとふぉんを操作し、画面を見て再び「ヒィッ」と悲鳴を上げた。
「……あのですね、ルチアナ様」
私はお箸を置き、お茶で口を清めてから、カウンターの上に綺麗に揃えられた督促状の束をトントンと指差した。
「昨夜、リーザちゃんと一緒にこの明細を拝見させてもらったんですけど……」
「み、見ないでぇ! 乙女のプライバシー!」
「限度額百万円のうち、九十九万九千円が使用済み。残高はたったの千円。しかも、その利用履歴の内訳がひどすぎます」
私は前世の経理部で鍛え上げた、無慈悲な監査官の冷徹な声色で内訳を読み上げた。
「『朝倉月人アリーナツアーVIP席チケット』『月人君特製抱き枕カバー』『エステティックサロン・セレスティア特別コース』……そして極めつけは、『月人君コラボソシャゲ・限定SSR確定ガチャ10連×50回』」
「うっ……!」
「神様が、予算をソシャゲのガチャとアイドルの推し活に全ツッパして借金まみれになるって、どういうことですか。大宇宙管理局のカスタマーハラスメント部から『強制執行予告』まで届いてますよ」
ルチアナ様は図星を突かれ、ビクッと肩を震わせた。
「し、仕方ないじゃない! 月人君の限定SSRがどうしても引けなかったのよ! しかも天井設定がない極悪ガチャだったのよ!? 私だって被害者よ!」
「被害者ぶらないでください」
私はカウンターの横に置いてあった『ルナミス新聞』(一部銅貨一枚で買える、ゴシップと競馬情報が満載の庶民の娯楽紙)を手に取った。
そして、それを筒状にクルクルと硬く丸め、ガムテープで端をピッチリと留める。前世で、言うことを聞かない後輩の尻を叩くために愛用していた、特製『ハリセン(新聞紙ver)』の完成だ。
「ちょ、カレン? なにそれ、なんか固そうなんだけど……」
後ずさるルチアナ様を逃さず、私は彼女の前に立ち塞がった。
「いいですか、ルチアナ様」
ポカッ!
「痛っ!?」
丸めたルナミス新聞紙が、ルチアナ様の広い額にクリーンヒットした。
「神様だろうが何だろうが、自分の稼ぎ以上の支出をするのは社会人として失格です!」
ポカッ!
「あいたっ! なにすんのよ、神様に向かって!」
「しかも、昨夜のサケスキーのボトル代と、ポポロ亭の宿泊費。合わせて銀貨五枚の借金がさらに追加されています。残高千円のあなたが、どうやってこれを払うんですか!」
ポカッ! ポカポカポカッ!
「あ痛っ! やめて、ごめんなさい! 叩かないでぇぇっ!」
「カレンお姉様のツッコミのキレ、すごいですわ……」
リーザちゃんが横で感心したように拍手をしている。
私はルチアナ様の頭を連続でポカポカと叩きながら、前世のブラック企業で、無能な上司の経費の使い込みを処理させられた時の熱い怒りを込めて説教を続けた。
「そもそも、あなたが私に『概念錬金』なんてチートスキルを渡したのは、私がこの村を潤わせて、ゴッドチューブのPVを稼ぐためですよね!? なのに、プロデューサーであるあなた本人が借金で破産寸前なんて、本末転倒じゃないですか!」
「うぅぅ……だってぇ、月人君が……月人君が私に『課金してね♡』ってウインクしたのよぉぉ……」
「してません。それはただの画面のピクセルです。現実を見なさい!」
パコーンッ! と、ひときわいい音を立てて新聞紙がルチアナ様の頭にクリティカルヒットした。
「あぁぁん! 痛いぃぃっ! わ、分かったわよぉ! じゃあどうすればいいのよぉ! 今月末までに払わないと、天界の黒服レスラーがやってきて、私、マグローザ漁船(遠洋マグロ漁業)にドナドナされちゃうのよぉぉ!」
ルチアナ様はついに床に崩れ落ち、紫の芋ジャージを涙と鼻水で濡らしながら私にすがりついてきた。
「……全く。神様がマグロ漁船に乗るなんて、前代未聞の不祥事ですよ」
私は丸めた新聞紙をポンポンと手のひらに打ち付けながら、冷たく見下ろした。
この駄女神を甘やかすつもりは毛頭ない。だが、ここで彼女がドナドナされて、私の平穏なスローライフに神界からの余計な監査やペナルティが及ぶのは避けたい。
「ルチアナ様。このポポロ村には、借金を返すための仕事ならいくらでもあります。幸い、あなたのその無駄に頑丈な神の肉体は、肉体労働にはうってつけでしょう」
「に、肉体労働……? いやよ! 私は永遠の17歳の美少女女神よ! 泥まみれになるなんて絶対お断り!」
ルチアナ様がワガママを言いかけた、その時だった。
「……随分と威勢がいいじゃねぇか、居候」
厨房の奥から、圧倒的な冷気を纏った声が響いた。
ジークさんが、片手で巨大な包丁をクルクルと回しながら、氷のように冷たい視線でルチアナ様を見下ろしていた。
「ひぃっ……!」
「カレンの厚意でツケにしてやってるが、俺はお前みたいな図々しい奴に、タダでうちの飯を食わせるほどお人好しじゃねぇんだ。……カレンの言う通り働いて借金を返すか、それとも、俺が今ここでお前を氷漬けにして、天界のカスハラ部に着払いで送りつけてやろうか?」
ジークさんの放つ、元S級冒険者としての『本気の殺気』に触れ、ルチアナ様の顔色が青から白へと瞬時に色褪せた。
「は、働きます!! 泥まみれでもなんでもやりますぅぅぅっ!!」
ルチアナ様はジャンピング土下座を決め、床に額を擦り付けた。
神様すら一瞬で屈服させるジークさんの凄みに、私は内心で拍手喝采を送った。やっぱりジークさんは頼りになる。
「よろしい。では、ルチアナ様。今日からあなたには、ポポロ村の農業支援プログラムに強制参加していただきます。私が完璧なシフト表と、返済計画書を作ってあげますからね」
私は前世の社畜時代に培った『絶対に逃げられないブラック・スケジュール管理』のスキルをフル稼働させ、頭の中でエクセルシートを構築し始めた。
「まずは源蔵さんの畑で太陽芋の収穫。そのあとは、自警団の武器庫の清掃。夜はポポロ亭の皿洗い。時給は相場より少し高めに見積もってあげますから、睡眠時間以外はフル稼働で働いてください」
「お、鬼ぃぃっ! カレンの鬼ぃぃぃっ!!」
「鬼じゃありません。真っ当な債権回収です。さあ、泣いている暇があったら畑に行きますよ!」
私はルチアナ様の芋ジャージの襟首を掴み、ズルズルと役場の方角へと引きずり始めた。
「あぁぁぁっ! 誰か助けてぇ! リーザ! リーザちゃん助けてぇ!」
「……ルチアナ様。労働の後のご飯は、とっても美味しいですわよ。頑張ってくださいまし」
リーザちゃんはカウンターでお茶をすすりながら、菩薩のような笑みで手を振って見送った。
「ジークさん、いってきます! お昼には戻りますね」
「おう。無理すんなよ。……ジャージ女がサボったら、いつでも俺を呼べ」
「はい!」
私が笑顔で手を振ると、ジークさんは少しだけ口角を上げて頷いてくれた。
借金まみれの駄女神と、それを管理する元社畜OL。
ポポロ村の平和な空の下に、ルチアナ様の悲痛な叫び声が響き渡る。
異世界スローライフは、神様にとっても(自業自得とはいえ)なかなか世知辛いものらしい。
私は丸めたルナミス新聞を片手に、足取り軽く畑へと向かった。
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