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『限界社畜の異世界ホワイト転職〜『概念錬金』で村役場を無双していたら、元最強冒険者の料理人に胃袋を完全制圧されました〜』  作者: 月神世一


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偽ブランドバッグと督促状の束。アイドル人魚姫、女神の顔面でゆで卵を割る

偽ブランドバッグと督促状の束。アイドル人魚姫、女神の顔面でゆで卵を割る

 その日の夜、ポポロ村の食堂『ポポロ亭』は、いつもとは少し違う異様な空気に包まれていた。

「ぷっはーっ!! やっぱ仕事(?)の後の酒は効くわねー!!」

 カウンターの端で、紫色の芋ジャージを着た女神・ルチアナ様が、木製のジョッキを片手に下品な声を上げていた。

 結局、私があまりにも冷酷に「タダ飯は許さない」と宣告したため、ルチアナ様は半泣きになりながら「じゃあ一番安いお酒とツマミだけでいいから!」と懇願してきたのだ。

 哀れに思った私が前借りという形で小銭を貸し(もちろん後で労働で返してもらう)、ジークさんが渋々出した『米麦草の焼酎の薄め水割り』と『塩ゆで枝豆』だけで、彼女はものすごい勢いで出来上がっていた。

「おい、カレン。あのジャージ女、本当に神様なのか? どう見てもタチの悪い酔っ払いのオッサンにしか見えねぇんだが」

「……私にも分かりません。ただ、私の【概念錬金】をくれたのはあの人(?)なので、一応恩人ではあるんです」

 厨房で鍋を振りながら、ジークさんが呆れたように肩をすくめる。彼の目には、ルチアナ様への敬意など微塵もない。

 私も、隣で『肉椎茸と太陽芋のホクホクグラタン』という絶品料理を頬張りながら、ため息をついた。

 と、その時。

 カランカラン、と扉が開いて、いつもの水色のツインテールの少女が店に入ってきた。

「こんばんは、カレンお姉様! ジーク様! 今日の『Love & Money』ライブも、現物支給の差し入れが大漁でしたわ!」

 こちらも紫色の芋ジャージに健康サンダルという出立ちの、人魚姫アイドル・リーザちゃんだ。

 彼女は差し入れでもらったパンの耳の入った袋を大事そうに抱えながら、私の隣の席にちょこんと座った。

 そして、ふと隣でクダを巻いているルチアナ様に気づく。

「あら? カレンお姉様、そちらのジャージの方は?」

「あ、えっとね。私の知り合いで、ルチアナさんっていうんだけど……一応、神様らしいの」

「神様!? まさか、お金の神様ですの!?」

 リーザちゃんの瞳が、一瞬で「¥」の形に光った。

 彼女の視線が、ルチアナ様の足元に無造作に置かれているバッグにロックオンされる。

 ルチアナ様は服装こそジャージだが、バッグだけはなぜか『ハイブランド風のロゴがデカデカと入った、ギラギラした高級そうなバッグ』を持っていたのだ。

(あ、あのバッグ……絶対にお金持ちですわ! 神様なら、さぞかし金貨をたんまりと持っているに違いありません! 私の【貧乏神】スキルとお近づきになって、お布施スパチャを頂かなくては!)

 リーザちゃんの心の声が、顔にデカデカと書いてある。

 彼女はサッと表情を『清楚で健気なアイドル』モードに切り替えると、ルチアナ様の隣へとすり寄った。

「初めまして、ルチアナ様! 私、リーザと申しますわ。神様にお会いできるなんて光栄です!」

「ん〜? なによあんた。可愛い顔して、服装は私とドッコイドッコイじゃないの。ジャージ仲間ね、ガハハ!」

「ふふっ、お戯れを。ルチアナ様のような気高い神様が、水割りなんて水くさいですわ! ジーク様! ここに『サケスキー』のボトルを一本お願いします!」

 リーザちゃんがバンッとカウンターを叩いて注文した。

 サケスキーといえば、度数37度を誇る高級酒だ。それをボトルで頼むなんて、パンの耳で生活しているリーザちゃんにとっては破格の投資である。

 もちろん、彼女の目論見は明白だ。ルチアナ様を高級酒でベロベロに酔わせて、足元の高級バッグから気前よくお金を毟り取ろうという腹算段である。

「お、おいリーザ。あの神様、お前が思ってるような金持ちじゃ……」

「カレンお姉様は黙っていてくださいまし! これはアイドルとしての立派な営業(接待)ですわ!」

 私が止めるのも聞かず、リーザちゃんはジークさんから受け取ったサケスキーのボトルを開け、ルチアナ様のジョッキにドボドボと注いだ。

「さあさあ、ルチアナ様! 今夜は私が注ぎますから、グイッといってくださいまし!」

「おっ!? なになに、あんた気が利くじゃないの! 若いのに偉いわねぇ〜! ぐびっ、ぐびっ、ぷっはー!! クゥ〜ッ、五臓六腑に染み渡るわぁ!」

「さすが神様! 飲みっぷりも神がかってますわ! さあ、もう一杯!」

「おうおう、注げ注げ〜!」

 リーザちゃんの見事なヨイショに乗せられ、ルチアナ様は度数37度のサケスキーを水のようにあおっていく。

 神様とはいえ、アルコールには勝てないらしい。ものの十分もしないうちに、ルチアナ様の顔は茹でダコのように真っ赤になり、目は完全に据わってしまった。

「あははははっ! だーからオリンのハゲはダメなのよぉ! 私の予算ばっかり削ってさぁ! 月人君のグッズ買うためなら、国費の横領くらい目をつぶれってのよぉぉ!」

「そ、そうですわねー。神様も大変ですわねー(月人君? 誰ですの?)」

 完全に出来上がったルチアナ様は、やがて「もう飲めなぁ〜い……」と呟き、カウンターに突っ伏して大きないびきをかき始めた。

 ZZZZZ……。

 撃沈。完璧なタイミングだ。

 リーザちゃんはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべると、素早い手つきでルチアナ様の足元にあった『高級ブランドバッグ』を引っ張り上げた。

「くっくっく……神様、ごちそうさまですわ。このバッグ、見るからに特注品……さぞや中身も……」

 リーザちゃんはワクワクしながら、バッグの留め具を外そうとした。

 しかし、その留め具の金属パーツに触れた瞬間、彼女の表情がピタリと止まった。

「……あれ?」

 リーザちゃんはバッグのロゴマークを指で擦り、縫い目をじっと見つめる。

 アイドルとして、これまでルナミスデパートの試供品コーナーやブランドショップを無銭で巡回し、数多の高級品を『見るだけ』で養ってきた彼女の審美眼が、無慈悲な真実を告げていた。

「これ……合成皮革ですわ。しかもロゴの綴りが『LOUlS VUITTON(ルイ・ヴィ◯ン)』じゃなくて、『LOUlS MUTTONルイ・マトン』になってますの……。バ、バリバリの偽物パチモンじゃないですか!」

「だから言ったのに……」

 私がため息をつきながらハーブティーをすすると、リーザちゃんはワナワナと震えながら、それでも諦めきれずにバッグの中身をガサゴソと漁り始めた。

「こ、小銭くらいは入ってるはずですわ! サケスキーのボトル代を回収しなければ、私が破産してしまいますの!」

 リーザちゃんの手が、バッグの底から分厚い『紙の束』を引っ張り出した。

 お札か!? と一瞬期待したリーザちゃんだったが、その紙の束を見た瞬間、彼女の顔色がサァッと青ざめ、やがて土気色へと変わっていった。

「これ……『大宇宙管理局・カスタマーハラスメント部』からの……【エンジェルすまーとふぉん・未払い料金督促状】……?」

 リーザちゃんが震える声で読み上げたその紙には、赤いスタンプでデカデカと『最終警告』『強制執行予告』『限度額オーバー』という恐ろしい文字が躍っていた。

 パラパラとめくると、どれもこれも凄まじい金額の請求書ばかりだ。ソシャゲの課金履歴や、ハイブランド(本物)の通信販売履歴がズラリと並んでいる。

「……限度額、100万円……。すでに99万9千円使用済み……。残高、千円……」

 リーザちゃんは、手の中の督促状の束と、カウンターで涎を垂らして寝ているルチアナ様を見比べた。

 その瞬間、リーザちゃんの瞳から、先程までの『強欲なアイドル』の光が完全に消え失せた。

 代わりに浮かんだのは、すべてを悟ったような、深い深い同情と、底辺で生きる者同士の『生温かい連帯感』だった。

「……神様って、大変なんですのね」

 リーザちゃんはポツリと呟くと、督促状を丁寧に畳んで、偽ブランドバッグの中へとそっと戻した。

 そして、自分のジャージのポケットから、大切にラップで包まれた『茹で卵』を一つ取り出した。今日のお昼に、炊き出しでもらって残しておいた貴重な食料だ。

 リーザちゃんは茹で卵を握りしめると。

 ガツンッ!!

「ぐほぁっ!?」

 容赦のないフルスイングで、眠っているルチアナ様の広い額に茹で卵を叩きつけた。

「な、何すんのよぉぉ!? 痛いじゃないのぉぉ!」

「ルチアナ様、起きてください。ご飯の時間ですわ」

 飛び起きて額を押さえるルチアナ様に対し、リーザちゃんは慈愛に満ちた聖母のような笑みを浮かべながら、綺麗にひび割れた茹で卵の殻をスルスルと剥き始めた。

「ちょっと、あんたさっきまで機嫌良くお酒注いでくれてたのに、なんでいきなり顔面に卵ぶつけるのよ!?」

「いいから、食べてくださいまし。これ、タンパク質が豊富で、腹持ちがいいんですのよ。私もパンの耳と一緒に、よく食べてますの。……私たちは、仲間ですわ」

 リーザちゃんは、殻を剥いたツルツルの茹で卵を、有無を言わさぬ圧でルチアナ様の口にグイッとねじ込んだ。

「もごっ!? ふぐっ……んぐっ……」

「喉が詰まりますわよ。お水、飲んでくださいまし」

「げほっ、ごほっ……な、なんなのよ急に……っ! でも、茹で卵……美味しいわ……ぐすっ」

 なぜか涙目になりながら茹で卵を咀嚼する女神と、それを生温かい目で見守る人魚姫アイドル。

 紫色の芋ジャージを着た二人の間に、言葉にはできない謎の絆(貧困層の連帯)が生まれていた。

「……なんなんだ、あのカオスな光景は」

 厨房から顔を出したジークさんが、呆れ果てた顔で呟く。

「私にも分かりません。でも、一つだけ分かったことがあります」

 私は、空になったサケスキーのボトルを指差した。

「ルチアナ様の借金に、このボトル代が上乗せされたってことです。……明日から、みっちり働いてもらわないといけませんね」

 私は前世の社畜時代に培った『絶対に逃さない労務管理』のスキルを脳内で起動させながら、冷ややかな視線で茹で卵を喉に詰まらせている駄女神を見つめた。

 ポポロ村の平和な夜は、底辺の絆と借金の気配と共に更けていくのだった。

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