第二章 駄女神・借金返済してしまう
永遠の17歳(自称)降臨! 突然やってきた女神様はタダ飯を要求する
ポポロ村の昼下がり。
今日も私は、役場のデスクで心地よい疲労感と共に書類の山を片付けていた。
「よし、今月の『内定レタス』の出荷伝票、チェック完了です。ニャングルさん、お願いしますね」
「おお、カレンちゃん! ホンマに仕事早くて助かるわぁ。これで今月の予算もウハウハやで!」
煙管を片手に算盤を弾くニャングルさんが、ドル袋のような目をして歓喜の声を上げる。
悪徳商人バルドを撃退して以来、ポポロ村の特産品は適正かつ高待遇な価格で取引されるようになり、村の財政はかつてないほどの黒字を叩き出していた。定時退社は完全に守られ、夕方になればジークさんの作る絶品ご飯が待っている。
まさに、元社畜OLの私にとっては理想の異世界スローライフだ。
そんな平和な空気を切り裂くように、表の通りから尋常ではない騒音が響いてきた。
ブロロロロロォォォォッ!!
「な、なんや今の音!?」
「魔獣の鳴き声!? 自警団を呼んで!」
キャルル村長がガタッと椅子から立ち上がり、腰のトンファーに手をかける。
しかし、窓から外を覗き込んだ私は、思わず目を瞬かせた。
「……キャルル村長、魔獣じゃないみたいです。あれ……車ですよね?」
土煙を上げて村の中央広場に停まったのは、漆黒のボディにギラギラと輝く装飾が施された、いかにも高級そうな『魔導車』だった。
ルナミス帝国などの大都市では走っているらしいが、のどかな辺境のポポロ村には圧倒的に不釣り合いな代物だ。
「帝都の貴族のお忍び旅行か? それともまた面倒な商人が来たんか……?」
ニャングルさんが警戒しながら役場の外へ出る。私とキャルル村長もそれに続いた。
広場には、物珍しさから村人たちが遠巻きに集まってきている。
やがて、プシューッという音と共に魔導車の後部ドアが開き、中から一人の人物が降り立った。
美しい金糸の髪。透き通るような白い肌。この世のものとは思えないほどの神々しい美貌。
――なのだが。
服装は、絶妙にダサい紫色の『芋ジャージ』。足元には、ツボ押しの突起がびっしりとついた『健康サンダル』。
手には半分ほど空になった缶ビールを持ち、もう片方の手にはゴツいスマホ(エンジェルすまーとふぉん)を握りしめている。
「あー……お尻痛い。やっぱり魔導車のサスペンションって、長時間乗ると腰にクるわね」
缶ビールをあおりながら、バリボリとお尻を掻くその姿。
間違いない。私が月曜日の終電で出会い、この異世界に強制転移させた張本人。
「ルチアナ……様?」
「ん? あら、カレンじゃない。元気にしてた?」
女神ルチアナだった。
神々しさのかけらもない態度で片手を上げる彼女を見て、私は真っ先に、停まっている高級魔導車のナンバープレートに目を向けた。
「……ルチアナ様。なんでこんな高級車に乗ってきたのかと思ったら、ナンバープレートにバッチリ『わ』って書いてありますよ。レンタカーじゃないですか」
「げっ! なんでそんなとこ見てんのよ! 見栄張って一番高いの借りてきたのに!」
「見栄を張るなら、まずそのジャージと健康サンダルをどうにかしたほうがいいと思います」
私の冷静なツッコミに、ルチアナ様は「うるさいうるさい!」と顔を真っ赤にして缶ビールを煽った。
「げぇっ……オバッ……」
その時、私の隣にいたキャルル村長が、ルチアナ様の顔を見て信じられないものを見たように固まり、思わず口を滑らせた。
「オバ……?」
「キャルル、あんた今『オバサン』って言いかけたわね!?」
ルチアナ様の顔から酔いが一瞬で吹き飛び、鬼の形相でキャルル村長に詰め寄る。
「わ、私は永遠の17歳よ! 17歳! 誰がどう見てもピチピチの17歳でしょうが!」
「む、無理があるよ! そのジャージといい、缶ビールといい、平日の昼間からパチンコ屋に入り浸ってるオッサン……いや、近所のおばちゃんにしか見えないよ!」
「言ったわねこの駄兎! 天界の権限で今すぐあんたの村の降水確率を一年中ゼロにしてやろうか!」
「や、やってみろー! 満月の日に天界までカチコミかけてやる!」
ギャーギャーと子供のような言い争いを始める女神と村長。
私は大きくため息をつき、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「……で、ルチアナ様。今日は一体何をしにポポロ村まで? ゴッドチューブの配信はお休みですか?」
私が割って入ると、ルチアナ様はハッとしたようにコホンと咳払いをした。
「そうよ、大事な用事があって来たのよ。最近、神界のネットワークでも噂になってるわよ。ポポロ村が『内定レタス』とかいう謎の特産品でボロ儲けしてるって」
「まあ、おかげさまで」
「それってつまり! 私があんたに渡したユニークスキル【概念錬金】のおかげで、村が潤ったってことよね!?」
ルチアナ様はズイッと私に顔を近づけ、ドヤ顔で言い放った。
「あんたが幸せなスローライフを送れてるのも、全部この心優しい女神ルチアナ様のおかげなわけ! 分かるわね?」
「はぁ。まあ、きっかけをくださったことには感謝しています」
「よろしい!」
ルチアナ様は満足げに頷くと、バンッと自分の胸を叩いた。
「はーっ、長旅で喉が渇いたわ〜! 私も潤いたいわ〜! 最高級のサケスキー(高級酒)と、ポポロ亭の美味い肉をタラフク食べさせなさい! もちろん、女神への『お布施』として全額タダでね!」
……なるほど。
神界での予算が尽きたか、あるいは推し活でお金を使いすぎたか。
とにかく、金欠の駄女神が、私が村でうまくやっているという噂を聞きつけて、タダ飯とタダ酒にありつこうと寄生しに来たわけだ。
ポポロ亭。ジークさんの作る大切なお店。
私の大好きなご飯の時間と、ジークさんの料理を、こんな理由で食い物にされるわけにはいかない。
「……タダ飯、ですか」
スゥッ、と。
私の中で、前世で理不尽なクレーマー客を何百人も撃退してきた『社畜の防衛本能』が完全に覚醒した。
「な、なによ……」
ルチアナ様が、私の顔を見て一歩後ずさる。
今の私はきっと、口元だけは笑っているけれど、目は完全に笑っていない『絶対零度の営業スマイル』を浮かべているはずだ。
「ルチアナ様。確かに私は、あなたからスキルを頂きました。しかし、そのスキルを運用し、実際に村を潤わせたのは、私とキャルル村長、ニャングルさん、そして農家の皆さんの『労働』の結晶です」
「そ、それはそうだけど……」
「それに、ポポロ亭は慈善事業ではありません。ジークさんが丹精込めて作った料理を、お金も払わずに食べようなど……」
私は一歩踏み出し、ルチアナ様を冷たく見据えた。
「そうは問屋が卸しませんよ。働かざる者、食うべからず、です」
「ひっ……!」
ただの人間であるはずの私の迫力に、腐っても女神であるはずのルチアナ様が怯えたように肩を震わせた。
前世でブラック企業の理不尽に耐え抜いた社畜のメンタルを、舐めないでいただきたい。
神様だろうが何だろうが、私の平穏な日常とジークさんのご飯を脅かす者には、容赦しない。
「うぅぅ……わ、分かったわよ! じゃあ、ツケ! ツケにして! 私、実は今月のクレジットカードの支払いがヤバくて、お腹ペコペコなのよぉぉ!」
ついに本音を叫んで泣きつき始めた駄女神の姿に、私は深く息を吐いた。
異世界スローライフに訪れた新たなトラブルの種。
どうやら、私の【概念錬金】と事務処理能力は、このポンコツ女神の借金返済という、とんでもないミッションに挑まなければならないらしい。
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