さよならブラック企業、よろしく私の異世界〜ここは世界で一番美味しくて、大好きな私の『帰る場所』〜
さよならブラック企業、よろしく私の異世界〜ここは世界で一番美味しくて、大好きな私の『帰る場所』〜
チュン、チュン、チュン。
小鳥のさえずりと共に、窓の隙間から差し込む朝の眩しい光で、私はゆっくりと目を覚ました。
「んんっ……ふわぁ……」
気持ちのいい伸びをして、体を起こす。
ポポロ・コーポ202号室(家賃3万円・光熱費込み)の、ふかふかのベッド。
視線を下げると、私服の上から、見覚えのある大きな黒い上着が掛けられていた。少しだけ、ジークさんのお店のスパイシーで温かい匂いがする。
「あ……私、昨日お店で寝落ちしちゃったんだ……」
慌てて記憶を辿る。
死甲虫機との激戦の後、ポポロ亭でお疲れ様会をして……ジークさんに作ってもらった『ハニーかぼちゃのホットミルク』を飲んで、そこから先の記憶がない。
どうやら、カウンターで爆睡してしまった私を、ジークさんがこの寮の部屋まで運んでくれたらしい。
いくら疲れていたとはいえ、大の大人が運ばれるまで全く起きないなんて、いくらなんでも無防備すぎる。前世では、電車の中で寝過ごさないように、常に浅い眠りしかできていなかったのに。
「……そっか。私、安心しきってたんだな」
ジークさんの隣なら、ポポロ村の仲間たちのそばなら、絶対に何があっても大丈夫だって。魂の底からリラックスしていたからこそ、あんなに泥のように眠れたのだ。
上着を抱きしめると、彼の不器用な優しさが伝わってくるようで、頬が自然と緩んだ。
身支度を整え、ジークさんの上着を丁寧に畳んで抱き抱え、寮を出る。
清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、私は役場へ出勤する前に、日課となっている『ポポロ亭』の朝食へと向かった。
カランカランッ。
扉を開けると、すでに仕込みを始めていたジークさんが、布巾で手を拭きながらこちらを振り返った。
「おはよう、カレン。随分とよく寝てたな」
「お、おはようございます! 昨日はごめんなさい、私ったらお店で寝落ちしちゃうなんて……。お部屋まで運んでくれて、ありがとうございました。これ、お洋服お返しします」
私が上着を差し出すと、ジークさんは少し照れくさそうにそれを受け取り、「気にするな」と短く返した。
「疲れてたんだろ。それに、お前がいねぇと俺の相棒が務まらねぇからな。しっかり休ませるのも俺の役目だ」
「ジークさん……ふふっ、ありがとうございます。これからは、眠くなる前にちゃんとお家に帰りますね」
「……あぁ。だが、無理して起きとく必要はねぇぞ。いつでも俺が運んでやる」
サラリととんでもない過保護発言が飛び出したが、彼のアイスブルーの瞳があまりにも真剣だったので、私は照れ隠しに誤魔化すようにカウンター席に座った。
「そ、それより朝ごはんです! お腹ペコペコです!」
「たくっ……色気より食い気かよ。ほら、お待ち遠さん」
ドンッと目の前に置かれたのは、朝のポポロ亭の定番メニュー『ポポロ亭特製・朝定食』だ。
ふっくらと炊き上がった米麦草のご飯に、熱々のワカメとお豆腐のお味噌汁。
小鉢には、シャキシャキの『内定レタス』のミニサラダと、シープピッグの厚切りベーコンエッグ。
そしてメインは、ピラダイ(白身魚)の干物を絶妙な火加減でこんがりと焼き上げたものだ。
「いただきますっ!」
炊きたてのご飯を頬張り、香ばしい白身魚を口に運ぶ。
シンプルだからこそ、素材の良さとジークさんの腕の確かさが際立つ、完璧な日本の朝ごはん。
温かいお味噌汁が、胃袋の隅々まで染み渡り、今日一日を生き抜くための活力を満たしていく。
「ん〜っ! 美味しい! やっぱりジークさんの朝ごはんを食べないと、一日が始まらないです!」
「なら、毎日食いに来い。俺の飯はお前を待ってるからな」
「はいっ!」
満面の笑みで答えると、ジークさんも満足げに口角を上げた。
食事を終え、温かい陽薬草茶を飲みながら、私はふと、この村に来た初日のことを思い出した。
月曜日の終電で、「もう働きたくない」と絶望していた私。
ジャージ姿の女神・ルチアナ様に拾われ、所持金ゼロでこの世界に放り出された。
あの時は、どうなることかと思ったけれど。
今は、この『概念錬金』というチート能力を、誰かを傷つけるためではなく、仲間を助け、村の厄介ごとを笑い飛ばすために使えている。
大好きな仲間たちがいて、私の事務スキルを心から必要としてくれる職場(ポポロ村役場)がある。
そして何より、私のすべてを肯定し、守り、世界で一番美味しいご飯で胃袋を満たしてくれる人がいる。
「……もう、前の世界に帰りたいなんて、絶対に思わないな」
私は小さく呟き、空の食器をカウンターに上げた。
「ごちそうさまでした! ジークさん、私、お仕事に行ってきます!」
「おう。気をつけろよ。……夕飯、何が食いたい?」
「えっと……昨日のシチューが少し残ってたら、それでグラタン作ってほしいです!」
「欲張りなヤツだな。わかった、極上のヤツを用意して待っててやる」
ジークさんが優しく微笑み、ポンと私の頭を撫でた。
私はポポロ亭を飛び出し、朝の陽光に輝くポポロ村のメインストリートを駆け出した。
向かう先は、村の中心にあるポポロ村役場だ。
「おはようございまーす!」
「おお、カレンちゃん! おはようさん! 今月も内定レタスの出荷が絶好調やで! ボーナス期待しときや!」
「おはようカレンちゃん! 今日も定時退社目指して、サクッと仕事終わらせちゃおー!」
ニャングルさんが算盤を弾きながら笑い、キャルル村長が元気よく手を振ってくれる。
私は自分のデスクに座り、パソコン――ではなく、羊皮紙とペンの山に向き直った。
さよなら、ブラック企業。
さよなら、終電とみなし残業と、お祈りメールのトラウマ。
よろしく、私の新しい異世界。
ここは、私が自分の足で見つけた、世界で一番美味しくて、大好きな私の『帰る場所』。
「よしっ! 今日も残業ゼロで、ジークさんの特製グラタンを食べるために……お仕事、頑張ります!!」
私は気合を入れてペンを握り、愛すべき異世界でのスローライフ(事務無双)の続きへと、笑顔で飛び込んでいったのだった。
* * *
――同刻。カレンが役場へと向かった直後の『ポポロ亭』。
「おや、もうカレンちゃんは出勤したのかい?」
「あぁ。今さっきな」
カウンターを拭いていたジークの前に、フラリと姿を現したのは、この村の『裏の顔』を知る顔なじみの情報屋(行商人)だった。
彼はコーヒーを頼むと、声を潜めてジークに耳打ちをした。
「実はな、また妙な噂が入ってきてるんだ。ルナミス帝国のタカ派の貴族どもが、あの『内定レタス』の利権と、カレンちゃんという【規格外の錬金術師】の存在に目をつけ始めたらしくてな。近々、怪しい『視察団(という名の特務部隊)』がこの村にやってくるって話だぜ」
情報屋の言葉に、ジークの手がピタリと止まった。
静かな店内に、パキッ……と、空気が微かに凍りつく音が響く。
「……ほう」
ジークの瞳に、再び『氷魔剣士』としての、絶対零度の吹雪が渦巻いた。
「また懲りずに、カレンの平和な定時退社を邪魔しようって馬鹿が湧いて出たか。……いいぜ」
ジークは布巾をカウンターに投げ置くと、極北の氷よりも冷たく、そして獰猛な笑みを浮かべた。
「あの馬鹿は、役場の仕事と今日の夕飯のグラタンのことだけ考えてりゃいい。……俺の相棒の平穏を脅かす害虫どもは、村の入り口にたどり着く前に、俺が全部『氷漬け(粗大ゴミ)』にして片付けてやるよ」
愛する女の『定時退社と温かいご飯の時間』を守るためならば、世界を敵に回しても構わない。
元・最強冒険者の料理人が、静かに氷の剣の柄に手をかけた。
限界社畜OLの異世界ホワイト転職ライフは、まだまだ波乱(と過保護な溺愛)に満ちているようだ。
【第一章・完】
第一章、これにて完結です!
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
終電の限界社畜OLだったカレンが、異世界でホワイトな職場と最高の仲間たち、そして何より「世界で一番温かいご飯を作って待っててくれる最強の彼氏(仮)」を手に入れるまでの物語でした。
最後のジークの独白「定時退社を邪魔する奴は俺が全部氷漬けにする」に、B型過保護ヒーローの愛の重さを感じていただければ幸いです(笑)。
カレンとジークの最強コンビ(概念錬金×氷魔剣)が、次にどんな厄介ごとを解決し、どんな美味しいものを食べるのか……第二章以降も構想はたっぷりあります!
もし「第一章面白かった!」「カレンちゃん定時退社おめでとう!」「ジークさんのご飯食べたい!」「第二章も読みたい!」と思っていただけましたら、
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皆様の温かい応援、ブックマーク、評価が何よりの励みです。
カレンのさらなるホワイト無双と、ジークの過保護な胃袋制圧劇が続くよう、どうか応援よろしくお願いいたします! ありがとうございました!




