最高の休日ピクニックと絶品サンドイッチ〜平穏なスローライフを脅かす、鋼鉄の魔獣〜
最高の休日ピクニックと絶品サンドイッチ〜平穏なスローライフを脅かす、鋼鉄の魔獣〜
雲一つない、抜けるような青空。
頬を撫でる風は心地よく、緑豊かな草原にはポポロ村特有の穏やかな時間が流れていた。
「う〜んっ! 最高のお天気!」
私は両手を大きく伸ばし、胸いっぱいに澄んだ空気を吸い込んだ。
今日は村役場のお休みの日。前世の私にとって『休日』とは、一週間のブラック労働で削られたHPを回復するためだけに、泥のように眠り続ける『気絶時間』でしかなかった。
太陽の光を浴びて、健康的に外を歩き回る気力なんて、一ミリも残っていなかったのだ。
でも今は違う。
定時退社とストレスフリーな環境のおかげで、休日の朝にスッキリと目覚め、「今日は何をしようかな」とワクワクできる自分がいる。
「カレンちゃーん! こっちこっち! レジャーシート敷けたよー!」
「お姉様! 早く来てくださいまし! 私、もうお腹と背中がくっつきそうですわ!」
「リーザ、あんたさっき朝飯食うたばっかりやろ……」
小高い丘の上に敷かれた大きなシートの上で、キャルル村長が大きく手を振り、リーザちゃんがお腹を押さえてジタバタしている。その横でニャングルさんが呆れたように煙管をふかしていた。
今日はポポロ村のいつものメンバーで、村の郊外にある美しい丘へピクニックに来ているのだ。
「おい、走ると転ぶぞ」
背後から、呆れたような、けれどひどく甘い声が聞こえた。
振り返ると、私服姿のジークさんが、両手に特大のピクニックバスケットを提げて歩いてくるところだった。黒いシャツに細身のパンツというシンプルな装いだが、鍛え抜かれた体躯のおかげで、まるで雑誌のモデルのように様になっている。
「ふふっ、だってジークさんのお弁当が楽しみで、つい」
「……食い意地張ってんな。まぁ、期待には応えてやるよ」
ジークさんは私の頭をポンと撫でると、皆の待つシートの上へと歩を進め、大きなバスケットを開いた。
「うおおおおっ!」
「す、すっごーい!!」
バスケットの中から現れたのは、まるで宝石箱のように美しく、そして暴力的に食欲をそそる特製サンドイッチの山だった。
こんがりとキツネ色に揚がった『トライバード(三徳鳥)の極厚カツ』を、特製ソースと共に挟み込んだカツサンド。
ホクホクの太陽芋とシープピッグの厚切りベーコンを、とろけるチーズと一緒に焼き上げた『クロックムッシュ』。
さらに、新鮮なフルーツがたっぷりと入ったフルーツサンドや、ハニーかぼちゃの冷製ポタージュまで水筒に用意されている。
「ほら、食え。リーザ、喉に詰まらせるなよ」
「いただきますわぁぁっ!! んんっ! カツがサクサクで、お肉の肉汁がじゅわぁって……! 私、生きててよかったですわーっ!」
「ホンマや! このソース、ただのソースやない。フルーツの甘みとマスタードの酸味が絶妙に絡み合って……ワインが欲しくなるで!」
リーザちゃんとニャングルさんが、我先にとサンドイッチにかぶりつき、歓声を上げている。
私もたまらず、極厚カツサンドを手に取り、大きく口を開けてかじりついた。
「――んんっ!!」
サクッ、という香ばしいパンの食感の直後、分厚いトライバードのカツから驚くほどジューシーな肉汁が溢れ出した。シャキシャキのレタス(もちろん喋らない普通のレタスだ)と、特製の甘辛いソースが完璧なバランスで口の中で溶け合う。
一口食べただけで、体中の細胞が喜びのダンスを踊り出すような、圧倒的な美味しさ。
「美味しい……っ! ジークさん、これ本当に美味しいです!」
「……そうかよ」
ジークさんは自分の分には手を付けず、私がカツサンドを頬張る姿を、満足そうに目を細めて見つめていた。
「ゆっくり食え。おかわりはいくらでもある」
「はいっ……ふふっ」
「……なんだ、ニヤニヤして」
「いえ……私、こんなに幸せな休日を過ごしたの、前の世界も含めて、人生で初めてだなって思って」
私は冷製ポタージュを飲みながら、澄み渡る青空を見上げた。
「毎日一生懸命働いて、休みの日は大好きな人たちと一緒に、こうして美味しいご飯を食べて笑い合う。……私が欲しかったのは、地位でも名誉でもなく、ただこういう当たり前の幸せだったんだなって、今、すごく実感してます」
「カレンちゃん……」
「お姉様……」
私の本音に、キャルル村長とリーザちゃんが優しく微笑んでくれる。
「……お前がそういう当たり前の日常を望むなら」
ジークさんが、私の隣にドカッと腰を下ろし、その大きな手で私の頭を優しく引き寄せた。
彼の大きな掌の温もりが、肩越しに伝わってくる。
「俺がずっと作ってやるよ。美味しい飯も、帰る場所も、平和な休日も……全部俺が用意してやる。だからお前は、何の心配もせずに、ここで笑ってればいい」
その言葉は、プロポーズにも等しいほどの、激重で不器用な誓いだった。
アイスブルーの瞳が、私だけを真っ直ぐに射抜いている。心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、私は顔がカッと熱くなるのを感じた。
「ジ、ジークさん……それって……」
私が何かを返そうと口を開きかけた、その時だった。
――ズズンッ……!
「……っ!?」
突然、大地が不気味な地鳴りを上げて揺れた。
ピクニックシートの上に置いてあった水筒が倒れ、森の木々に留まっていた鳥たちが、一斉に悲鳴のような鳴き声を上げて空へと飛び立つ。
「な、なんや今の揺れは!?」
「地震……じゃない! 誰か、森の奥から来る!」
ニャングルさんが算盤を構え、キャルル村長が鋭い声で立ち上がり、腰のトンファーを抜いた。
ジークさんの顔から、先ほどまでの甘い雰囲気が一瞬にして消え去る。彼は私の前に庇うように立ち塞がると、冷たく鋭い視線を森の奥へと向けた。
ギギギギギ……ッ!
バキバキバキッ!!
耳障りな金属の擦れ合う音と、大樹がへし折られる轟音。
森の木々を無残になぎ倒しながら姿を現したのは、私たちの想像を絶する『異形の怪物』だった。
「ひぃっ!? な、なんですの、あれは……!」
リーザちゃんが私の背中にしがみつき、震える声で叫ぶ。
それは、全長十メートルはあろうかという、巨大なカブトムシのような姿をした魔獣だった。
だが、ただの魔獣ではない。その体表は黒光りする『鋼鉄の装甲』で覆われており、各所の関節からは不気味な紫色の瘴気と、金属の駆動音を放っている。機械と昆虫が融合したような、冒涜的な姿。
「……『死蟲機』……。神蟲魔大戦の時代の遺物が、なぜこんな辺境の森に……!」
キャルル村長が、青ざめた顔でその名を口にした。
死甲虫機。圧倒的な突進力と、あらゆる魔法や物理攻撃を跳ね返す超強固な装甲を持つ、最悪の殺戮兵器。
『ギジュゥゥゥゥッ……!!』
怪物が、私たちを明確な『敵』として認識し、赤く濁った複眼を光らせた。
顎の隙間から、地面をドロドロに溶かす強酸の唾液が滴り落ちている。あんなものがポポロ村に向かえば、村は一たまりもなく壊滅してしまうだろう。
「キャルル、リーザとニャングルを連れてカレンを後方へ下がらせろ。あれは自警団の武器じゃ傷一つつけられねぇぞ」
ジークさんが、低い声で指示を出した。
彼の手の中に、周囲の水分が急速に集束し、一振りの巨大な『氷の長剣』が形成されていく。
空気が一瞬で凍てつき、周囲の草花に白い霜が降りた。
そこに立っているのは、心優しいポポロ亭の料理人ではない。かつて戦場を恐怖のどん底に陥れた、最強のS級冒険者『氷魔剣士』の姿だった。
「せっかくの休日に、カレンの飯を邪魔しやがって……」
ジークさんの体から、目に見えるほどの青白い闘気と魔力が立ち昇る。
氷の剣が、絶対零度の冷気を放ちながら怪物へと向けられた。
「……生きて森に帰れると思うなよ、害虫が」
平和なスローライフを切り裂く、鋼鉄の魔獣の襲来。
私は背中にリーザちゃんを庇いながら、圧倒的な装甲を誇る怪物と、愛する人の背中を、ただ息を呑んで見つめることしかできなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第12話は、平和な休日ピクニックの甘い雰囲気から一転、絶望的な鋼鉄の魔獣『死甲虫機』が襲来する急展開でした!
カレンの「これが私の欲しかった幸せ」という言葉に、プロポーズ並みの激重な独占欲を返すジークでしたが、その平和を脅かす存在には容赦しません。
料理人から「氷魔剣士」へとスイッチが入った彼の戦いが始まります。
次回は第13話!
しかし、強固な装甲を持つ魔獣に、最強のジークも苦戦を強いられます。そこでカレンの【概念錬金】が、かつてない究極のサポート(相棒としての戦い)を見せます!
「ピクニックのご飯最高!」「ジークさんのセリフやばい!」「害虫空気読め!」と思っていただけましたら、
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