第8話 ヴァルハラ学園の1日
改めて今日からヴァルハラ学園の日常が始まる!
朝、いつになく早起きした僕は窓の外の景色を見ながら口角をニヤリと曲げていた。
一望する景色がどこか懐かしく、しかしどこか初々しく、不思議な郷愁を僕にもたらす。
あのヴァルハラ学園にこれから通える。物騒な世界だけれどその事は素直に嬉しかった。感慨に震えているとキサラちゃんが目を覚ました。
「おはようキサラちゃん」
「おはよう、アキラ。朝早いのね」
「ん? まぁね」
「あーあ。今日も学校かぁ。面倒くさいなぁ」
「……」
学校に対する認識の差、そして若者らしい初々しい反応にどこか郷愁を刺激され、目頭に熱いものが込み上げてきた。
「? なんで泣いてるの」
「いや、ただ単に目やにを取ってるんだよ」
「そう。それより早速学校に行きましょう」
僕たちは寮を出て学園の本校舎へと向かった。
ヴァルハラ学園。
それは魔物と戦う対魔士を育成する対魔学園である。
20歳以下の若者が入学対象。全5学年。この年齢制限は人の保有する魔力の性質による。
魔力は15歳~20歳を質・量のピークとし、以後ムラはあれど減少傾向に移行するからだ。
特殊兵装は魔力を用いて起動する兵装が多い。人は魔法を使えなくとも必ず一定量の魔力を保有している。そのため、若者はこの世界にあって未熟なれど最強の戦力なのだ。
そんな若者を生徒として集めた対魔学園が一つヴァルハラ学園はこの世界にあって有数の武力拠点である。
(でっかいなー……)
僕は改めてみるヴァルハラ学園本校舎の威容に圧倒されていた。
その膨大な生徒数に応えるために肥大化した巨大な校舎はもちろん、魔物と戦うための様々な各設備がその威容を補強し、コンビニエンスストアや書店などの軽商売施設までもが並ぶその全容はもはや小都市と言っても過言ではないレベルだ。流石ヴァルハラ学園。思いながら歩いていると隣からも
「いつ見てもでっかいわねー……」
同じ感想を抱いたらしいキサラちゃんのコメントが飛んでくる。でっかい。それ故にたのもしい。これからどんな生活が待っているのか。僕はワクワクしていた。
朝。HRまでの待機時間。
「見ろよあいつ。昨日魔人を屠った」
「魔法使えるのに隠してたらしいぜ。ちぇ、憎たらしい」
「……」
僕のことが話題になっていた。少し気まずかった。
朝。HR。
「昨日の戦闘でのこのクラスの死亡者2名。あの大規模戦闘にしては少ない理想的な数字ですね。これからもこの調子で頑張りましょう」
「……」
いきなりドギツイ現実を叩きつけられた。
1時間目。座学。
「昔はこの世界に魔物なんて存在していなかったのですよ。いつごろからか現れ、それは爆発的に数を増やし、それに伴って魔力、果ては魔法に目覚める人類が現れ、今の世へと推移していきました。今の世では人間は誰しもその内に魔力を秘めています。しかし、それを魔法という形で運用することができるものはごく少数であり、そうでないものは特殊兵装などの力を借りて魔力を運用することになります。みなさんが何気なく着ている制服も魔力を運動能力、そして防御力に変換する能力を秘めた特殊兵装であり、魔力を攻撃に転用する際にはまた別の特殊兵装を用いて――」
(う、な、長い。そして知ってることだけに退屈だ……)
座学は思ったほど面白くはなく、
2時間目 戦闘訓練
「それでは打ち合えー。それを5セット。その後は基礎訓練。さ、開始―」
(う、ふ、普通に疲れる。そして退屈だ……)
生徒同士で戦い合う訓練や基礎的な動きの訓練をしたりしたが疲れるばかりで得るものは少なく、
3時間目 集団行動訓練
「右向け―右。1,2,3!」
(小学校でこういうのやらされたなぁ……)
集団行動訓練は退屈を極め、
4時間目 魔力訓練
「この授業では魔力を運用する訓練を行います。まずは特殊兵装に魔力を通してそれを維持する訓練から。では始め――」
(う、お、面白い。魔力、魔法、つまりワンダー。俺はこういう授業が受けたかった!)
4時間目はそれなりに面白く、
昼休み。休憩時間。
食堂。
「あー疲れた」
「そうねー、今日も疲れたわ」
キサラちゃんと一緒に食堂で昼食を取りながら会話を交わす。ちなみに食堂では生徒は無料で食事を取れるらしく、ありがたくタダで食事を食べさせてもらっている。僕が親子丼。キサラちゃんがサラダとステーキ定食。好きなものを好きに頼んでいる形だ。
ちなみに食堂は馬鹿でかい。生徒数に応じた超ビッグサイズの食堂だ。
「授業ってやっぱ授業なんだね」
「それどういう意味よ」
「退屈で疲れるって意味」
「そりゃそうよ。授業だものね」
「あ、でも魔力訓練はちょっと面白かった」
「同意。あの訓練だけは面白い」
キサラちゃんと会話しながら昼食を食べていると、ふいに後ろから声をかけられた。
「君、ちょっといいかい」
「ん? えっと……」
――一瞬思考が停止した。そこに立っていたのは光津キョウ。異界学園キョウの主人公だ。何故自分に話しかけてきたのか。またイレギュラーな展開が。そんなことを考えていると、キョウくんは用件を切り出してきた。
「昨日さ、魔人と相対してただろ」
「ああ。そうだね」
「……怖くなかったか?」
「怖く?」
恐怖は正直そこまで感じなかった。闇蔵アキラならあの程度の魔人相手にもならないと分かっていたから。だから殆ど恐れることなく立ち向かうことが出来た。
それはメタ思考が生み出す余裕。だけど、事前知識がなければどうだっただろう。恐れを全く抱かずに戦えただろうか。
答えは――YESだ。
闇蔵アキラは魔法も、心も、そこまで弱くはない。
「怖くはなかったよ」
だから答える。
「守るべき相手がそこにいたからね」
ちょっと格好つけて、相手に与える印象をよくしながら。
なんか反射的にそう答えていた。ある意味では闇蔵アキラらしいといえるが、こんなときにそんならしさを発揮しなくてもと思う。だが、キョウ君はいたく感動した様子で、
「……凄いよ、君は」
頬を掻きながら、
「俺の憧れだ」
照れ臭そうにそう答えた。
「……そうか」
「ああ。俺も君みたいになりたい。この世――じゃない。この学園に来てからまだ日が浅くてね。慣れないことばかりだし、足りないことばかりなんだ。良かったらこれからも俺と仲良くしてほしい。えっと」
「闇蔵アキラ」
「闇蔵アキラ君。これからよろしく」
スッ。
手を差し伸べられた。
「……」
この手、握り返すのは簡単だ。
だから握り返した。
ガシッ。
「これからもよろしく」
「ああ。よろしく」
パーっと顔を輝かせて、それからキョウくんは別の席で食事を取り始めた。一緒の席で食べるのは照れ臭かったのかもしれない。キサラちゃんが耳打ちしてくる。
「あいつ、良い奴ね」
「うん。良い奴だよ」
「人の好さが前面に出てる。多分相当なお人よしよ」
「だろうね」
知ってる。光津キョウは凄まじく良い奴だ。だからこそこの世界で何度も絶望に試される。その度立ち上がって強くなる。そして真の英雄になっていくんだ。
その成長の機会を俺は一つ奪った。
でも、一つくらい問題ないだろう。
だって彼は光津キョウなんだから。
「……ま、大丈夫、だよな」
「? 何が?」
「何でもない。こっちの話。それよりこの食堂の飯美味いね」
「そりゃ一流のシェフを雇っているからね。ここの飯食いたさに入学してくる奴も一杯いるのよ。なんたってタダだから入学している間は食いっぱぐれない。少なくとも1年から5年の5年間の間はね。生き残れれば、だけど」
「……そうだねー、生き残らなきゃ、だねー……」
時折垣間見えるシビアな世界観。それが僕の不安を駆り立てる。まだ松岡アキラとしての意識が強く残っているようだ。果たして僕は、
(全15巻にも及ぶストーリーを最後まで生き抜くことができるのだろうか……)
5,6時間目は省いて。
放課後。
4マンセルの残り2人も合流して今日は簡易訓練を行うことになった。
「俺は弱いからな。少しでも強くなるために特訓しなければならん」
本郷タケシは真面目な奴だった。原作には登場しないキャラだがその姿勢には好感が持てた。
「あーしもこの前良い所なかったからねー。ちったぁ訓練しないと」
ギャルっぽい見た目の夢川アユム見た目よりは軽薄じゃない。軽薄でいられる程この世界は甘くないという事だろう。その真面目な姿勢にはやはり好感が持てた。
キサラちゃんが言う。
「それじゃ、何する?」
「実戦形式の戦闘訓練を行おう。もちろん、殺傷能力のある武器は厳禁だけど、木刀とかでも十分訓練になるでしょ」
「そうね。賛成。そうしましょうか」
「よし。やってやる。アキラ。今日こそお前に一矢報いてやる」
「あーしもキサラちゃんには少しはいい所見せたいかなーって」
「……ふふ。だってよ。頑張らなくちゃね。アキラ」
「そうだね。じゃ、訓練開始しよっか」
特殊兵装は用いず武器庫から適当に借りてきた道具で訓練を行う。松岡アキラの意識を戦闘に慣れさせるには丁度いい訓練だった。
夜。
「それじゃ、お休み」
「うん。お休み」
キサラちゃんと会話を交わし眠りに就く。何事もない、というには色々あった気もするけれど、そうだな、平和な一日だった。そして、充実した一日だった。
「……こんな生活が続くなら悪くないな」
僕は心の底からそう思った。
続く訳がない。そう知りながらも。
祈るように、そう思った。




