第7話 寮の自室にて
学園寮の自室。
「今日は本当にありがとう」
自室に帰るとキサラちゃんが会うなりそう礼を言ってきた。下げた頭の麓に覗くうなじが眩しい。僕は少し慌てながら対応する。
「いいって別に。僕が好きでやったことだし」
「っ! す、好きで、やったの?」
「う、うん」
「……」
キサラちゃんの顔が何故か赤くなる。面と向かい合う気まずさをようやく感じたのかもしれない。僕はさらりと脇を抜け、自分のベッドに向かい、対面状態の気まずさを解除するという紳士さを見せる。
「あっ……」
「疲れたから今日はもう寝ようか。キサラちゃんも疲れたでしょ」
「う、うん。そうね。疲れたわ。今日はもう寝ましょうか。その前にあなた、シャワーくらい浴びた方がいいわよ」
「……そうだね。返り血がついてるもんな」
学生服は返り血がつきづらい構造の特殊兵装だが全くつかない訳ではない。僕は洗濯機に学生服を放り込んでシャワーを浴び、そしてまた別の学生服をロッカーから取り出して着込んだ。
「それじゃ改めてお休み」
「うん。お休み」
ベッドに横になる。ようやくゆっくりできる時間が取れた。考えなきゃいけないこと、考えたいことが腐るほどある。布団の中でまどろみながらそれらについて考えることはある意味至福の時間だ。さぁ、何から考えようか……。
「ね、ねぇ」
「ん?」
キサラちゃんから話しかけられる。まだ何か話すことがあったかなと頭に疑問符を浮かべていると、キサラちゃんは布団をギュッと握り締めながら、
「今日は本当にありがとう」
「それはさっき聞いたよ」
「ううん改めて言いたいの。だって、あなたに助けられなかったら、私きっと」
キサラちゃんは体をブルリと震わせた。その先は言葉にしなくても伝わる。僕の脳裏には犯し殺されているキサラちゃんの、モブ子の挿絵が深く深くに刻まれている。きっと同じ運命を辿ったはずっだ。
キサラちゃんは布団を顔の下半分まで被る。金色の長髪が浅く隠れる。そして、やはり顔を赤くして言うのだった。
「だから、本当にありがとう。あなたは私の命の恩人。ううん。それ以上よ」
「……まぁ、そうだね。でも、恩に着なくていいよ。本当、僕が好きでやっただけのことだから」
「うん。分かってる。分かってるわ……そういうこと、なんでしょ」
「? う、うん」
言葉にやけに含みを持たせるキサラちゃん。何でそんな迂遠な言い回しをするのかよく分からないが取り合えず肯定しておく。多分そういうことなんだろう。
「最後に、あなたのあの力――いや」
キサラちゃんはにこりと笑って、その先の言葉を噤んだ。
「聞かないでおく。とっておき、だったんでしょ?」
「まぁ、そうだね。こんな序盤から切ることになるとは思わなかった」
「うん。ごめんね。私のせいで」
「いいよ。よく考えたら別に秘密にする必要もなかったから」
「そうなの?」
「そうさ」
「……うん。分かった。じゃ、今度こそ本当にお休み」
「うん。お休み」
キサラちゃんは布団を被って反対側を向いた。今度こそ本当にお休みらしい。僕も自分の睡眠に集中することにする。眼を瞑って、今日一日の始まりから追想してみる。
(始まりはこの世界に転生する所からか。本当にありえないことが起きたな。あの闇蔵アキラに転生することになるなんて。それで、今の自分は松岡アキラなのか闇蔵アキラなのかどちらなんだろう。まぁ、どうでもいいかそんなこと。2つが交じり合って新しい自分になった。そういうことなんだろう。にしてもアキラはあのモブ子ちゃんと同室の同じ隊の人間だったなんて思いもしなかった。お陰でモブ子ちゃんを、いや、キサラちゃんを救えた訳だけど、いきなり異界学園キョウのストーリーから逸れることしちゃったなぁ。いや、逸れないと自分が破滅するから最終的にはそうせざるを得ないんだが、メインストーリーは本当に大丈夫なのか? ……考えても仕方あるまい。なるようになる。そう信じよう。光津キョウくんも勝手に成長してくれるさ。うん。生徒会長もな、良い人だったな。あの人も死んじゃうのかぁ。……いや、だけど、俺の、闇蔵アキラのポテンシャルを最大限発揮すればもしかして何とかなるんじゃないか? この虚無の魔法はラスボスにすら通じる潜在能力を秘めているんだ。あの会長を殺した魔人だって倒せるんじゃないか? ……もしそうだとしたら俺はどう行動するべきだろう。……今は結論が出そうにない。一旦判断を保留にするか。あー、しかし、俺、本当にあの異界学園キョウの世界に転生したんだなぁ。あー、そっかぁ、なるほどなぁ……)
そして俺はその日最後の思考を終えて睡魔に堕ちることとなった。
(ま、元の世界でダラダラ生きて無価値な余生を送るよりはマシなんじゃないか?)
翌日を迎える。




