第1話 手始めに異世界転生
混濁した意識が粘土のようにぐにゃぐにゃと形を変えていく。
「――!」
痛みにも似た曖昧な感覚。それが徐々に粘度を増していく。
「――ラ!」
ようやく形になった意識が現在の把握へと意識のリソースを割くことを可能とする。音が聞こえてくる。
「――キラ!」
「――ん?」
誰かに呼びかけられている。そう認識した瞬間、意識は本格的に覚醒した。
「――アキラ!」
「――はい!」
反射的にそう返事をしていた。アキラ、と何度も呼び掛けていた女性は満足げに胸を張った。結構大きかった。
「ようやく起きたみたいね。戦後PTSDでも発症して寝込んでるのかと心配しちゃったわ」
「んー……。えっと」
女性は俺の知っている人物だった。忘れもしない。それは1巻の挿絵に登場する、それなりに読者認知度の高いキャラクターで、中々の美少女で。読者からの名称は確か――。
「……モブ子ちゃん?」
「誰がモブ子よ!」
スパン、と頭を叩かれる。小気味良いテンポ。昔のラノベを思い出すテンポだ。頭をさすりながら、モブ子の顔を指で指す。
「え……でも、その顔はどう見たってモブ――」
「だーかーらー! 私のどこがモブだっていうのよ! あんたそんな失礼な奴だったっけ?」
「いや、えっと、俺は、僕は、えっと?」
今の自分が何者なのか。夢を見ているのか。まだ意識が微妙に不明瞭で断言しきれなかった。なので、目の前のモブ子ちゃんに問うてみる。
「僕って誰だっけ」
「は?」
帰ってきたのはかなり胡乱げな「は?」。モブ子ちゃんはその金色の長髪をガシガシと掻き、まじまじと僕の瞳を覗き込みながら言った。
「……それ、マジで言ってんの?」
「う、うん。マジ、大マジ」
「……はぁ。本当に戦闘の影響でちょっとおかしくなってるみたいね。いい? あなたはね」
ズビシ、と指を突き付けながら、モブ子ちゃんは僕の名前を呼んだ。
「あなたの名前は闇蔵アキラ。はい、これで思い出したでしょ。思い出したわよね?」
闇蔵アキラ。その名前を聞いた瞬間、俺の脳裏には電流が走った。慌てて鏡を探す。幸い、この部屋の水道の所に張り鏡があったのでそれを覗き込む。そこに移っていたのは――。
「マジかよ……本当に闇蔵アキラだ。これ、夢じゃないよな。えっと、っていうことは……」
僕の前世はオールドラノベファンだったが今どきのラノベにもそれなりに詳しい。すぐに正解を弾き出し、絶望と共に息を吐き出した。
「異界学園キョウの世界に転生して、しかもライバルキャラの闇蔵アキラに憑依転生しちまったのかよ。マジか……」
「……その、アキラ。あんた今日、本当に大丈夫?」
大丈夫じゃないかもしれない。その言葉はすんでで飲み込み、俺は鏡の前で呆然と項垂れるのだった。




