第2話 異界学園キョウ
異界学園キョウ。
それは現代に住む高校生光津キョウがある日図書室に秘蔵されていた古文書を読んだことが切っ掛けで異世界に転移し、光の力を宿した戦士としてヴァルハラ学園に通いながら人類を襲う魔物と戦い、世界に平和を取り戻す物語である。
と、ここまで聞けば昔のラノベによくある王道異世界ファンタジーかと思うだろうが、異界学園キョウは一味違う。具体的にはエロ、グロ、鬱描写が異常に多い。中には現代では発禁とされること間違いなしなやりすぎなグロ描写もあるくらいだ。だが、そのやり過ぎな描写が一部の読者に大受けしカルト的な人気を博し、全15巻という当時にしてはそこそこの長さの巻数を出すことに成功したのだが、その残虐描写や鬱展開によりメディアミックスには恵まれず、知る人ぞ知る名作という立ち位置に甘んじることになった怪作だ。
どうやら俺はその異界学園キョウの世界に、主人公の光津キョウでなくそのライバルキャラとして作中世界で暗躍を繰り返す闇蔵アキラとして転生してしまったらしい。正直どうしてこうなったという気持ちで一杯だ。よりにもよってダークファンタジーど真ん中な作風の異界学園キョウ。どうせなら「おいでよ僕らのスモモ荘」みたいなエロコメ世界に転生したかった。
そしてどうしてよりによって闇蔵アキラとして転生してしまったのか。闇蔵アキラは純正な悪役。真っ当にストーリーが進めば最終的な破滅は必然。何としてもその破滅を回避しなければならない。となるとストーリーを捻じ曲げる必要があるが、そうなると順当にいけば辿り着くはずのハッピーエンドに辿り着かなくなる危険性がある。つまり、自己の生存が世界の辿るべきトゥルールートと相反する可能性を常に秘めている。正直非常にややこしい。この先どうやって生きていくべきかまるで見当がつかない。
救いがあるとすれば暗躍系のキャラである故に物語開始時点ではその本性が学園の人物にバレてはいない点。そして何より。
そんじゃそこらの魔物や魔人相手では負けない程度には闇蔵アキラは強いということ。
この2点を軸として正史とは異なるストーリーで最後まで生存する。やってやれないことはないはずだ。自分に言い聞かせている部分はあるにしろ、絶望的という程にはまだ状況は悪くない。
俺は何としても闇蔵アキラとしてこの世界を生き抜いてやる!
……と、内省を終えた所で。
「えっと、モブ子、じゃなかった」
一瞬飛んできた殺意にヒヤッとしながら僕は名前を言い直す。
「吉祥院キサラちゃん。だったよね」
「そうだけど。なんで確認口調なのよ」
「いや。ほら、今の僕って情緒不安定じゃない? だから一応自分の知識が間違ってないか確認しといた方がいいかと思って」
「……まぁ、間違ってはないけど。本当に今日のあなた大丈夫? 変よ」
「あ、あはは……」
闇蔵アキラは物語では僕口調で話すキャラクターだった。ならば俺もその口調に合わせる必要があるだろう。大丈夫。それは呼吸のようにできる。簡単だ。何故ならば。
僕は松岡アキラであると同時に闇蔵アキラでもあるから。当然だ。自分で自分を演じることに困難なんて覚えるはずがない。
まぁ、まだ意識の主導権がどちらにあるのかという話題になると結論を濁さざるを得ないくらいには自意識が混濁はしているのだけれど。
それでも闇蔵アキラとして会話することくらいは問題ない。
「ゴホン。キサラちゃん。そう、キサラちゃんだったね。もう大丈夫。完璧に思い出した。君はあの吉祥院家の令嬢だものね」
「そうです。私は吉祥院キサラ。吉祥院家の一人娘ですわ」
たゆん。
自信ありげに胸を張ると制服に包まれた豊かな胸が揺れる。僕は微妙にそこから視線を外しながら、吉祥院キサラという名前に思いを馳せる。
そうだな、確かそういう設定だった。
それだけの大層な設定があるにも関わらず彼女がモブ子と呼ばれるようになった訳は――。
そこまで思考を進めた所で、
ビー!
ビー!
けたたましいサイレン音が鳴る。その後に続くのは、
「エリアBに魔物の大群体が出現。繰り返します。エリアBに魔物の大群体が出現。学園生徒は直ちに出撃してください」
戦闘の開始を告げるアナウンスだった。俺は即座に悟った。
(エリアBの大群体、これってあれだ。モブ子ちゃん、いや、キサラが)
主人公――光津キョウの前で魔物にレイプされて殺されるシーンが挿絵と共に絶大なインパクトで描写される戦闘。
モブ子ちゃんがそのヒロイン染みた容姿にそぐわぬ、否、ある意味ではこれ以上そぐう展開を迎えた事でモブ子ちゃんとして有名になる、異界学園キョウ最初の鬱イベントだった。




