プロローグ ありふれた終わり方
「先輩、何読んでるんですか?」
「ラノベ。昔好きだったラノベ」
「出たラノベ。本当好きっすねぇ。0年代前後のオールドラノベ」
「ん、まぁな。この頃のラノベからしか接種できない栄養素があるんだよ」
東京都内。
某ブックオフの駐車場。
そこに止められた軽自動車の社内にて男は会社の後輩と雑談をしていた。話題は男が今日買ってきたラノベの話。男はパラパラとページを捲りながら答える。
「この異界学園キョウは一件王道ファンタジーっぽい表紙だけど中身は鬱展開塗れの暗黒系ラノベの代表格として有名でさ、当時の俺も面食らいながらそのダークで他と違う――行ってしまえばある種の中二感溢れる展開に夢中になってさ。全巻ブックオフで集めて読んだんだ。大学の進学の引っ越しの最中に全巻売っちゃったんだけど久しぶりに懐かしくなって大人になった今買い戻した訳だが、うん。やっぱり面白いよ。思い出補正入ってるかもしれないけど、やっぱ俺この頃のラノベが一番好きなんだよな……」
「黄金期って奴っすか。タコ程聞いたっすけどやっぱ思い出補正だと思いますよ。そういうの」
「かもな。でもいいんだ。俺にとっての黄金期はこの頃なんだ。ライトノベルも、俺の人生自体も」
はぁ、と男はため息をつく。そして、本を閉じ、窓を開けて煙草を一服しながら、肩に荷が載っているかのように心底重々しく呟いた。
「明日出社したくねぇ。営業がこんな辛い仕事だなんて思わなかった」
「うわ。先輩。休日に仕事の話は厳禁っすよ。そんな話したら」
丁度その時、男のスマホが音を鳴らして震えた。着信だ。男はスマホを見る。そこに載っていた名前は、
「うわ、糞課長だ。はい、もしもし。え? 今日今から出勤? マジっすか。労基考えてくださいよ。あ、はい。今行きます。なんでもないです。はい、はい。失礼します……」
男は着信を切って、ハァ、とため息をつく。そして、後輩に謝罪した。
「悪い。今から仕事だ。お前家近いだろ。悪いけど徒歩で帰ってくれ」
「そりゃいいっすけど、うわー。先輩課長に軽く見られてますね。そういうの断らない人間だって見極められてるんですよ。たまにはガツンといかないと」
「いいんだよ。どうせ人生なんて死ぬまでの暇つぶしだ。ブラック企業で糞みたいな労働をする日々だって死ねば全部平等になかったことになる。だから辛くたって平気なのさ……」
「先輩それ末期症状的な考え方っすよ。いやいいんすけどね。別に俺に迷惑かからなきゃ。そんじゃ失礼しまーす。っと、今日買った美少女フィギュアを忘れないようにっと」
男の後輩は車から降りてブックオフにて購入した最近人気のアニメシリーズ極かぐや姫の美少女フィギュアを手に家に帰っていく。男はそれを見て車のキーを回しエンジンを吹かせた。
「さて。糞みたいな日常に戻るか。これが俺の人生なのさ。苦しむのがお似合いなのさ……ん?」
車を走らせ始めてすぐに男はサイレンの音に気付く。その音はこちらに近づいてくる。視界にパトカー、それと何らかの逃走車両と思しき車が見える。運転席には最近増えてきたイスラム系の移民と思しき高度人材が載っている。その車はパトカーから逃げるためカーブを無茶苦茶に切りながら車を避けて運転している。その車がまたカーブを切った。反対車線のこちらに突っ込んでくる。まさしく突っ込んでくる。避けるスペースも精神的な余裕もありはしない。それでも咄嗟にハンドルを右に切った。そしたら暴走車両も丁度ハンドルを右に切った所で、
(あ、人生オワタ)
大爆発。座席が潰れ炎上する車内にて男の目に最後に移ったのは今日買ったライトノベル異界学園キョウの最終巻の表紙だった。虚ろな意識の中で男は何となくその表紙に手を伸ばし、タッチした所で、再度爆発が起き、男――松岡アキラの意識は完全に途絶えた。




