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あの日のあの言葉で――婚約破棄の煽りを受けた人たち  作者: 弍口 いく


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9/12

その9 ザクレウス・ゲフィオンの自供

 数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。

 ユトゥルナ王国歴1026年5月28日、15時00分、その日のうちにザクレウス・ゲフィオン侯爵が近衛騎士に連行されてきた。


 ミネリ侯爵の証言により重要参考人となった彼に同行を求めると、ゲフィオン侯爵は取り乱してかなり抵抗したらしい。


 近衛騎士に連行されたゲフィオン侯爵は明らかに様子が変だった。色を失くした顔、額に滲む汗は尋常ではなく、不自然に泳ぐ視線、まるで危険薬物を服用しているように挙動不審だった。

 取調室の椅子に座っても落ち着きなく、まるで尿意を我慢しているようにモゾモゾしている。


 それを見た私は確信した、ゲフィオン侯爵は良心の呵責に耐えかねて苦しんでいる、存外気の小さい男なのだ、落ちるのは早いかも知れないと。



   ◇



「あの娼婦が自白して事件は解決したのではないのか? なぜ今更、無関係な私が呼び出されなければならないんだ。


 なんだと? 新たな目撃者が現れた? 私を見たと言うのか? 誰だ、そいつは! 私を巻き込むなんて恨みでもあるのか?


 きっと見間違いだ、夜だったからな、私のような中年男はどこにでもいる。

 えっ? 私のことをよく知っていると言ったのか。義務感からの証言で家名を懸けて宣誓までしたと……。


 …………そうか、あの夜、クロエ・ドナルドソンと会っていたところをハッキリ見られていたのだな。


 ああ、認めざるを得ないだろう。

 確かに会っていた、口論もしていたが、ただそれだけだ。


 あんなところで人目を忍んで会っていた理由は、ドナルドソン女公爵に呼びだされたからだ。彼女の方に人目を忍ぶ理由があったのだ。ドナルドソン公爵家は火の車で金策に奔走していて、私に借金を申し込んで来たのだ。


 もちろん断った。そんな義理はないからな。

 えっ?

 ドナルドソン女公爵に縋られて揉み合いになったのではないかと言うのか? バカな、プライドの高い女だぞ、そんなことをするはずないだろ。


 ライザ・ミーデルとの関係?

 そんなものはない、娼館通いをしていたのは夫のルフタ殿ではないのか? 噂になっていたからドナルドソン女公爵の耳にも入ったのだろう。だから娼館の女主人であるライザと諍いになったのではなかい?


 なんだと……ライザがレイアだと?


 ………………。


 あの女、自分の正体は絶対バレないと言っていたのに!

 近衛騎士捜査部を舐めてもらっては困ると言う訳か……。


 あの女の裁判が始まれば全て公になるのだな。公爵家の醜聞が世間に知れてしまうのか!


 あの女が悪いのだ!

 誰って、レイアに決まっているだろ! 今はライザ・ミーデルと名乗っているが、よりにもよって娼館の女主人とは。そんな女がゲフィオン侯爵家の後継ぎであるジョセフの母親だなんてことが知れれば、あの子が傷付くだけではなく侯爵家の名誉に傷が付く。


 えっ? 彼女を追い出して、娼婦に貶めたのは私だと言うのか?

 いいや、あの女は生まれつきの娼婦だ。男爵家の分際で私の息子を誑かして、〝真実の愛〟? そんな世迷言でまんまと侯爵夫人に収まるなんて! 

 私は反対したのだ、務まるはずないと!


 なんだと? 当時は評判が良かった? なぜそんなことを知っているのだ? ああ、捜査官も貴族だったな、今は子爵だが元は侯爵家の子息だったな。それならわかるだろう、高位貴族と下位貴族では大きな違いがある。埋められない隔たりがあるのだよ。


 どれ程努力しても、レイアには圧倒的に品格が足りていなかった。教養のない下品な女だった。愛嬌だけでは侯爵夫人になれないのだよ。そちらの女性騎士はホルキュース公爵家のご令嬢だろう? 騎士の制服を着ていいても佇まいだけで高位貴族だとわかる。幼少期から培われる品格は付け焼刃ではどうにもならないのだ。夜会の度にどれだけ恥ずかしい思いをしたか。


 息子が事故に遭って亡くなったのもあの疫病神のせいだ。だからすぐに追い出したのだ。それで清々していたのに、今頃になって亡霊のように現れるなんて!

 ドナルドソン女公爵が夫の娼館通いの関係で彼女に会ってしまったのだ。娼館の女主人がジョセフの母親だと知られたくなければ用立てろと強請ってきたのだ。社交界の華も地に落ちたものだ。少し探りを入れたら借金まみれだった。


 そうだ! あの忌まわしいクロエ・ドナルドソンは私を強請ってきたのだ。だから!


 いや、殺したのはレイアだ!

 あんな女でも息子を愛しているのだ、息子のために……母親として当然のことをしたのだ。それに彼女は裁判になっても自分がレイアであることを絶対認めないだろう。

 ライザが金銭問題でドナルドソン女公爵を殺した。彼女は極刑になる、それでいいではないか。


 なんだと? 貴族としての矜持はないのかだと?


 貴女がそれを言うのか? お父上、ホルキュース公爵のことは存じ上げている、立派な近衛騎士総司令官であらせられる誇り高き騎士の中の騎士、曲がったことは許さない厳格な方だな。

 しかしな、私は知っているぞ!


 ホルキュース公爵の姪御は十年前の卒業パーティーでの婚約破棄騒動の犠牲者の一人だった。あの影響を受けた婚約者に彼女は婚約破棄されて、心を病んで亡くなられたらしいな。それでホルキュース公爵は姪の元婚約者を許せず、彼と浮気相手の家ごと潰したのではなかったか? その後に二人がどうなったか知らないが、行く末は想像がつく。直接手を下していなくて殺したようなものじゃないか。


 気持ちは理解出来る。私の息子もあの事件の影響で血迷ってレイアのような男爵令嬢と結婚したのだから。あれからすべてが狂ってしまったのだ。すべてはあの卒業パーティーでの婚約破棄、クロエ・ドナルドソンの愚行から始まったのだ。


 どうした? 顔色が悪くなったではないかクヴァルシ子爵。貴殿のお父上も同じだったな。貴殿を捨てた元婚約者の家に圧力をかけて没落寸前まで追い込み、当主を交代させたと聞いているぞ。


 本当は元凶であるクロエ・ドナルドソンに報復したかったのではないのか? しかしドナルドソン公爵家にはさすがに直接手を出せなかった。信用を無くした公爵家がじわじわと衰退していくのを見ているだけだった。


 事件の煽りを受けた被害者は大勢いる、その人たちは皆クロエ・ドナルドソンを恨んでいたはずだ。だから私が代表して手を下してやったのだ!


 そうだ、私がクロエ・ドナルドソンを突き飛ばした!

 どこまでも性根の腐ったあの女狐に止めを刺してやったのだ! 新たな犠牲者が出るのを阻止したまでだ。

 感謝されるだろう、すべての犠牲者に。


 すべての元凶だったクロエ・ドナルドソンは死んで当然なのだ!」


 読んでいただきありがとうございました。12話完結の予定です、毎日投稿しますので続きも読んでいただければ幸いです。

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