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あの日のあの言葉で――婚約破棄の煽りを受けた人たち  作者: 弍口 いく


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8/12

その8 ヴェスタ・ミネリの証言

 数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。

 ユトゥルナ王国歴1026年5月28日、9時00分、領地から戻ったミネリ侯爵が近衛騎士団本部に出頭した。


 ライザの自白で事件は解決し、彼女は投獄されて裁判待ちだった。捜査は終了したと思われたが、急転直下、ミネリ侯爵が新たな目撃者として名乗り出たことにより、事件は混迷することになる。


 ヴィスタ・ミネリ、三十九歳、大柄な中年紳士だ。広大な穀倉地帯を領地に持つ権力者だ。彼はあの夜、クロエと口論する男を見たと言う。



   ◇



「事件の夜、少々飲み過ぎてしまってな、夜風に当たろうと庭園に出たんだ。満月が美しく、気持ちのいい夜だった。


 しかし静寂を破る声が聞こえて、何事かとそちらへ向かった。時刻は九時頃だったと思う。そこでクロエ・ドナルドソンが男と言い争っているのを見た。


 私はすぐに止めようと足を向けたが、その時、うちの執事が追いかけてきたのだ。領地から崖崩れが発生したと知らせが入った報告だった。それは一大事、喧嘩の仲裁など私の頭から吹き飛んで、すぐにその場を後にして領地へ向かったのだ。


 夜通し馬車を飛ばして領地へ行き、すぐに被害の確認と後処理に追われた。怪我人は出たものの、不幸中の幸い死人はなかった。道が寸断されていたのですぐに復旧の指示を出した。


 後のことは現地の者に任せて、王都でも仕事があるので急いで戻ったのが今朝、そしてクロエ・ドナルドソンの訃報を聞いて驚いた。

 殺人事件で犯人も逮捕されたと聞いたが、それが娼館の女主人と知り、私の目撃と相違があるので、仕事を後回しにしてわざわざ出頭した次第だ。


 相手が平民でも冤罪はあってはならないことだし、真犯人を野放しには出来ない。

 私は真犯人を知っているのだ、告発するのは義務だからな。


 早くあの男を逮捕しろ。

 えっ? 誰をだと?

 言ってなかったか、私としたことが……。


 あの夜、私が見たクロエ・ドナルドソンと口論していた男はザクレウス・ゲフィオン侯爵だ。見間違うはずない、確かに彼だった。


 ゲフィオン侯爵がクロエ・ドナルドソンを殺害する現場を見たのかって?


 残念ながらそれは見ていない。先ほども言ったように、急な知らせでその場を離れたからな。あの時、私が止めに入っていればクロエ・ドナルドソンは殺されずに済んだかと思うと胸が痛む。


 なぜゲフィオン侯爵を犯人と決めつけるか? 時間的に考えて彼以外にはいないだろう。


 その娼館の女主人がなぜ自白したのかは知らないが、君たちはちゃんと調べたのかね? 犯人が女だなんて不自然極まりない。クロエ・ドナルドソンのことは若い頃からよく知っているが、彼女はあの美貌だ、不埒な考えを持つ男も多くてな、護身のために剣術や格闘術の心得があるし、女同士の諍いで後れを取るようなヤワな女ではない。


 ゲフィオン侯爵を調べるべきだ!」



   *   *   *



 やはりこうなったか……私は吐息を漏らした。ラスティとレイチェルも神妙な顔つきで頷いた。

 王宮内での女公爵殺人という大事件を上層部は早急に解決したかったので、ライザの自白で捜査を終了しようとしていたが、捜査チームはみんな納得していなかった。


 私の指示でラスティとレイチェルは密かに捜査を続行していた。公爵令嬢と言うレイチェルの身分は聞き込みの役に立った。身分を重んじる貴族社会において、公爵家への印象を良くするためにレイチェルに対して口は軽くなる。


 それに二人で行動することにより、レイチェルとラスティの距離が縮まっているように見受けられ、私は密かにほくそ笑んでいた。


 ゲフィオン侯爵の新証言は二人の捜査結果と符合する。レイチェルは資料を手に報告した。



   ◇



「気になったのはクロエ・ドナルドソンの致命傷となった後頭部の傷です。ライザ・ミーデルは、突き倒したら運悪く花壇の縁石に頭をぶつけて、と言っていました。それは検死の結果と異なります。


 縁石に数回打ち付けられている、と検死報告に書いてあります。ライザが少しでも罪を軽くしようと正当防衛になる可能性を残したい為に、何度も打ち付けて確実に殺害したことを隠したのかとも思いましたが……。


 彼女は事実関係を争わずに極刑を覚悟しています。辻褄が合いません。

 不可解な言動をするライザ・ミーデルという女を徹底的に調べました。

 結果、ライザの正体が判明しました。


 彼女の本名はレイア・マイヤーズ、元男爵令嬢です。そして一時、ゲフィオン侯爵子息夫人でした。彼女、供述の中で言ってましたよね、夫が事故で亡くなった途端に婚家から追い出されたと、それがゲフィオン侯爵家だったのです。


 十年前、ゲフィオン侯爵子息とマイアーズ男爵令嬢は両親の反対を押し切って結婚しました。例の〝真実の愛〟効果で結ばれた二人です。二人はクロエ・ドナルドソンと同い年で、卒業パーティーでの婚約破棄騒動の現場に居ました。


 学園時代、清楚で気品溢れる淑女の鑑と言われたクロエ・ドナルドソンに対して、フワフワの赤毛で桃色の瞳のレイア・マイアーズは可憐で庇護欲をそそる無邪気な美少女と評判で、男子生徒の人気を二分していたそうです。


 身分もタイプも違う二人ですが、妙に仲が良かったようです。そして、ゲフィオン侯爵令息との間を後押ししたのもクロエ・ドナルドソンだったらしいです。ゲフィオン侯爵からすれば、大切な一人息子の相手が男爵令嬢だなんて受け入れ難かったでしょう、余計なことをしてくれたと思っていたでしょうね。


 そうして結ばれた二人ですが、その生活はたった二年で終わりました。ゲフィオン侯爵令息の事故死です。暴走した馬車に撥ねられた不運な事故で彼女のせいではありません。

 しかしレイアは生まれて間もない息子を取り上げられた上に、本当に一文無しで追い出されたようです。


 その後のことは彼女が言っていたように、娼婦に見落とし、どん底から這い上がって娼館の女主人にまで伸し上がった。あの白髪が苦労を物語っています、元々は燃えるような赤い髪だったそうです。桃色の瞳も珍しいから濃い色付き眼鏡で隠しているのでしょう。


 なぜクロエ・ドナルドソンは殺されなければならなかったのか。


 これはラスティ様の推理ですが、クロエとライザ即ちレイアは学生時代の友人、ライザの正体に気付いたクロエが、ゲフィオン侯爵家の元嫁が娼館の女主人をしていることをネタに侯爵を強請ったのではないかということです。

 ゲフィオン侯爵は一人息子の忘れ形見で、跡継ぎである孫息子ジョセフの母親が、そんな身分に落ちていることを世間に知られたくなかった。


 あの夜、三人がどんな話をして、ゲフィオン侯爵、ライザ、どちらが実際に手を下したのかはわかりません。


 ゲフィオン侯爵が犯人だとしたら、ライザが身代わりになる自白をしたのは、残してきたご子息ジョセフ君の為でしょうね。まだ八歳、保護者の庇護が必要です。ゲフィオン侯爵が逮捕されたら彼の将来に大きな影を落とすことになる。


 今の自分は身分を捨てた平民ライザ・ミーデルです。侯爵家ともジョセフ君とも無関係ですからね。だからライザはわざと目撃されて、自分に捜査の目が向くようにした。自分の正体はバレないと思っていたのでしょう。


 真相を明らかにするのはゲフィオン侯爵の自供次第ですね、彼が真実を語るかどうか……」


 読んでいただきありがとうございました。12話完結の予定です、毎日投稿しますので続きも読んでいただければ幸いです。本日はこのあともう一話投稿します。

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