その10 レイチェル・ホルキュースの義憤
数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。
ユトゥルナ王国歴1026年5月29日、7時00分、前日の自白により、そのまま貴族牢に投獄されたゲフィオン侯爵が翌朝、自害しているのが発見された。着ていたシャツをロープ代わりにして首を吊ったのだ。
クロエ・ドナルドソン殺害を認めたものの、正常な精神状態ではなく矛盾することもあった。その為、さらに詳しい調書を取るために今日も尋問する予定だったが、なにも聞けなくなってしまい私は憮然とした。
結局、上層部からの指示で、事件は『酒に酔ったゲフィオン侯爵が、足元がふらついてクロエにぶつかり、倒れたクロエは花壇の縁石に後頭部をぶつけて亡くなった不運な事故。過失により人を死なせてしまったゲフィオン侯爵は良心の呵責に耐えかねて自害した』という筋書きで終止符を打たれた。
殺人事件として捜査していたにも拘らず、あまりに不自然な強制終了の裏には王家の意向があった。どうやら、現役時代は国王と懇意にしていたドナルドソン前公爵が手を回したようだ。王家にはドナルドソン公爵領の一部が献上されたらしい。そして、慰謝料としてゲフィオン侯爵家からドナルドソン公爵家に渡る鉱山もそのまま王家への献上品としてスライドする予定だ。
近衛騎士団総司令官ホルキュース公爵もその方針で幕を閉じることに了承した。
ライザの自白はなかったこととされた。
クロエ・ドナルドソンが借金まみれで元婚約者エーギルに金の無心をした事実、ルフタが娼館通いをしてツケを踏み倒そうとした事実、クロエがゲフィオン侯爵を強請った事実もすべて記録から抹消された。事件の背後関係はすべて闇に葬られた。
捜査に当たっていた者たちからすれば、なんとも納得いかない消化不良の幕引きとなった。
王家からの圧力に屈した父に対してレイチェルは憤った。
◇
「納得いきません、ゲフィオン侯爵が本当に犯人だったのか疑問が残ります。自供の時かなり興奮状態で一貫性がなかったじゃないですが、ヤケクソで言ったって感じだったし……。
それに、カッとなって突き飛ばしたと言っていましたが、クロエ・ドナルドソンの傷は一つではなかった。殺人と過失致死では刑の重さが違うので罪を軽くするための言い逃れとも考えましたが、結局彼は自ら命を絶った。裁判で争う気がなかったのなら罪を軽くしようとする理由はありません。
お父様…総司令官は『これ以上真実を追求しても誰の得にもならないから、落としどころだったのだ』なんて言うけど、真実を明らかにしなくて本当によかったのでしょうか?
裁判になれば不都合なこととが晒されて傷つく人もいるでしょうが、クヴァルシ副部長は真相を追求できなくていいのですか? このまま引き下がるのですか? クヴァルシ副部長だって、もう一度、第一発見者のリベル子爵夫人を呼んで、一から調べ直すとおっしゃってたじゃないですか。
納得されていないのですよね。
でも、上司に楯突くわけにはいかない、権力の前には引き下がるしかない、…………そうですね、それが現実ですね。
ドナルドソン前公爵は娘の醜聞を恐れた。社交界の華、淑女の鑑のまま、不運な事故で亡くなったことにしたかった。二人のご子息の為にも……子供たちには美しい母の思い出だけを残したかったのでしょうね。借金に塗れて強請を働いたなんて知られたくはない、その気持ちはわかりますが。
ライザ・ミ―デルはゲフィオン侯爵夫人が身元引受人になって釈放されたのでしたね。本来なら偽証罪で裁判にかけられるところ、あの証言はなかったことになったのですから。
ご子息と再会できたのですね。それは良かったですが……。
王都のタウンハウスは引き払って、三人で領地へ戻られる予定なのですか。まだ幼いご子息が成人されるまでは夫人が代理人として領地を守っていかれるとか、ご主人を失くされたのに気丈な方ですね。
あ、でもわかります。ゲフィオン侯爵って小心者でしたからね、今までも夫人が支えていたのだろうと想像は出来ます。もし、強請られた相手が夫人だったなら、また違った結果になっていたかも知れませんね。
……残された子供たちのためにはこの結末が良かったのかしら。
もちろん子供たちに罪はありません、愛し合った夫婦から生まれた子供たち、でもクロエ・ドナルドソンがその〝真実の愛〟を貫いたために、間接的に不幸になった人もいました。
私の従姉もその一人だった。
ゲフィオン侯爵が言っていたように、従姉はあの卒業パーティーでの婚約破棄騒動に影響を受けた当時の婚約者に婚約破棄されて心を病みました。親同士が決めた婚約でも五年間も婚約期間があったのです、従姉は元婚約者を愛していました。彼が他の女性に心を移していたことには全く気付いていませんでした。元婚約者もあの騒動が無ければ従姉を捨てて浮気相手を選ぶつもりはなかったようでした。
従姉の元婚約者はクロエのあの言葉のインパクトが強すぎて血迷ってしまった、と後で言っていたそうです。そのくらいクロエ・ドナルドソンのあの日の発言は強烈な印象を与えて、正常な判断力を失わせてしまった。
クロエ・ドナルドソンは愛する人と結ばれ、子宝にも恵まれて幸せになりました。まあ、その後、破滅の道に陥っていったのですが、それでもきっと彼女は、自分は正しいことをしたと最期まで思っていたでしょうね。
だから許せない。
エーギル・ホワイトが言っていたように、破滅するのを私も見たかった。社交界の華のまま非業の死を遂げたのではなく、本当の彼女の姿を、自分勝手な行動で周囲に混乱を招いて信用を失い、挙句、金のために人の弱みに付け込んで強請を働いた本性を白日の下に晒したかったのです。
捜査に私情を挟むなんて近衛騎士としては失格です、私って性格悪いですね。
えっ? クロエの本性は、知っている人は既に知っているとおっしゃるのですか? それに私とラスティ様があちこちで聞き込みをしたことが人々の印象に残っているだろうから、人の口に戸は立てられない、確かにそうですね。
ラスティ様には大変お世話になりました。私の至らぬところをカバーしてくださって、感謝しています。捜査が終了して通常勤務に戻ればもうお会いする機会もないのですね。少し、寂し……いえ、なんでもありません。
私は従妹のことがあってから、殿方を信用できなくなっていましたけど、酷い男ばかりじゃないことがわかりました。もちろんクヴァルシ副部長もそうですよ、信用に値する……あら? クヴァルシ副部長は? いつの間に退室されたのですか? 私の愚痴が聞くに堪えなかったからでしょうか?
えっ? 気を利かせてくださった? それはどういう意味……。
(その時、私はドアの外で聞き耳を立てていた)
次の休日の予定ですか? 別にありませんけど……」
読んでいただきありがとうございました。12話完結の予定です、毎日投稿しますので続きも読んでいただければ幸いです。
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