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あの日のあの言葉で――婚約破棄の煽りを受けた人たち  作者: 弍口 いく


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6/12

その6 カロン・クヴァルシの回想

 数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。

 ユトゥルナ王国歴1026年5月25日、15時00分、エーギル・ホワイトの聴取が終わり、今日のところは他に呼んでいる参考人はいない。領地からドナルドソン前公爵夫妻が王都に到着すれば召喚する予定だが、三日後になる。


 その間にも捜査は進められている。

 ドナルドソン公爵家の使用人たちへの聞き込みは他の騎士が邸に赴いて行っている。そこからドナルドソン公爵家の経済状況も探っている。そしてルフタの娼館通いの裏付けも……。


 それらの報告を受けてから、私は王宮を後にして帰宅した。


 王都の邸で妻と幼い二人の娘が迎えてくれた。

 妻のフレイアは二歳年下の元王宮勤務の上級文官。七年前に上司の勧めで結婚した。結婚後も仕事を続けていたが妊娠を機に退職した。


 私は二日間の供述を思い出していた。

 特に度々話に出てきた卒業パーティーでの〝真実の愛〟による婚約破棄騒動のことはよく覚えているので気になっていた。


 あの騒動の後、社交界のカリスマだったクロエに倣うものが続出した。それにより一時、貴族社会が混乱に陥り、親世代は火消しに奔走した。

 その後、貴族間で婚約が結ばれる時の契約書の枚数が増えた。解消や破棄した場合の罰則が設けられ、違約金の額が倍増した。


 エーギル・ホワイトが言ったように、間接的に被害を受けた者もいて、いまだに恨みを抱いている者がいるかも知れない。


 かつて王宮勤めをしていた妻は仕事の話も聞いてくれる。この日は話さずにはいられなかった。



   ◇



「君も覚えているだろう、ちょうど十年前、クロエ・ドナルドソンが卒業パーティーで、当時の婚約者に婚約破棄を突き付けた騒動。君はその一年前に卒業していたから現場にはいなかっただろうけど、私はそのパーティーに出席していたのだよ。


 当時の婚約者がクロエ・ドナルドソンと同い年で卒業生だったから、彼女をエスコートして会場にいたのだ。

 え? はじめて聞いた? 君と出会う前の話だからな。


 実は私も煽りを受けた一人だったのだよ。


 パーティーの真っ最中、それは唐突に始まった。

 クロエ・ドナルドソンが良く通る声で、

『エーギル・クイリヌス伯爵令息! あなたとの婚約を破棄します!』と婚約者だったエーギルに婚約破棄を突き付けたのだ。彼にとっては青天の霹靂だったのだろうな、言葉もなく愕然としていたよ。


 場内は騒然とした。

 ヒロインになり切っているクロエは美しい瞳を涙で潤ませながら、当時はグラッセ男爵令息のルフタにしなだれかかっていた。まあ、美男美女で絵になる二人だったけど、泣きたいのはエーギルの方だったろうね。


 エーギルが使用人の娘と火遊びしていることを暴露し、『あなたも真実の愛を貫いてちょうだい』などと宣ったのだ。親切心で言ったとは思えない。当時はそれが事実かどうかは知らなかったが――今日のエーギルの供述で事実だったと知ったけど――クロエは、先に浮気をしたのはエーギルだから自分たちは悪くないと強調したかったのだろうな、姑息なやり方だよ。


 婚約破棄するにしても家同士で話し合って穏便に済ませることは可能だったはずだ。クロエたちは最悪の方法でエーギルの未来を奈落の底に突き落とした。


 まるで歌劇でも観ているようだった。彼女の凛とした声は心の奥深くまで浸み込むような感覚を覚えた。彼女のカリスマ性がそうさせたのだろう。冷静に考えてみればただの浮気、エーギルに対する裏切り行為だ。それを見事にロマンスに変えてしまった。


 〝真実の愛〟のインパクトが大きかったから、関係する人々の迷惑は隠されてしまった。そして自由恋愛を夢見ていた学園生たちの胸に響いたようだ。


 私の元婚約者もそうだったのだよ。

 私たちの婚約は親同士が決めたものだった、卒業の半年後には式を挙げる予定で準備が進められていた。あの騒動が無ければ恙なく挙式していただろう。


 二年間の婚約期間中、私たちの関係は順調だった。いいや、そう思っていたのは私だけだったようだが……。私は婚約者としての義務は果たしていたし、大切にしていた、紳士として当然だからね。ただ、愛していたかと問われると否だ。政略結婚なんてそんなものだろ。でも夫婦として一緒に生活を始めれば情も生まれるものだと割り切っていた。


 しかし彼女は違ったようだ。家同士の繋がりの重要性も理解していなかった。いいや、わかっていても止められないのが恋愛なのだろうか、当時の私には到底わからない感情だった。


 彼女はクロエの言葉に感化されて、自分も真実の愛を貫きたいと思ったようだ。学園時代の同級生と駆け落ちした。結婚式の一カ月前で招待状も発送済みだった。そもそもこの婚約は先方の伯爵家から優秀な私を婿に迎えたいと懇願されて調ったものだったのだがね。


 えっ? 自分で自分のことを優秀だと言うなと? 優秀だろ私は。


 伯爵家の領地経営や執務を任されることになっていて、結婚と同時に退職する予定だったから困ったね。退職届も提出済みだったのに婿入りがなくなり、どうしたものかと……。

 結局、私が優秀だったことが幸いして、ホルキュース公爵から近衛騎士団調査部に勧誘されたから良かった。でも、しばらくは後ろ指を指されたよ。婚約者に逃げられた情けない男にされてしまった。私には一ミリの瑕疵もないのに理不尽な話だよ、まったく。


 激怒したのは私より父だった。我がクヴァルシ侯爵家が侮辱されたも同然だ。プライドが高い父は烈火のごとく怒り狂ったよ。


 父上が真っ赤になって怒っている顔が目に浮かぶって? そうだろ、頭の血管が切れるのではないかと心配だったよ。


 娘の不始末に父親の伯爵は額を床に擦り付けて謝罪した。私は許さないまでも済んだことはどうでも良かったのだが、父はそれでは済ませなかった。侯爵家が恥をかかされたのだ。相手の伯爵家との関係を一切断ち、寄り子の家にもそれに倣うように通達を出した。


 そうなると我が侯爵家の派閥だけではなく、横の繋がりがある家も倣う。当時はまだ宰相室に所属していた父は、そして我が家は、それなりの権力を持っているからね。元婚約者の家は一時爵位を返上しなければならない寸前まで傾き、親戚から養子を迎えて、当主交代を余儀なくされた。


 なんとか持ち堪えたようだが、娘の愚行で没落の危機に瀕したのだ。そんな娘に育てた親の責任でもあるのに、卒業パーティーでのクロエ・ドナルドソンのあの言葉を聞かなければ、彼女がバカなことをすることはなかったと、娘の自分勝手な所業は棚に上げて、クロエに唆されたと恨んでいたそうだよ、今も恨んでいるかも……。


 私か?


 私はむしろ感謝しているくらいだよ。だってそうだろ、あのまま元婚約者と結婚しても、恋人との関係が続いていれば夫婦関係が円満に行くとは思えないし、托卵されていた恐れもあるのだよ。

 元婚約者に恋愛感情は全くなかったから、心の傷もないよ。


 駆け落ちした元婚約者だけどね、その三年後、王都に戻って来たよ。それはみすぼらしい姿になってね。彼女のことなどすっかり忘れていたから、すぐには誰かわからなかった。


 そうだよ、ちょうど君と結婚した直後だった。


 彼女は駆け落ちしたものの、無計画に市井へ飛び出した貴族の子女が生活していける訳がない。持ち出した金や宝石類が底をつくとたちまち困窮したらしい。当然だろう、今まで貴族として何不自由ない暮らしをしていた細腕で平民のように働けるはずないだろ。


 男は彼女を捨てて姿を消したそうだ。

 真実の愛は三年しか持たなかったのだよ。いや、三年も持ったほうかな。


 彼女は実家の伯爵家を頼るも、家に入れてもらえるわけがない。既に当主は交代しているし、もう頼れる人はいない。自分は間違っていたと泣いて縋られたよ。でも、謝られてもどうしょうもないだろ。既婚者である私にどうしろというのだ? 愛人として囲ってもらえるとでも期待していたのだろうか?


 本当に勝手な人間だよ。あんな女と結婚しなくて本当に良かった。


 えっ? クロエに感謝しろと言うのかい?

 そうだな、あの日の彼女のあの言葉『真実の愛に出会ってしまったから、愛のない政略結婚は出来ないわ』が無ければ、私は恐らく元婚約者と結婚していたからね。


 クロエ・ドナルドソンに感謝しなければならないかな。君と政略ではない結婚が出来たし、今なら〝愛のない結婚は出来ない〟と言った彼女の気持ちがわかる。君が私に愛する幸せを教えてくれたからね。


 愛しているよ、フレイア。


 でも、私のような者ばかりではないだろうな。間接的に被害を受けた人たちや家もあるだろうし、殺したいほど恨まれている可能性はあるね。


 実はレイチェル嬢も間接的に被害を受けた一人なのだよ。

 彼女が姉のように慕っていた従姉の伯爵令嬢が、あの騒動がきっかけで婚約破棄されてね。親同士が決めた婚約だったけど、従姉は彼を愛していたそうだ。突然の破棄にショックのあまり心を病んで、立ち直れずに衰弱して儚くなったそうだ。


 それでレイチェル嬢は男が信用できなくなり、結婚はしないと宣言して近衛騎士になったのだよ。ホルキュース公爵はそんな娘を心配して、私になんとかしろと無理を言うのだよ。


 どうやら部下のラスティのことは気になっているみたいだから、仲を取り持てと無茶を言う。いやぁ、それは公爵の勘違いだとは思うのだけどね、だってラスティのような美丈夫と目があったら、恋愛感情じゃなくてもドキッとしてしまうだろ。


 わかる? 君もそうなのか?

 きっとレイチェル嬢も例外ではなかっただけだと思うのだが。


 ……でも、お似合いかもしれないな。ラスティは眉目秀麗で男の私から見ても麗しい美男子だけど、チャラチャラしたところがない真面目な男だ。昔から令嬢に追いかけられて嫌な思いをしているから未だに独身だけど、女性を裏切ったり悲しませたりする男ではない。


 身分は違うが、ホルキュース公爵はこの際、可能性があるのなら身分は問わないとおっしゃっている。


 えっ? 私に男女の間を取り持つなんて器用なマネは出来ないと言うのかい? 確かにそうなのだけど……。困ったことに、少しでもきっかけが出来ればと、今回、二人を助手に任命したのはホルキュース公爵の差し金なのだよ。


 公私混同? そうなのだけどね。事件に私情を挟むような二人ではないし大丈夫だよ。


 ちなみに従妹の伯爵令嬢を婚約破棄した元婚約者は、彼女がホルキュース公爵家の親戚だと言うことを失念していたのか甘く見ていたのかはわからないが、浮気相手の家と共に家ごと潰されたよ」


 読んでいただきありがとうございました。12話完結の予定です、毎日投稿しますので続きも読んでいただければ幸いです。

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