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あの日のあの言葉で――婚約破棄の煽りを受けた人たち  作者: 弍口 いく


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その3 ルフタ・ドナルドソンの供述

 数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。

 ユトゥルナ王国歴1026年5月24日、13時00分、ルフタ・ドナルドソン公爵が取調室に現れた。


 ルフタはスラリとした長身でサラサラの銀髪にアクアマリンの瞳、中性的な雰囲気を醸し出す彫刻のように美しい青年だ。二十八歳で二児の父親には到底見えない、まだ二十歳そこそこと言っても通るだろう。

 彼は泣き腫らした真っ赤な目で取調室に入ってきた。



   ◇



「お悔やみの言葉ありがとうございます。皆様、慰めてくださるのですが、涙が止まらないのです。こんな情けない顔で申し訳ありません。ちょっと失礼。(チーン、と鼻をかむ)涙って枯れないものなのですね。とめどなく溢れてくるのです。


 ああ、クロエ! なぜ私を置いて逝ってしまったのだ! 私はこれからどうすればいいんだ。子供たちになんと説明しよう、六歳と四歳の息子です。二人とも金髪で、長男は彼女に似てエメラルドの瞳、次男は私譲りのアクアマリンの瞳、二人とも整った顔立ちのとても美しい少年です。


 まだ母親の死を知らせていないのです、検死で遺体が戻っていませんからね。でも、葬儀の準備もしなければなりませんから、ちゃんと告げなければならないのですが、いったいどう言えばいいか。長男は理解できるでしょうが、次男はまだ幼いですから……。(チーン、と再び鼻をかむ)私はこんな状態ですから、冷静に話をする自信がありません。


 ああっ、クロエ! なぜこんなことに……。


 事故ではないのですね。ただ足を滑らせて転んだだけの傷ではないと言われました。まさか彼女が殺されるなんて……あの女神のような女性を殺すなんて……。(ズズズッと鼻を啜る)


 ああ、あの夜のことでしたね。


 私と夜会に参加していました。妻は社交界の華ですからね、彼女自身も華やかな場所が好きでしたし楽しんでいましたよ。いつの間に私の元を離れたのか気が付きませんでした。私も知り合いと話をしていましたから、ずっと一緒にいたわけではないのです。


 社交界で人脈を広げるのも仕事だと言っていましたから積極的にいろいろな人と話をしていました。だから誰かと仕事に繋がる話をしているのだと思っていました。それがまさかあんなことに! 私がずっと付いていれば彼女は死なずに済んだかも知れない、悔やんでも悔やみきれませんよ。(チーン、とまた鼻をかむ)


 フランクリン伯爵夫人が駆け込んで来た時、私はちょうど喫煙室に居ましたから聞こえなかったのです。クロエが亡くなったと聞かされたのは戻ってからでした。すぐに庭園へ行きましたが、既に現場は封鎖されていて……。


 誰かに恨まれる?

 そんなことは考えられません! あなたも妻がどんな女性かご存じでしょ。社交界の華、淑女の鑑と誉れ高い女性ですよ。外見だけでなく心の中も綺麗で、面倒見がよく誰にでも優しい彼女が恨みを買うはずありません。あの美貌だから妬まれることはあるでしょうが。


 彼女を愛していました。

 ……ました、もう過去形になってしまうのですね。


 ああっ、クロエ! なぜ私を置いて一人で逝ってしまったのだ。白髪が生えるまで共にいようと誓ったのに、君は美しい金髪のままじゃないか。


 そうです、私たちは〝真実の愛〟を貫くために数多の苦難を乗り越えてきました。十年前の卒業パーティーでの出来事はご存じですよね。


 クロエはドナルドソン公爵家の一人娘で後継ぎでした。成績優秀なクイリヌス伯爵子息が婿に入る予定だったのです。しかしクロエは婚約者だったクイリヌス伯爵令息より、男爵家の三男に過ぎない身分が低い私を選んでくれたのです。卒業パーティーで宣言しました。


 あれは愚行だったと批判も浴びましたが仕方なかったのです。ああでもしなければ私たちの〝真実の愛〟は貫けなかったでしょう。親たちの意向に流されて政略結婚を強いられていたでしょうから。


 そこまでしてくれたクロエの愛は嬉しかった、でも同時に不安でした。下位貴族の私が公爵家へ婿入りするなんて考えられないことでしたからね。作法も違うし教養も全然足りていない。彼女の横に立つに相応しい男になるため、死にもの狂いで努力しました。


 順調には運びませんでした、何度投げ出しそうになったか。でも彼女は私を見捨てませんでした。優しく、時には厳しく導いてくれました。今の私があるのは彼女のお陰です。


 えっ? 婚約破棄されたクイリヌス伯爵令息ですか?


 まさか、彼を疑っているのですか?

 ありえませんよ、彼がクロエを恨むはずないです。だって、彼にも心に秘めた女性がいたのですからね、相手は使用人の娘で平民ですから身分違いの恋と諦めていたらしいですけど。


 クロエに婚約破棄されて予定していた婿入りがなくなった彼は、継ぐ爵位もなく家のお荷物になるのが嫌で、思い切って伯爵家を出ることにしました。クロエは自分のせいで居場所を失くした彼のフォローも忘れませんでした。とある大手商会に紹介したのです。


 クイリヌス伯爵令息は学生時代の成績もよく優秀な人でした、それに商人に向いていたようです。今では隣国で自分の商会を立ち上げて順風満帆ですよ。恋人と結婚して子宝にも恵まれて幸せそうだと聞いています。感謝することはあっても恨むことはありませんよ。


 はあ? ドナルドソン公爵家の財政状況ですか?


 公爵家の執務はほとんどクロエに任せきりでしたから私にはわかりませんが、問題はなかったはずです。彼女からはなにも聞いていません。


 私には犯人に心当たりなどありません」


 読んでいただきありがとうございました。12話完結の予定です、毎日投稿しますので続きも読んでいただければ幸いです。

 ☆で評価、ブクマなどしていただけると励みになります。よろしくお願い致します。

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