その2 フィノーラ・リベルの供述
数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。
ユトゥルナ王国歴1026年5月24日、10時00分、リベル子爵夫人フィノーラが近衛騎士団の取調室に現れた。
昨夜フランクリン伯爵夫人と一緒にいたもう一人の第一発見者である。フランクリン伯爵夫人はショックのあまり寝込んでしまったので後回しになった。
貴族用取調室はサロンのようなテーブルセットにお茶も用意されている。
フィノーラ・リベルはレイチェルに促されて席に着いた。ミルクティー色の髪にヘーゼルの瞳、特別美人ではないが落ち着いた感じの気品がある夫人だ。
聴取を担当するのは捜査部副部長の私と、補佐はラスティ・ディックス、ハニーブロンドにサファイアの瞳、眉目秀麗な二十四歳。まだ父親が現役なので伯爵令息という身分だが、長兄が家督を継ぐと四男の彼は伯爵家から離れることになる。それまでになんとか手柄を立てて叙爵し、貴族の身分を保持したいと努力を重ねている青年だ。優秀な頭脳の持ち主でそれを生かせる捜査部に配属された。
そしてレイチェル・ホルキュースを助手に指名したのは、今回は事情聴取の対象が貴族夫人も多いため、女性騎士かつ高位貴族でもある彼女は都合がいいという意味もある。
部屋の隅には書記官が机に向かっており、薄い壁の隣室の観察室にも捜査関チームが配置されて、聴取の様子を監視している。
早速、聴取が開始された。
◇
「フィノーラ・リベル、二十五歳、夫はリベル子爵です、間違いありませんわ。嫌ですわね、年齢も記録されるのですか?
義務ですから仕方なく出向きましたが、少々困っておりますのよ。主人に『厄介なことに首を突っ込むな』と叱られてしまいましたわ。でも、好きで巻き込まれたわけじゃありませんのよ、ご遺体を発見してしまったのは偶然ですし、見なかったことにもできませんでしたから。
あら、あなたはディックス伯爵家のラスティ様ですよね! 王立学園時代の一年後輩でしたわよね。学年が違いますから私のことなどご存じないのも無理はありませんわ。でも、あなたは有名人でしたからね、見目麗しいお姿で女生徒憧れの的でしたもの。
近衛騎士団に入団されていたのですね。騎士の制服がよくお似合いで凛々しいです、学生時代以上に魅力的ですわ。あら、まだ独身でいらっしゃるの? では今もご令嬢に騒がれてらっしゃるのではありませんか?
えっ? この手首の痣ですか?
不注意でテーブルにぶつけてしまいましたの。大したことはありませんわ。もう痛みもありませんから聴取に影響はございません。
ユトゥルナ王国歴1026年5月23日、21時過ぎ、正確な時間は覚えていませんが、王宮庭園でクロエ・ドナルドソン女公爵のご遺体を発見しました。
なぜ、そんな場所へ行ったか、ですか?
少し飲み過ぎてしまったようで、火照った体を冷やすため夜風に当たろうとテラスへ出たのです。そこで偶然、懐かしい方とお会いしました。そう、フランクリン伯爵夫人のアウローナ様です。
彼女は王立学園時代の友人でした。
彼女は結婚して、婚家の領地へ行かれましたからお会いする機会がありませんでしたの、ですから五年ぶりの再会だったのです。
彼女も夜風に当たろうと会場を抜けてきていたのです。彼女はほとんど領地の本邸で過ごされていますから、王都の社交界ではお見掛けしませんでした。年子で男の子を出産されたので、やんちゃ盛りで手がかかり、なかなか王都まで出て来れないとおっしゃっていました。羨ましい限りですわ、私はまだ子宝に恵まれていませんから。
そんな話をしながら、月明かりに照らされ夜露に濡れて美しい薔薇に誘われ、庭園の方まで足を運びました。
彼女との再会は十代の自分を想起させました。
私も彼女も学生時代に思い描いていたような人生ではなかった。アウローナ様は学生時代にお付き合いされていた恋人と卒業後に結婚するつもりだったそうですが、結局、叶わず、親が決めた相手に半ば無理やり嫁がされたそうです。でも今は夫婦円満で幸せそうですわ。
私の方は、長女の私が実家のポントス伯爵家を女伯爵として継ぎ、婿養子を迎えることになっていましたのよ。でも予定が変わり、一歳年下の妹が家を継ぐことになりました。
お恥ずかしい話、父が新規事業に失敗して大きな負債を抱えましてね、たちまち伯爵家は火の車で、私が継ぐ前に没落の危機に陥ってしまいましたの。
その解決策として、父は手っ取り早く借金を私で支払ったわけですよ。借金をしていた金融業を営むリベル子爵は、ちょうど後妻を捜していましたから。若くて教養があり聡明な乙女をお望みでした。私は条件にぴったりだったわけですよ。
学園での成績は常の五位以内をキープしていましたし、伯爵令嬢としての作法や教養も当然身に付けている無垢な乙女でしたからね。
そういう訳で自分の父と同じくらいの年の中年男に嫁ぐことになりました。
今はリベル子爵夫人として夫の仕事を手伝い、社交界に顔を出していますわ。二十も年上の男と金目当てに結婚したと陰口を叩かれることも有りますが、妬みですから気にしていません。子爵位と家格は低いですが、そのへんの高位貴族よりよほど裕福ですからね。身に付けているものモノもすべて一流品ですのよ。名前ばかりで裕福とは言えない高位貴族のご夫人方はさぞや悔しいのでしょうね。
人生、ほんとうに先のことはわからないものですね。
由緒正しい古参伯爵家を継ぐ予定だった私が成金新参貴族の夫人になったのですから。もちろん私を売った父とは絶縁しました。以後の融資はしていませんから、父も当てが外れたと言うところでしょうね。私に恨まれないと思っていたのでしょうか。
妹とその婿は、無謀な事業に手を出そうとする父を早々に引退させて領地に押し込めました。賢明な判断です。そうしなければ今頃ポントス伯爵家は無くなっていたでしょう。領地を切り売りして、なんとか持ち堪えたようです。妹に恨みはありませんから少しばかりの援助はしました。
えっ? 私の身の上話は必要ない?
ああ、そうでしたわね。アウローナ様と再会して過去を思い出してしまったものですから、つい喋りすぎてしまいましたわ。失礼致しました。
でもね、過去の話が無関係だとは限りませんよ。どこかで絡まっているかも知れませんわよ。
ドナルドソン女公爵だってそうでしょ、十年前、卒業パーティーで侯爵令息との婚約を一方的に破棄して、今のご主人と〝真実の愛〟で結ばれ幸せになりました。めでたしめでたし、とはいかなかったわけですから。
殺されてしまったから?
いいえ、違いますよ。ドナルドソン公爵家はもはや張りぼて、財政難に陥って首が回らない状態なのですからね。
なぜそんなことを知っているかって?
夫は金融業を営んでいるのですよ、平たく言えば高利貸しです。ですから高位貴族の財政状況も把握しています。回収の見込みがないと判断したら、たとえ高位貴族でも貸し出しはしませんからね。私も仕事を手伝っていますから情報は入ってきます。ドナルドソン公爵家は借金を抱えていました。だから思うのです、ドナルドソン女公爵は金策に奔走していた、その関係でトラブルに巻き込まれて殺されたのではありませんか?
えっ? 私の推理は聞いていないですって?
そうですか、余計なことでしたね。
お聞きになりたいのは、あの時の見たままの事実でしたね。
庭園で倒れている人を見つけた。ただそれだけです。
私とアウローナ様はまさか亡くなっているとは思わずに駆け寄りました。
倒れていたのがクロエ・ドナルドソン女公爵だとすぐにわかりました。
貴族社会を根幹から揺るがす騒動を起こした有名人ですからね。先ほども言いました十年前の卒業パーティーでの婚約破棄、家と家とを結びつける政略結婚を真っ向から否定して、それに追随する者も現れて混乱を招いた張本人。当時は叶わぬ恋に悩む若者たちの救世主だと持ち上げられたりもしましたよね。
浅慮な方々が自分たちも倣って愛に生きるのだと宣い、婚約破棄や離婚が続出しました。する方もされる方も双方傷を負うってことがわからない愚かな人たちですよ。直接関係なくても、煽りを受けて被害を被った方もいらっしゃるとか、トラブルになって傾いた家もあると聞いています。家の醜聞は必死で隠しますから公になったものは少ないでしょうけど。
私はそのパーティーは知りませんよ、私が入学する前の出来事でしたからね。でも、あの騒動はかなり後を引いて語り草になっていますからね。
かつては常に注目の的で、羨望の眼差しを向けられていたカリスマが、足を放り出して仰向けに倒れていましたわ。ばらけたプラチナブロンドが月明かりに照らされて輝いていました。でもその一部が赤く染まっていましたの、そうです頭部の下には血が広がっていたのです。よく見えましたとも、月がとても明るかったですし、近くにランタンも灯っていましたから。どうやら花壇の縁石に後頭部をぶつけたようでしたわ。
アウローナ様は血を見て取り乱しました。悲鳴を上げて走って行かれました。無理もなかったのですが私は置き去りにされてしまいました。
私は茫然と立ち尽くしてしまいました。恐ろしくて膝が震えて足が動かなかったのです。情けない話ですわ。
どのくらい固まっていたでしょうか、気が付くとアウローナ様の知らせを聞いて、騎士の方々が駆けつけていました。
これがあの夜、私が見た全てです」
読んでいただきありがとうございました。12話完結の予定です、毎日投稿しますので続きも読んでいただければ幸いです。
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