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その音が止まるまで  作者: 神永瞬子
五章 鶴と亀、龍と虎に、あとはひと
15/17

15.巡り合わせ

「なぁ、おい。歌えや」


 待ち人は来ず、ただ春だけが先に訪れたと歌った人が居た。厳冬の明け、孤独、そして希望を感じさせながらも、未だはっきりとは姿を現さない春の足跡を感じさせる名歌である。

 では、夏はどうか。ただ縁側の窓を開けて、涼しさを届ける風の訪れを待つ一方で、それはこない。ただやってくるのは、ぼんやりとした蝉と波の声だけである。


「……う、……ぐ……」


「隠し持ってんだろー? ホラホラ、怖がらないで声、出してごらんよぉー?」


 夏の暑さを耐えるために、だらだらと物を語る人は後を絶たない。今でこそ、鮮やかな色彩でもって語られる夏だが、その昔はむしろ、冬と並ぶほどに趣のない季節だと言われていた。歌集のその数が、それを雄弁に物語っている。


「最悪のセクハラみたいになってんぞー」


「ねぇ~え~。歌えるんだろぅ? おにぃさん聞こえちゃったナァ? 昨日お風呂場で熱唱してるの、聞いちゃったんだよネェ?」


「…………」


 しかし、夏もただ趣無く、つまらないものとして歌われていたわけではない。衣替えの季節。夏の初め、その白い衣が干されている山の姿を、あるいは、夏越しの禊、その唐衣の紐を結う人々の姿を、鮮やかに描き出している歌がある。

 夏の暴力的なまでの日差しとその光の中、鮮やかに舞うその衣の白さへの憧憬は、今に始まった話ではないのだ。あるいは、暑いからこそ、服を意識するのだろうか。


「ごめん。遅れた……。……って、何してるんだ、二人とも?」


「あ、先輩。お疲れさまです。今、リンが自作したボーカルの楽譜を意図的に隠してたのと、あと、まぁまぁ歌えるんじゃないかっていう容疑がかかってて、それを貴虎が詰めている最中です」


「歌か……。ところで、そこの部屋の隅で死んだ目をして練習している龍樹は?」


「リズム感育成のためにメトロノームに合わせて色々練習してるんだとか。先輩も今日やるみたいですよ」


「そうか……」


「ホラ、ラの音に合わせて、声を出すだけでいいんダヨ? 聞かせて欲しいナ? ん? Aって言った方が伝わるかな? ギター五弦の解放音、だよォ?」


 はぁ、と八鶴はため息をついて、パン、と手を叩いた。リンと貴虎、二人の視線がそちらに向いた。


「や、八鶴ー! 助けてくれ! 俺、人前で歌った事ねぇんだって! ボーカルのパートを作ったのも、歌詞つけたのも全部完成させたあとの勢いだったんだ! 没で良いって、そう言ってくれ!!」


「お、来たか、八鶴。お前もすぐにリズムの奴隷にしてやるからな。楽にしてやる。分かったらとっとと準備を済ませて死んだ目でメトロノームと友達になろうな?」


「はい。分かったから、一旦落ち着きなさい」


 そう言われて不貞腐れるように黙る目の前の二人を見て、結局大して人間というのは変わらないんだなと、厭世的な気分になりかける。


「まず、貴虎」


「ん」


「ドライな話、おれたちはリンに協力している身だ。提案することは出来ても、強制はできない。全てはリンのお願いで始まったんだ。焦る気持ちも、あがる気持ちも分かるが、落ち着け」


「ん!!!」


「つぎ、リン」


「はい」


「……どうしたい?」


 真っすぐそう聞かれて、思わずリンは言葉に詰まった。そして、色々と考えてようやく言葉になったのが、あまりにも矮小で弱弱しく、さらに言葉に詰まった。しかし、八鶴はその様子を見て助け船を決して出さない。ただただ、リンの回答を待っている。

 そうして、仕方なく絞り出されたのは、本当にしょうもない、と言えるよな一言だった。


「…………恥ずかしい、んだよ」


「恥ずかしいで音楽が出来るかバカヤロー! 下ネタ怪文書をぶちまけるくらいこっちは標準だっての!!」


「貴虎」


「ウッス」


「そもそも、歌いながらギターを弾くの、出来るのか? 少なくとも初心者のおれには想像するのも難しい話なんだが……」


 リンは少し考えた後、練習すれば、と小さく言った。八鶴はそれを見た後、今度こそ貴虎に視線を向けて尋ねた。


「その、リンが作ったというパート、貴虎的にはどう映る?」


「文句ナシ。……あったらその時点でこっちが没にしてるわ! だからムカつくんだよ下らねぇ理由で!!」


「そうか」


「あっさり!!」


 すこし、八鶴も考えるように顎に手を当てた後、リン、と未だに俯いて膨れている彼に声をかけた。


「最初に言った通り、これはリンの曲で、リンの企画だ。やりたくないのなら、やらなくていい。後悔しない方を選べ。……ただ、おれは、やった方が良いと思う。できるのなら、そして、貴虎が背を押してくれているのなら、なおさらな」


「俺も賛成」


 すると、遠巻きにそのやり取りを見ていた介が手を上げて言った。


「やっぱり、せっかくのバンドならボーカル、居た方が良いと思う。……そっちの方が楽しそうだし」


「……龍樹は?」


 八鶴に呼ばれて、はっと龍樹は顔を上げた。


「私もなにも……。リンさんが納得すれば、それで」


「話しかける前からズレてた。また頭からやり直せ」


「はい……」


「初めて会った頃の面目丸つぶれだな……」


「というより、貴虎が容赦なさすぎるだけだと思いますけど」


 本格的に全員の練習が始まってから特にしごかれている龍樹に、同情するようにそう漏らした八鶴と、冷めた目でそれを評する介。

 その二人の言葉に、はん。と鼻を鳴らして貴虎が言った。


「楽器の前じゃ全員平等だ。金持ちだろうと王様だろうとヘタクソはヘタクソで、貧乏だろうと奴隷だろうと上手いヤツは上手いんだ。それだけ。弾ける技術を磨いたヤツが弾けるんだ」


「……その弾ける技術を磨けるタイミングだって、磨いた後の成果だって平等じゃないですけどね」


 恨みがましそうにポコポコとスティックを動かしながら、ボソッと龍樹がそうつぶやいた。それにすぐさま、貴虎の言葉が飛んでくる。


「そのタイミングを前にしてなおヘタクソだから今お前はメトロノームの前に居るんだよ!! ドラムが終わったら全部おじゃんなんだからたりめぇだろタコ野郎!」


「楽しけりゃいいとか言ってたヤツとは思えねぇ言葉だな……」


「うっせ!! 楽しむのも居場所を作るのも泥臭く手ェ動かしてからがスタートラインだろ! 何もせずして何が楽しいんじゃボケ!! 暇なだけだろ!!」


「案外、貴虎ってアツいよな……」


「あの……俺のボーカルの話は…………」


 リンはおずおずとそう四人に尋ねるが、もう誰もリンのボーカルの件など気にしていなかった。やりたいのなら、やれるのならやれ。その信頼された孤独がリンには新鮮で、なにより嬉しかったが、それはそれとしてムッとしたのは事実だった。

 書き直しにつぐ書き直しで、くしゃくしゃになって、真っ黒になった楽譜を手に取って、いつも通りのギターを担ぐ。

 息を吸って、ギターを鳴らす。声を出そうとして、一瞬困った。……確かに、少しだけ頭がこんがらがる。どちらを意識すればいいのか。でも、やる。

 リンの歌声とギターは、のびやかに部屋に響いた。外から入ってくる蝉の声も、波も、それを妨げるには足りなかった。

 ……いや、やっぱり難しいな。思わず、ギターの手が止まった。そしてやって来たのは、水を打ったような静寂だった。顔を上げる。全員が全員、ポカンとした顔でリンを見ていた。

 恥ずかしいと思っていたし、今でも少し恥ずかしいが、これは、これで。


「何? 練習してるだけだけど」


 生意気にそう言って、舌を出した。



 練習は時間喰い泥棒だ。よく、ババアに口酸っぱく言われたことを思い出した。なんべんやっても、いくらしても、足りない、足りない、足りるはずがない。一か月……も、ないか。そのくらいの時間、すぐに吹き飛ぶ。

 合わせの練習、リハ、どうしよう……。それが目下喫緊の課題だった。ある日の練習終わりの夕方、龍樹の家を出ようとする八鶴と介を呼び止めて、ダメもとで聞いてみた。


「ん、出来ると思うぞ」


 あっさりと答えが返ってきやがった。しかし、ケロッと答えた八鶴とは対照的に、介は少し不安げに口を開いた。


「……でも、今龍樹の家にあるアンプたちを運ばないと、音、出ませんよね。さすがにショボい音で合わせとは言えないし」


「あ、そうだ」


 一つ、思い出したことがあった。すぐに八鶴に尋ねる。


「企画の申請、どうなったよ。場所とか、時間とか」


 すると八鶴も、言われて思い出したのか、あぁ、そうそう。と言いながら、鞄をあさって紙を取り出した。


「えっと……、時間は11:30から12:30の一時間。結構くれたな……、運び込みも込みかどうか聞かないと。それで、場所は――」


 と、そこまで読み上げて八鶴が固まった。なんだ、突然。そう思って八鶴の持ってる紙をのぞき込んで、そして、理解する。


「……申請、許可してくれたのも、場所貸してくれるのもいいけど、マジでテキトーなんだな」


 屋上。機材の持ち込みも、電源も、その他一切のあらゆる面も考慮されていない、本当に何も考えずにロケーションだけで決めたようなその決定に、思わずため息がでた。


「これは……、マジでやばいですね」


 一緒に覗き込んだ介も青ざめながらそう漏らす。


「……一応、準備とか、機材置けるかとか、その他もろもろ、もう一度ちゃんと聞いてくるよ…………」


 八鶴が遠い目をして、そう弱弱しく宣言した。

 それから数日して、色々なことが八鶴づてで分かって来た。前日の放課後だったら、ドラムを使っての練習が出来ること。運び込みも、屋上手前の踊り場までだったら前日に済ませても良いとのこと。電源は延長コードと死ぬ気のタコ足でなんとかなりそうなこと。……本当にいいのか?

 敵意はないが、別にこっちの事情なんて知ったことが無い感じが妙に新鮮で、それを聞いたときに思わず笑ってしまったのを覚えている。


「――という訳で、前日に一気に合わせの練習やらなんやら済ませるので、そのつもりで頼むわ」


「おーー!!」


 四人が遠い目をしている中、リンだけが遂にきた通しの練習と、夜の学校という要素に妙に盛り上がっていた。

 ……やっぱり、作詞作曲の調整をいまだにしてるからだとか、新しくボーカルの練習も始めたからだとか、そう言うの全部無視して、コイツに全部やらせればよかったと思った。


 それで、合わせ練習の当日。つまり響魂祭の前日。

 祭り前日ということもあってか、放課後にも関わらず未だに残っている生徒や大人の数もまぁまぁいた。買い出しか、それとも下校かで学校を出て行く生徒を横目に、校門前で軽く話し合う。


「……動かすのがめんどいから、ドラムのある音楽室で何回か合わせしたあと、例の踊り場まで搬入して解散って感じだな」


「だな」


「ドラムのチューニングとかで少しだけ時間貰ってもいいですか?」


「あぁ、その時間も込み込みでいこう。オレも手伝う」


「アンプとシールドとかのセッティングはこっちでやっとく。先輩は、延長コンセント、先に借りてきてください」


「リン。お前は介と一緒に通しのセッティング……、おい、聞いてんの?」


「…………! あ、あぁ。大丈夫。わかった……」


 リンが、異様に静かで、上の空。突っ込んでもう一度聞いている。


「緊張してんの? 本番どころか通しの前だけど」


「いっ、いや! 別に!」


 まぁ、自分が完成させた曲が遂に通しで、という興奮と緊張だろう。そう言えば、と思って、リン以外の三人に聞いてみた。


「お前ら緊張とかしねぇの?」


 三人とも首を横に振った。


「去年の県大会の決勝前よりマシ」


「レギュラー争いの試合前よりマシ」


「別に大丈夫です」


 思わず、自分の杞憂にため息が漏れた。こればかりは、さすがドマゾ運動部出身の二人とその他一人だろうか。頼もしいやら、なんとやら。


「そういう貴虎は?」


 そんな自分に、八鶴が聞き返してきた。すぐに、いつもの調子で返した。


「……むしろ悲しいくらいだ。前は何千人の聴衆と、とんでもねぇピアノバカの大人数人に見られての発表をこなしてたってのに……」


「今や、誰が聞いてるかも分からない田舎の祭りのバンドで演奏。人生、何が起きるか本当に分りませんね?」


 肩を竦めて笑いながら自嘲気味に龍樹が言った。それに、今まで上の空だったリンがはっきりと食いついた。


「良いんだよ、それで! 俺がそれでいいって決めたから、それでいい!」


「んだな」


 リンの返事をくらって、思わずオレは笑っていた。



 五人でひぃひぃ言いながら機材を運ぶ。アンプは当然、ドラムも、それを持ちあげながら階段を上ることのがこんなにもキツい事だとは思わなかった。持つ場所が無いから変な所に指をひっかけて運んだが、そのせいで指先が真っ赤を越えて真っ白だ。

 練習をぎりぎりまでやって、機材を運んだから、外はすっかり真っ暗になって、人の気配も感じない。……今日は満月か。

 部活を辞めて、季節が変わった。最近、少し体が鈍いと言うか、重いと言うか。去年の夏の時のような、キレのようなものが、徐々に無くなっていくのが分かる。

 それと引き換えか、最近は初めてのことばかりだ。

 初めてのベース。初めてのアンプ。初めての音楽。初めての演奏……。少し前の自分に言ったら、信じてくれないだろう。お前はバスケを辞めた後、家事とバイトをこなしながらベースを始めているぞ、なんて。


「これで……! 終わ、り……」


 ぺしょ、と音を立てて階段に突っ伏したのは貴虎だった。相変わらずの体力だったが、彼にしては、と言ったら失礼か。彼は彼で色々と力を尽くしていた。


「はーっ……! こんなにドラムが重いって、聞いてませんよ……!」


「アンプも、一部は外向けのデカいやつにしたからな。今ほど怪我に感謝したことはねぇわ。ホント」


「つかれたー」


 自身もくたくたになりながら、満足げに笑ってそう言うリンを見て、微笑ましい気持ちでいっぱいになる。あれだけ棒切れみたいだった腕も、消えてしまいそうな気配も、もう見る影のない年相応の姿に、なんだか、また別に安堵する。


「お疲れ様。……一応、下見として屋上の鍵を預かっているんだが、みんな見るか?」


 ポケットから一本の鍵を取り出してみせて、そう四人に尋ねる。


「ありがたいんですが、俺はパスでお願いします。家帰って練習したいんで」


「私もパスで。先、帰ります」


 介と龍樹が、そう短く提案を断る。


「オレは一応、どんな感じの広さなのか見ときたいから参加。リンは……言うまでもなさそうだな」


 貴虎がそう苦笑い気味にリンを顎で示す。何も言わずとも、目を輝かせて、屋上を見てみたい、と主張していた。


「分かった。……じゃあ、今日は解散で良いか?」


 リンと貴虎、二人に聞くと、同時に二人は頷いた。介と龍樹と分かられて、おれたちは学校の屋上へ階段を上る。扉の鍵穴に鍵をさして、普段の学校のものよりも何倍も重い扉を、ゆっくりと開けた。


「わぁ……! 広い! なんか、広い!!」


「はしゃいで落ちんなよー。うわっ、柵ねぇのか」


「建てられた時代の弊害だな。普段は鍵で管理しているし」


 犬のように飛び出したリンとは対照的に、貴虎はぞくっとしたように体を震わせてその場にとどまる。

 屋上は、バスケットコートくらいの広さ。五人で機材を広げて、演奏するには十分すぎる広さだ。機材を運ぶのは本当に苦しかったが、その代わりと言わんばかりに、視界を遮るものは何もなく、学校の校庭、そして向こうの住宅や景色までも一望できる。

 夏の夜に、ぬるい風が吹く。しかし、日中と比べてたら十分すぎるくらい涼しかった。


「おぉ! 凄い、凄い!! 俺、学校の屋上って初めてだ!!」


「はしゃぎすぎだろ……。オレだって初めてだよ」


 リンは貴虎と自分を置いて、屋上を好きなように探検し始める。放って置かれた二人で呆れたようにリンを見守っていたが、やがて、あの、と貴虎に話しかけられる。


「少し、相談なんだけどさ」


「ん?」


 普段、教える側に立っていて強気な貴虎が、珍しくしおらしくそう尋ねて来たので、少し面食らう。

 貴虎は、言いずらそうにうんうん唸ったあと、おそらく、リンに聞こえないように声を抑えながら言った。


「妹と、どう話せばいいんだ……?」


「?」


「そんな何言ってんだコイツみたいな顔しないで……」


 んん。と咳払いをして、貴虎は説明を続ける。


「まぁ、その、なんだ。……その、問題が、解決して、その後のアレっていうか……」


 そこで、ようやく貴虎の言っていることに合点がいった。確かに、以前そんな話をした。……というか、焚きつけたような形になったのは、自分の影響だった。


「すまない。そうだ、おれが確かに、色々言ったんだった。忘れていた」


「い、いや、いいんだ。大丈夫。それで……その」


「そうか。……妹さんの問題、解決したんだな」


「……うん。まぁ、完全な解決、ってワケでもねぇけど。……何とかするって、腹決めたんでな」


 恥ずかしそうに後頭部を掻きながら、これ以上説明する必要はないのに、つらつらと貴虎は話し始めた。


「いや、オレが何とかするって言うのもおこがましい話なんだけどな。紅李は……、妹の事なんだけど、あいつはあいつで、もう乗り越えてたっていうか、カタを付けてたっていうか……。オレが出る幕なんて無かったんだけど、その」


 こっちもこっちで、なんだか微笑ましい。……この不思議な一件に巻き込まれるということは、そういう事なのだろう、と、何となく予測はしていた。もしも、危険な事だったら、という最悪の事態も想定していたが、何とかなったみたいで、安心する。


「貴虎」


 慌てて、弁明するように言葉を垂れ流し続ける彼を落ち着けるために、そう言葉をかける。


「分かっているのなら、それで大丈夫だ。次に困ったとき、ちゃんと言葉にして話し合うこと。それが分かっていれば、今は、大丈夫」


 自分の言葉に、貴虎はしばらくキョトンとしていたが、やがて、肩を竦めて笑って言った。


「…………そっか」


「ところで、その妹さんと共通する趣味とかないのか? おれは、割とそこでも苦労と言うか、困ったから」


「音楽作ってた。傷ついて、散々な目にも合ってきたのに、でも、あいつはあいつで、色々足掻いてもいた。……嬉しかったなぁ」


 今度は、自分がキョトンとする番だった。しかし、貴虎はまだそれに気づいておらず、そんな自分を不思議がって尋ねる。


「ん、どうしたんだ?」


「いや……。巡り合わせだな、って」


「巡り合わせ……? ……あぁ、なるほど。リンと一緒にされちゃ、かなわねぇけどな」


 二人で軽く笑いあった。本当に、変な話だ。

 そう言えば、満月か。こんな時間まで学校にいたことが無かったから、また、ふと不思議に思った。

 今夜の家事は、三鶴と母に任せている。……自分も変わった。以前だったら、てこでも家事を任せるなんてことしなかったのに。

 夏が終われば、秋がくる。当然の話。この不思議なバンドも、家族も、いつか変わってしまう。

 でも、巡り合わせがあるのなら、奇跡を信じてみる価値くらいはあるか。本当に、何が転がっているかは、分からないものだから。

 いつの間にか固くなった両手の指先を、他の指でそっと撫でた。それが、なんだか誇らしかった。


〈続く〉

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