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死して八年、デスナイトとして蘇る。――この食い荒らされた世を切り裂き、狂った因果に復讐を  作者: Tiny Abomination in a Jar


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轍(わだち)に消えた血跡

印の震動と共に、あの少年が俺を呼んでいることを察した。


俺は両の瞼を閉じ、風に身を委ねてその輪郭を霧散させる。信号の導きに従い、散った意志は一滴の血へと凝縮されていく。


宿屋の梁から、一滴の鮮血が静かに滴り落ちる。その血が地を叩く寸前、俺は血中から形を成し、少年の目の前にその姿を現した。




「嘘じゃなかっただろう? 必ず来ると言ったはずだ」




見れば、少年ともう一人の小さな子供が、疲れ果てた様子で箒を握りしめる婦人の背後に隠れていた。彼女たちの前では、男が鼻柱を折られ、顔中を腫らして転がっている。




「お前……まさか、あの『デスナイト』か?」




「俺の物語が、こんな場所にまで届いているとはな。ならば自己紹介の手間も省ける。……自ら命を差し出すか、それとも、俺にその手伝いをさせるか?」




かしら、こいつは……俺たちの手に負える相手じゃねえ! 逃げましょう!」




逃げ出そうとした首領格の男が振り返った瞬間、その視界は俺が放った氷の壁によって遮られた。




「逃げる? どこへだ。……こんな化け物を前にして、逃げ切れるとでも思っているのか! 貴様、刺し違えてでも殺してやる!」




「そう急ぐな。俺の機嫌次第では、生路を残してやらんこともない。昨日、この少年から聞いた話の中に、どうしても解せぬ点があってな。……この子は父親を亡くしたと言った。だが、なぜ誰もが彼を『死んだ』と決めつける? 両親ですらそうだ。死体も確認せずに死を断定するのは、あまりに草率そうそつではないか?」




「あんた……本当に何も知らないんだな!」


首領格の男が救いを求めるように叫んだ。「この土地は呪われてるんだ! あの『霧』に入った人間は、豚頭ぶたがしらの化け物に連れ去られ、豚にされる! 戻ってきた奴なんて一人もいねえんだ!」




「霧だと?」


俺は眉を潜めて回想する。上空から俯瞰した際、この地に霧などなかった。あるのは、青々と茂る生命の息吹だけだ。




「余所者には分かるまい! それは原住民が血と命で書き記した呪いだ! 『ロストバレーには近づくな、女の幽霊が命を奪い、豚頭が獲物を待っている』……俺たちはこの歌を聞いて育った。不気味な野豚人は、不気味で言うことを聞かない子供を食らうとな」




血と命で書かれた呪い? 町に着いた時に感じた死の気配は、ただの不幸な死によるものではなかったのか。俺の視線が、剃刀のような鋭さで男の顔を削る。




「結局、ただの伝承だろう?」




「ち、違う……。本当なら、俺たちがあの親父を車に縛り付けて、谷へ送り込むはずだったんだ。だが、あの日は俺が『かて』の徴収担当だったから、下の二人に任せたんだよ」




「それで?」




「翌日、車を回収しに行ったら……車はバラバラに壊れてて、あたり一面、血の海だったんだ。その血の跡が、奥の方までずっと続いてて……」




「それで逃げ帰ったか。人を山へ送る仕事は、随分と手慣れているようだな?」




男たちは顔を見合わせ、言葉を失った。




「違うんだ! 俺たちは初めてだったんだ!」一人が泣き叫ぶ。「前に送った奴らは、車ごと消えちまったって聞いてる!」




「ほう、そうか」


俺は視線を首領格に向ける。「なら貴様は、その隙に徴収の真似事か。上手い汁を吸う術だけは心得ているようだな。村人から油を搾り取って、私腹を肥やしていたわけだ」




「へへ、お見通しで……。いや、俺が無理やり奪ったんじゃありませんよ! 村人たちが……ほら、熱心というか、お節介で、勝手に俺の手に握らせてくるんです! 全部保管してあります! 手はつけてません!」




「……俺は貴様らと馴れ合うつもりはない」


俺の声は一層冷たく、重く響いた。


「チャンスは一度だけだ。この家族を丁重に扱え。賠償も、奪った利益も、すべて村の連中に返せ。そして、お前たちの『上』、さらにその『上の上』まで、繋がっている奴らをすべて俺に報告しろ。事態は俺が直々に調べる」




俺は腰を抜かした連中を見下ろし、最後の一言を叩きつけた。




「俺が戻った時、もしこの子供に傷一つついていたり、食糧が戻っていなかったりしてみろ。……不運にも、俺の手にかかった死人の数は多い。貴様ら数人が増えたところで、痛くも痒くもないのだ。……分かったか?」




男たちは畳に額を擦り付けた。


俺が手を振ると、氷の門は静かに消え失せた。連中が路地へと這い出していくのを見送り、部屋に静寂が戻る。聞こえるのは婦人の押し殺した啜り泣きと、寄り添う子供たちの気配だけだ。




俺は小さく溜息を吐いた。


……変わったものだ。以前の俺なら、このようなくずども、今頃は氷の破片に変わっていただろう。だが、今は理解している。彼らを殺すのは容易いが、彼らを生む土壌を絶たねば、蠅は永遠に消えない。彼らもまた、巨大な影に食い荒らされた蟻に過ぎないのだ。




単純な破壊よりも、泥沼から贖罪の価値を搾り取ること。それは長く、深遠な「清掃」だ。


だが、この道を進むのは、刀を振るうよりも千倍は疲弊を伴うものだな。

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