走馬灯、半生の兄弟(ソクの視点)
地下の古神。その仔らと俺の意識がガッチリ、繋がった。
血脈を熱い鉛のような力が逆流する。灼熱。狂躁。世界を紙のように引き裂き、万物を踏み潰せる錯覚。その瞬間、俺は傲慢にも信じた。この世界の頂に立ち、一族の栄光を再興し、俺を侮った全てを泥に沈められると。
かつての諸神の戦い。地崩れ、山が砕け、天と地がひっくり返った。狂暴な神力が大陸をブチブチに叩き割る。生きとし生けるもの、炭と化す。あの破壊の輝きこそが、俺が一生を懸けて追い続けた信仰だ。一族の栄光を、今、この手で。
——直後。
刺すような冷気が胸をブスリと貫通した。劇痛が全身を走る。
視線を落とす。不吉な黒気を纏った長槍が、背後からブスッと突き出ている。槍の穂先から、まだ温かい俺の血が滴り、地面を叩く。「タッ、タッ」という硬い音。その音が、俺の全ての狂妄と幻想を、粉々に砕いた。
硬直した身体をひねる。霞む視界の先に、見覚えのある影。
「サルマン……親愛なる、弟よ」
口角をピクつかせ、俺は歪な笑みを作った。声は割れた鐘のように濁る。
「サルマン……お前は……実に、いい息子を産んだな」
ケイド。俺の前で常に牙を隠し、己を殺していたあのガキ。瞳の奥に頑なな芯を秘めながら、お前と同じく……どこか「柔らかさ」を持っていた。
「俺の前で耐え、己を制していた。お前みたいに……いくらか、弱くもな」
俺は言葉を切り、嘲りと不感、そして自分でも測りかねる複雑な感情を吐き出した。
「ああ、所詮はお前も、人間との混じり血だ。お前の言葉を借りれば……それは軟弱じゃなく、『優しさ』ってやつか?」
生命力が傷口からドクドク流出していく。身体が冷える。意識が泥に沈む。
走馬灯。
混乱と狂気の半生が、物理的な像となって脳裏を過る。野心。殺戮。執念。それらが加速し、最後にある一点で、ガチッと静止した。
最も懐かしく、そして最も、後悔している断片。
記憶の中、草原に突き刺さる陽光。風が草をなびかせ、緑の波を作る。
緑色の肌をしたオークのガキどもが、諸肌を脱ぎ、粗末な木刀をブンブン振り回して乱闘している。笑い声。怒号。肉と肉がぶつかる鈍い音。
当時の俺はまだ幼いが、もう凶悍だった。蛮力だけで他のガキを地面に叩きつけ、泣き叫ばせた。生え始めたばかりの牙。そのキラリとした光は、俺の向こう意気と、骨に刻まれた横暴さを、そのまま映していた。
俺が勝ち誇って木刀を振り回していると、背後でガサゴソ、荷物をまとめる音がした。
振り返る。お前だ、サルマン。
洗いざらしの服。ボロボロの本。いじめられた後の青痣を顔に滲ませながら、背筋だけは鉄の棒のようにピンと伸ばして、お前は去ろうとしていた。
「おい! 雑種!」
声をかける。お前は振り向きもせず。
「たいかんはお前に本を読めって言ったはずだ。『恩を知って恩に返す』って言葉、知ってるか?お前、俺に『ありがとう』の一言も言えねえのか?」
お前は眉をギュッとひそめ、俺をジッと凝視した。無言。氷のような眼差し。
「黙って突っ立ってんじゃねえよ。それとも小僧の唖か?」
沈黙。
「唖! 唖! 小僧の唖!」
「……たいかんは読み書きを教えはしましたが」
ようやく開いたお前の声は、少し震えていた。だが、瞳の奥の光は折れない。
「『礼儀廉恥』までは、教えてはくれませんでしたね」
「私を雑種と罵り、唖と蔑む。そんな貴方に、どう感謝しろと言うのですか?」
「うるせえ! 理屈こねるな!」
俺はお前をグイと突き飛ばした。言葉は鋭く、剥き出しの刃だ。
「雑種なのは事実だ! お前の母親は、たいかんが奪ってきた人間だ。お前は混血の雑種なんだよ! いいか、この世は弱肉強食だ。見上げられたけりゃ拳を固くしろ。そうでなきゃ、一生踏みつけられるだけだ!」
お前はよろめいたが、転ばなかった。怒りもせず、ゆっくりと、しかし確かに立ち上がった。
「上たる君は人の智を用い、中たる君は人の能を用い、下たる君は人の力を用いる……本には、そうあります」
お前の声は低く、しかし確かに響いた。
「貴方と、力だけで争うことなど、無意味です」
そう言うと、お前は俺が叩き落としたボロ布の包みを拾い、そっと土を払った。
「ですが、一つだけ貴方の言う通りです。礼を言わせてください。たいかんの計らいを、わざわざ伝えに来てくれたことに対して」
お前はそれ以上俺を見ず、サッと背を向けて歩き出した。草原の中、その背中はあまりにも細く、そして、ひどく強情に映った。俺は立ち尽くした。胸の奥に、正体不明の苛立ちが、モヤモヤと渦巻いた。
……それから半年後の、クラス対抗戦。
お前という末の弟との、最初で最後の、真剣勝負。
戦いの細かい手順なんて、もう忘れた。覚えてるのは、あの時の俺の、どうしようもない傲慢さだけだ。俺はたいかんの子、草原の鷲だ。同年の奴らに敵うものはいない。ましてや一学年下で、痩せこけた雑種のお前なんて、眼中にない。
俺は一対多で暴れ回り、蛮力だけで戦場を蹂躙した。
だが、お前の率いるチームを前に、俺の力は空を切った。配陣。布石。お前の知恵に翻弄され、俺の動きは完全に封じられた。
俺たちの軍旗が、お前の手でザクリと切り倒された。わーっ、という歓声。
俺は負けた。徹底的に、無様に。
中心に立つお前は、もはやあのいじめられっ子じゃない。自信に満ちている。周りには、お前を信じて支える連中がゴロゴロいた。特に、あの黄色い肌の小僧――チェリサ。お前を見上げるその目は、揺るぎない忠誠でギラギラしていた。
俺は奥歯をギリギリ噛み締め、全ての見栄とプライドを捨てて、お前に歩み寄った。
「……負けた。すまない。二度と、お前を雑種とは呼ばない」
お前の口元が、ほんの一瞬、緩んだ。
「相変わらず、上から目線だな。あの日、貴方と別れてから、俺は毎日鍛えていた。弱肉強食……その草原の掟を、俺は俺なりに解釈したんだ。筋肉をつけて、俺をいじめた奴らを、一人残らず地面に叩きつけてやろうってな」
お前は、まっすぐ俺を見た。
「それに比べて、貴方は相変わらず頭を使うことを覚えない。ただの蛮力さ」
今度は、俺の顔がカーッと熱くなった。
これまでの驕りと蛮行が、足元でコトリ、と音を立てて崩れ落ちる。
「……どうした、唖? 今度は貴方が黙り込む番か?」
「俺は……その……」
喉が詰まって、まともな言葉にならない。
「もういいよ、兄貴」
お前は優しく、しかし確かに俺の言葉を遮った。
「貴方のその口、俺よりずっと堅いんだからな」
お前はくるりと背を向け、手をひらりと振った。その手には、俺が最も渇望していた、優勝の証の盾徽が握られていた。
あの夜の宴は、凄まじかった。
たいかんはお前を自分の左隣の席へと招き、全部族の祝福を浴びせた。
お前は輝く主役。俺は暗い片隅の観客。胸の中は、妬み。そして、わけのわからん、ちょっとした誇らしさで、ぐしゃぐしゃだった。
夜が深まってから、俺は一人、お前の天幕の外で待ち続けた。
「サルマン! すまなかった!」
肺の底の空気を全て吐き出すように、俺は叫んだ。
生まれて初めての、偽り一切無い、謝罪の言葉。
お前は驚いて、棒立ちになった。
だが、すぐに、顔全体を、草原の夕日のような柔らかい笑みでくしゃくしゃにした。そして駆け寄って、俺の手をギュッと握った。その掌の、ひどく温かい感触。
「兄弟の間だ。謝る必要なんて、これっぽっちもない」
お前の眼差しは、迷いなく俺を射抜いた。
「これからの戦、まだまだ、兄貴の力が必要なんだからさ」
記憶は、そこで、ぷっつりと断絶する。
死。
闇。
サルマン……もし、あの時からもう一度、やり直せたなら。
俺は、別の道を歩めただろうか。
……認めるよ。俺は、ずっとお前を妬んでいた。お前の才覚、冷静さ、決断力。心の底では、お前こそがこの玉座の真の主だと、薄々気付いていた。
それなのに、たいかんは俺にこの座をくれた。共に治めろと言った。
だが、俺は何をした?
俺は、この手で全てをメチャクチャに破壊した。
兄弟の絆も。部族の平和も。そして……俺自身という、たった一人の男の人生も。




