革命の夜
七月のガル・マラカ。月涼しきこと水のごとし。
臨時に設けられた会議用テントの中では、灯火が昏くともり、空気は血に濡れた鉛のように重く淀んでいた。
会議机を囲み、鎧の冷たい金属光と、人々の眼底に潜む怒りの炎とが交錯する。その死寂を破ったのは、テントの帆布を震わせんばかりの怒号だった。
「何だと? 貴公、正気か!」
羅刹将軍チェリサが猛然と机を叩いて立ち上がった。分厚い鎧が天板に激突し、ガシャンという鈍い音が響く。彼の双眸は赤く充血し、胸が激しく上下していた。その声には、信じがたい怒りと屈辱が混じっている。
「軍人と生まれたからには馬革に屍を包み、戦場に散るのが本望だ!国家に生きる者として、その死に場所を得るべきときはためらうな!なのに、刃を身内に向けるだと?!兵糧庫を襲い、浄水場を叩き、輜重を断つなどという真似……これまで共に生死を潜り抜けてきた兄弟たちに、俺はどんな顔をして合わせろというのだ!断じて認めん!認めない!」
彼の声はかすれ、軍人の骨に刻まれた意地と誇りが、言葉の端々から迸っていた。テント内の将たちは顔を見合わせ、賛同の色を浮かべる者もいれば、躊躇する者もいた。しかし、この一触即発の空気を切る者は誰もいなかった。
俺は一歩前に出た。鋭い刃のような眼差しでチェリサを射抜き、厳しい調子で一字一字を要害に突き立てた。
「それで? いわゆる兄弟たちと戦場で相まみえ、殺し合うこと。それが貴公の言う大義か?」
「自相残殺をさせたいのではない。最小の犠牲で、我ら全員が望む結果――この無意味な戦争を終わらせることだ!」
俺の声は怒涛のように高まった。
「どういう了見だ、羅刹将軍!貴公はすでに真実を知っている!貴公が兄弟と認め、信頼を置いたソク可汗が、戦争の大義名分を作るためだけに、実の弟一家を惨殺し、揺り籠の中の赤子すら許さなかったことを!手足のようにしてきた身内を平然と屠る男が、お前たち兵の命など、どこで気にかけると思うか?!」
「戦争がそんなに素晴らしいものか? 功を立て、錦を飾って故郷に帰る近道だとでも?」
俺は歩み寄り、重い問いを叩きつける。
「お前たちは、それほどまでに軽い存在か?奴の野望のための、いつでも捨てられていい駒に過ぎないのか?答えろ、チェリサ!」
一息おいて、俺はさらに切迫した言葉を重ねた。
「今、オークは未曾有の危機に直面している!城門から七十キロ先に、ドワーフの大軍が迫っている。奴らは、種族さえ違う、しかし長く共に生きたひとりの子供のために、遥か遠くから大軍を動かし、その子を奪還しに来た!その情誼、その固い意志……お前たちには及ぶものか!」
「それなのに、お前たちはどうだ。偽りの理由で始められた戦争のために、同胞を殺し、自らの糧を奪い合う!存在もしない口実のために!」
俺はチェリサの瞳をまっすぐに見据え、一言ずつ問いただした。
「教えろ、羅刹将軍。それが貴公の言う『義』なのか? それが軍人としての誉れなのか?」
「その滑稽な考えは捨てろ!」
俺は決絶とした口調で一喝した。
「よく聞け!我々が成功すれば、それは千秋万代に功を残す『革命』だ。オーク全てを水火の苦しみから救うための壮挙だ。失敗して初めて、それは『裏切り』と呼ばれる。目を覚ませ。もうソクの偽りに踊らされるな!」
羅刹将軍チェリサは、その場に釘付けになったように震えていた。半生を支えてきた軍人としての矜持が、この瞬間、干上がった粘土のように層をなして剥がれ、地に砕け散った。彼は口を開き、何かを言おうとしたが、ついに一文字も漏れることはなかった。残ったのは、粘稠な血の気を孕んだ荒い喘ぎだけだった。その呼吸のたびに、肺腑が引き裂かれるような苦痛と葛藤が、彼の瞳に宿っていた。
それ以上の問答は無用だった。我々は行動計画を確定させ、明晩の決行を決めた。
「昼の間はサルマン可汗の名において暗号を流し、各地に分散した旧部との連絡を強化する」――それが我々の布石だ。
夜が深まり、ガル・マラカの兵糧庫の外は死寂に包まれていた。巡回兵の足音だけが時折響く。我々は二手に分かれた。一隊が巡回兵を牽制し、もう一隊が兵糧庫を急襲する。
兵糧庫制圧は「殺鶏儆猴」のためだ。ソクに忠誠を誓い続ける勢力を見せしめにし、我々の威嚇と伝えたい真実をガル・マラカの隅々まで行きわたらせるためだ。
兵糧庫の混乱はすぐに収まった。我々は接収した物資を運び、下層区へと向かう昇降井へと歩を進めた。
昇降井の重いゲートが開いた瞬間。
飢餓と腐臭、そして絶望が混じり合った気配が一気に押し寄せ、俺は凍りついた。心臓が見えざる手で握り潰されるように、息が苦しくなる。
俺は隣の羅刹将軍を盗み見た。
彼の顔は蒼白なままだが、その眼差しは異常なほど平穏だった。驚きも動揺もない。まるでこの光景に慣れきっているかのようだった。彼は貴種であり、彼の認識では、世界は元々このように回っているのだ。人間が足元の蟻の生死を気に留めぬように、彼もまた、最下層に生きる者たちの運命を心に留めることはなかったのだろう。
下層区は薄暗く、湿気に満ち、崩れかけた家々が泥に半ば埋もれていた。ボロボロの衣服をまとった、面黄痩せた無数の老幼婦女たちが壁際にうずくまっている。鎧に身を包んだ我々の姿を見て、彼らは怯えて後ずさったが、その瞳の奥には、かすかな救いを求める光がかろうじて宿っていた。
その時、白髪の老人が杖を突き、一歩一歩こちらへと近づいてきた。その足は不自由そうに泥を引きずり、 皺だらけの顔には、濁りながらも、悲壮な確固たる意志が浮かんでいた。
彼は我々の前で震える手を上げ、深く頭を下げた。掠れた、か細い声が、悲哀に満ちて漏れた。
「お……お役人様……どうか、お慈悲を……もう、男手は一人もおりませぬ。八つになる童でさえ、数日前に戦場へと連れて行かれました……残されたのは年寄りと女子供ばかり。差し上げられるものなど、何一つ……」
声は嗚咽に変わり、涙が皺を伝って泥に落ちた。周囲からも押し殺した泣き声が広がり、下層区全体を、そして我々をも、絶望という名の重い網がゆっくりと締め付けていく。
羅刹将軍の身体が、微かに震えた。
その瞳の奥に、本人も気づかぬほどの、かすかな動揺の色が走った。だが、彼は依然として沈黙を守り続けていた。




