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死して八年、デスナイトとして蘇る。――この食い荒らされた世を切り裂き、狂った因果に復讐を  作者: Tiny Abomination in a Jar


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翼ある家族、片腕の守護者

夜幕は濃縮された墨汁の如く蒼穹を塗り潰し、世界を深い闇へと沈めていた。僕たちはグリフォンの背に乗り、広大な夜空を切り裂きながらガル・マラカへと疾走する。地平線の彼方、そびえ立つ石柱群が静かに立ち並んでいた。微風に吹かれるその輪郭は、温潤なローズ色の光沢を放ち、夜色に磨き上げられた宝石のように、力強くも神秘的なシルエットを闇の中に刻んでいる。グリフォンたちは巨大な羽翼を広げ、空気を切り裂く低い風切り音を響かせながら、慣れ親しんだ軌道を描いて石柱に囲まれた洞窟へと滑り込んだ。その動きには一切の迷いも、混乱もなかった。




グリフォンの背から飛び降りる間もなく、刺すような異臭が潮水の如く押し寄せ、僕の全身を包み込んだ。それは衣服にべっとりと張り付くような、粘稠な野獣の獣臭けだものしゅうだ。干結した排泄物の生臭さと、洞窟の湿気に当てられて腐敗した生肉の酸鼻を極める悪臭が混じり合い、胸が詰まるような圧迫感で呼吸を奪う。誰に言われるまでもなく、この野性的で濃厚な気配こそが、グリフォンたちが世代を超えて棲まう家園であり、外敵を寄せ付けぬ領地であることを物語っていた。




ケドが静かに口を開く。その声には敬畏と自豪が混じっていた。「ここがグリフォン窟だ。調教師たちが何世代にもわたってグリフォンを育み、鍛え上げてきた。数百年にわたって受け継がれてきた老舗の技だ、少しの油断も許されない」


彼の言葉が終わるが早いか、着地したばかりの数騎のグリフォンが洞窟の奥へと駆け込み、積み上げられた生肉に食らいついた。鋭いくちばしが肉を裂き、細かな咀嚼音が響く。一方で、別の成体たちが翼を広げて飛び立ち、中央にそびえる最も太い石柱の周囲を、哨戒するように旋回し始めた。




問いかけようとした僕の視線は、少し離れた場所の一景に奪われた。白髪の長老が滑らかな岩に腰掛け、手には無機質なガラス製の注射筒を握っている。その先には洗浄された羊腸ようちょうの管が繋がれ、抱えられた幼いグリフォンへと慎重にミルクを与えていた。産毛に覆われた幼獣はまだ目が開いておらず、細い喘ぎ声を漏らしている。長老の動きは、まるで稀世の宝玉を扱うかのように慈愛に満ちていた。ゆっくりと液を押し進めながら、彼は僕を見て、温和な笑みを浮かべながら語りかけた。「こいつらは群居動物だ。気性は激しいが情に厚い。成体が交代で不眠不休の哨戒に当たっているよ」




言葉が途切れた瞬間、注射筒がわずかに動き、幼獣が不満げにアヒルのような柔らかい声を上げた。長老はすぐに声を落とし、孫をあやすように囁く。「いい子だ、たくさんお食べ。しっかり食べて早く大きくなるんだよ。お前の父さんや母さんのように、この空を羽ばたくんだ」


その声音に含まれた寵愛は、凶猛なグリフォンに対するものではなく、血の繋がった家族へ向けるそれだった。




「彼はマケン・ビークウィスパラー。一族で代々このグリフォンたちを育てている。彼にとって、こいつらは家畜じゃない。人生を懸けて守るべき家族なんだ」


ケドの紹介に、僕は深く頷いた。胸に込み上げる動揺を抑えながら、洞窟に充満する悪臭を振り払うべく、外の新鮮な空気を求めて歩き出した。




肺いっぱいに空気を吸い込み、ようやくあの刺すような臭いから逃れられたと思った瞬間、巨大な影が洞窟の入り口を塞いだ。それは光を遮る険しい断崖のようだった。


そこに立っていたのは、一人のオークだった。浅緑色の肌は粗く厚く、至る所に深い傷跡が刻まれている。左の頬には額から顎まで走る無惨な傷があり、剥き出しの牙は折れ、断面は不揃いで黄ばんだ汚れがこびりついている。何より目を引くのはその右目だ。眼球は疾うに失われ、空洞となった眼窩が口を開けている。唯一残された左目は、洞窟の外の篝火かがりびを浴びて濁り、同時に残酷な光を宿していた。それは毒を塗った刃の如く、見る者を戦慄させる。右腕は肩の付け根から断裂しており、断面の肉芽は歪に盛り上がって硬結し、錆びた鉄塊のような暗赤色の塊と化していた。縁にこびり付いた黒褐色の乾いた血痕が、かつての凄惨な死闘を無言で訴えている。




腕を一本失い、目を一つ潰していても、僕の生存本能は瞬時に警報を鳴らした。――こいつは、極めて危険だ。骨髄から発せられるような殺伐とした気配。無数の死線を越えてきた者だけが纏うその威圧感に、全身が強張り、呼吸すら慎重にならざるを得ない。




オークの視線は僕を捕らえて離さない。砂紙で擦ったような、酷くしゃがれた声で、彼は隣のケドに問いかけた。「少主わか、こいつは信じられるのか?」


その眼光は焼けた鉄の串のように鋭く熱く、僕の鎧の隙間に突き刺さった。硬質な鋼の装甲を貫き、心の奥底に隠した秘密と、この行軍の真の目的を抉り出そうとしているかのようだった。




僕は一歩も退かず、敵意に満ちたその視線を正面から受け止め、背筋を伸ばした。鼻を突くのは、彼が纏う特有の気配――老兵から拭い去ることのできない、死の臭いだ。硝煙、鮮血、そして塵土の混じり合った、屍山血河を這いずり回った者にしか刻まれぬ印。僕は静かに口を開いた。その声には揺るぎない力が宿っていた。


「そう尖るな。オークは『来客』という言葉を知らないのか? 僕は取引をしに来た。僕が見た全ての真実を見せてやる。前提として、僕たちが互いを十分に信頼できるならな」




オークは明らかに怯んだ。体がわずかに硬直し、眼底に信じがたいという色が走った。彼はこれまでに幾多の人間を殺し、奇怪な魔法を目の当たりにし、九死一新の戦いを経験してきただろう。だが、自らの精神防線を差し出し、信頼を賭け金にするという提案は、彼の常識を遥かに超えていた。彼はぎこちなく首を回し、ケドへと視線を移した。陰影に没したケドの横顔は、深く、剛毅な輪郭を描いている。ケドは何も言わず、ただ父の代から仕えてきたこの旧部に対し、ゆっくりと、重々しく頷いた。その一つの動作に、すべての信頼と命令が込められていた。




隻眼のオークは深く息を吸い込んだ。胸腔が激しく波打ち、周囲の空気をすべて肺に飲み込もうとするかのようだった。やがて、重苦しい溜息と共に、彼はその息を吐き出した。再び僕に向けられた瞳からは、最後の疑念が消え、代わりに『決死』の覚悟が宿っていた。それは幾多の荒波を越え、退路を断った者だけが持つ揺るぎない輝きだった。




「……いいだろう」


短く吐き出されたその一言は、重い生鉄が凍てついた石床に叩きつけられたような、逃げ場のない響きを持っていた。




彼はゆっくりと左手を差し出した。そこは厚い角質と醜い傷痕に覆われ、長年の武功と殺戮の記憶が刻まれている。僕は躊躇うことなくその手を握りしめ、彼の唯一の左目を直視した。眼窩の中で幽藍の冥焔が小さく跳ね、僕の周囲に淡い青光が漂い始める。背中の青蓮の紋章が明滅を繰り返す。視線が真に交わった瞬間、彼の脳裏で、塵にまみれた記憶の歯車が軋みを上げて回転する音が聞こえた気がした。――戦争の惨禍、喪失の痛み、そして崩壊する世界の絶望。それらすべてが、彼の意識の海で荒れ狂う。僕はそっと目を閉じ、血塗られた記憶の断片を――あの日、あの夜の真実を――一切の隠蔽も修飾もなく、最も残酷で剥き出しのまま、彼の眼前へと展開した。




思考の交換は電光石火のうちに完了した。全ての真実が定まるまで、ほんの一瞬のことだ。だが、現実が受けた衝撃は瞬時には消えない。


隻眼のオークは全身を激しく震わせ、その瞳から光が消え、空虚な茫然自失の状態に陥った。まるですべての気力を吸い取られたかのように一気に老け込み、背を丸めて千鳥足で洞窟の外の崖へと向かった。彼は一人そこに佇み、漆黒の夜空を見つめていた。その背中には、言いようのない悲涼さと重圧が漂っていた。




ケドが僕の側に歩み寄り、静かに説明してくれた。「彼こそが羅刹将軍、チェリサ・ラセツだ。諸神の戦いにおいて、彼は叔父上を救うために自らの片腕と片目を代償にし、神々と死闘を演じた。神の手から叔父上の命を無理やり奪い返したんだ。叔父上と彼、そして僕の父は幼馴染で、兄弟同然の絆で結ばれている。腕と目を失った後、彼は絶望し、兵符を返上して隠居しようとした。だが彼は叔父上にこう言ったんだ。『一ヶ月の時間をくれ。もし自分が本当に老いぼれて役に立たなくなったと感じたら、潔く身を引く』と。その後、彼は独りで黒拳ブラックフィスト部族の本拠地に乗り込み、たった一人で部族を壊滅させた。帰還した彼が叔父上に放った言葉は、たった一言だった。――『また、強くなった』と」




その話を聞き、僕の疑念は氷解した。なるほど、道理で彼からあれほど濃厚な死臭が漂い、その眼光がこれほどまでに冷徹で鋭いわけだ。間違いない。屍山血河から這い上がってきた者だけが持つあの瞳。そこには、数多の滄桑と、数多の殺伐、そして誰にも知られぬ孤独と強靭さが秘められていた。




その晩、僕たちはグリフォン窟の議事堂で軍議を開き、今後の計画を練った。羅刹将軍は終始一言も発せず、ただ沈黙のまま隅に座り、僕たちの議論を静かに聞いていた。その身には相変わらず、人を寄せ付けぬ氷の如き気配を纏っている。


ただ、会議が終わった後、彼が僕に向ける眼差しの中には、最初のような探るような敵意は消えていた。代わりにそこにあったのは、微かだが否定しがたい『さげすみ』の混じった視線だった。

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