双馬、単騎。
「何と言おうと……あいつは俺の息子だ」
ラクドンの声は、二块の粗い砂岩を擦り合わせるかのように、ひび割れ、嗄れていた。一語一語に重苦しい疲弊と決絶が張り付いている。
「山奥で拾った野良のガキだろうが、俺、ラクドンの息子に変わりはねえ! 助けに行く。この老いぼれの命をゴビの黄砂に埋めようが、あのオークどもに骨まで粉砕されようが、行かなきゃならねえんだ!」
数日前のオーク侵攻の混乱が、いまだに眼裏に焼き付いている。火光、咆哮、鮮血。そして連れ去られるクドの、あの抗うような後ろ姿。それは刺となって、全員の心に深く突き刺さっていた。ラクドンの粗野な顔は無精髭に覆われ、眼窩は落ち窪み、常に真っ直ぐだった背骨さえも、今は僅かに打ちひしがれて彎曲していた。
彼が俺に向ける眼差しは、極めて複雑だった。千斤の鉄槌を振るい、堅硬な岩を叩き割るあの強靭な瞳は、今は見る影もなく、生者特有の生々しい「脆さ」に取って代わられていた。養子を守れなかった己の無力さへの慚愧、死者である俺への卑屈な懇願。そして、自分でも認めようとしない絶望。その眼差しは、窒息するほど重く圧し掛かってくる。
俺は静かに彼を見つめた。心底にある死者特有の冷気が、その無骨で深い父性に触れ、一瞬だけ滞ったように感じた。俺は何も言わず、沈黙のまま歩み寄り、その厚い肩に冷え切った掌を置いた。掌から伝わるのは、震える筋肉の鼓動と、喘ぐような急音。彼は、最後の救いの一糸を掴んだ男のようだった。
「地底の件は、後で貴殿と大王(ルビ:カマド・キング)に詳しく報告する」
俺の声は依然として平坦で、起伏を欠いている。
「案ずるな。もうこの荒野に、アイアン・ドワーフの脅威はない。今はクドを救い出すのが先決だ。他はすべて、後回しで構わん」
ラクドンは呆然と立ち尽くした。濁った瞳に信じがたい色が走り、下書きのような震える手で俺の手を握ろうとしたが、俺は既に手を引き、背後のシルヴィアとクレアへ向き直っていた。
「俺一人の方が早い」
瞳の奥の幽火が、再び激しく燃え上がる。
「軍の後続を待つか、ここに残るか。自分で選べ」
シルヴィアの生気溢れる瞳に、一筋の不服そうな色が混じる。彼女が一歩踏み出し、言葉を発しようとした瞬間、隣にいたクレアがその手を制した。
クレアの指先は蒼白だったが、その力は驚くほど静かで、揺るぎない。彼女はシルヴィアを見ることなく、真っ直ぐに俺の前へと歩み寄った。彼女が伸ばした指先は、神聖な儀式を執り行うかのように、俺の黒い外衣に付着した灰を払い落とす。壊れやすい宝物に触れるような手つきで、狂風に乱された襟を整え、皺の一つ一つを丹念に撫で伸ばした。
その動作は極めて遅く、細部まで徹底的に神経が研ぎ澄まされている。それは言葉にならぬ懸念と、逃れようのない愛着の表れであった。風が彼女の髪をなびかせ、その美しい頬に張り付く。眼の奥には、ゴビの深淵よりも昏い影が淀んでいた。その一瞬の静止の中で、俺は死者には許されぬはずの、温かく微かな「戦慄」を感じ取った。彼女の瞳に溜まった影は、干涸らびることのない黒い泉のようだった。彼女は手を離さず、指先を俺の外套に食い込ませ、そして再びその皺を静かに拭い去った。
「決めたのね?」
クレアは俺を見上げた。声は凪いでいたが、隠しきれない震えが混じる。
「一人でオークの懐へ。あの嗜虐的な獣たちと、底の見えない陰謀の中に……本当に行けるの?」
俺は答えなかった。ただ静かに彼女を見つめ、背後で不満げな顔をしているシルヴィアをも視野に収めた。幽火は僅かに揺れたが、肯定も否定もしなかった。一人で往かねばならぬ道があり、一人で背負わねばならぬ業がある。
「……そう、わかったわ」
クレアが手を下ろした。その声は、落ち葉のように頼りなく、軽い。
「私たちは後から付いていく。……どうか、無事で」
俺は頷き、シルヴィアの前に立った。彼女は依然として頬を膨らませ、不服そうな眼差しを俺にぶつけていた。
「そう膨れるな、二王女殿下」
俺の声には、珍しく微かな緩和が混じった。
「お前の潜入者としての腕は信頼している。だがこれは追撃戦だ。先は見えず、危機が幾重にも重なる。二人でいれば、互いに目が届く。そうでなければ、俺が安心できん」
彼女が何か言い返そうと口を開きかけた瞬間、俺は指を伸ばし、その鼻先を軽く掠めた。無造作で、どこか慈しむような仕草。シルヴィアの頬が一瞬で赤らみ、言葉が喉の奥に消える。彼女はただ、甘えるような、それでいて苛立たしいような眼差しで俺を睨み返した。平時の鋭さは、どこにもなかった。
「ケイソン! 馬を二頭出せ。出発する!」
風は一層激しさを増し、巻き上げられた砂礫が顔を打つ。遠くから、ケイソンが二頭の馬を引いて走ってくるのが見えた。一頭は赭石のように赤茶け、もう一頭は凍てつく雪のように白い。四肢は長く、しなやかな筋肉を湛えている。紛れもない駿馬だった。
「名は?」
俺は歩み寄り、茶毛の馬の首筋を撫でた。毛並みは滑らかで、生者の熱を持っていた。
「茶色いのが『赭礫』、白いのが『凍霜』だ。どっちも去去勢済みで、気性は落ち着いてる。死ぬまで走るぜ」
ケイソンの様子がどこかおかしいことに気づいた。俯き、肩を強張らせている。瞳の奥には拭いきれない後悔が滲み、言葉が詰まっていた。「どうした。何かあるのか?」と俺は手を止めて尋ねた。
「この馬、どっちもクドが育てたんだ。あいつ、本当に大事にしててよ……。俺、あいつに謝らなきゃならねえ。あんなこと言うんじゃなかった」
「謝るかどうかは自分で決めろ。俺にできるのは、あいつを必ず連れ戻すと約束することだけだ」
俺はそう言い、彼の頭を一度だけ撫でた。
「赭礫!」
軽く名を呼ぶと、その馬は俺の意図を解したかのように、親愛の情を込めて鼻先を掌に擦り寄せ、温和な嘶きを上げた。俺は迷いを捨て、その背に跳び乗る。凍霜の綱を掴み、軽く腹を蹴った。
赭礫が重厚な咆哮を上げ、ケイソンの手から解き放たれる。蹄が地を蹴り、砂塵が舞い上がる。刺すような寒風を纏い、俺は粘りつくような日光を切り裂いた。茶色の残影と化した俺は、鉄錆色の空の下、北方のゴビへと疾走を始めた。




